定期演奏会 Aシリーズ

第890回定期演奏会Aシリーズ

終了日時：2019年11月11日（月） 19:00開演（18:20開場）

場所：東京文化会館ホール案内座席表

弾き語られる「革命」、刻まれる永遠の記憶。

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出演

指揮／エリアフ・インバル

プロフィール一覧

曲目

チャイコフスキー：幻想曲《フランチェスカ・ダ・リミニ》op.32

曲目解説
ショスタコーヴィチ：交響曲第11番ト短調 op.103《1905年》

曲目解説

　この曲は、イタリアの詩人ダンテ・アリギエーリ（1265〜1321）の長編叙事詩『神曲』地獄篇にあるフランチェスカ・ダ・リミニの物語に基づいて書かれている。ラヴェンナの領主の娘フランチェスカは、リミニの領主ジャンチョットと結婚させられることになったが、彼女は醜いジャンチョットの代理としてやってきた彼の弟パオロと恋に落ちてしまう。2人は嫉妬に狂ったジャンチョットに殺される。
　ピョートル・チャイコフスキー（1840〜93）は、この物語のオペラ化を考えたこともあったが、最終的にはこのような幻想曲（実質的には交響詩）を書き上げた。着手は、前作である《スラヴ行進曲》が完成した1876年10月7日（ロシア旧暦9月25日）以降とみられるが、11月17日（同11月5日）にはオーケストレーションまで終了している。初演は翌年行われ、成功を収めた。
　曲は導入部を持つ3部形式と見ることができる。なお、以下の「導入部」「第1部」などは筆者による便宜的なもので、スコアに明記されているわけではない。
　導入部　アンダンテ・ルグーブレ　「ルグーブレ」は「悲しげな」の意味。金管が「F−Es−Ｆ（ヘ−変ホ−ヘ）」という、地獄の罪人たちの嘆きのような3音の音型を繰り返す。その後、シンコペーションを特徴とする切迫感のある主題が繰り返される部分があり、再び3音音型が鳴る。
　第1部　アレグロ・ヴィーヴォ　ヴィオラとチェロがざわざわと動き、木管が半音階的な動きで上下行していると、やがて、導入部のシンコペーション主題を変形した激しい主題が姿を現す。これは、地獄の暴風が罪人たちを巻き込み、上へ下へと吹き上げている様子だ。最後にはまた3音音型が鳴る。
　第2部　アンダンテ・カンタービレ・ノン・トロッポ　フランチェスカとパオロの霊がダンテに身の上を語る。クラリネットが弦のピチカートを伴奏に歌う悲しげな旋律と、弦によるホ長調の甘美な歌がかわるがわる現れ、高まっていくが、突然ホルンのファンファーレが鳴り、現れたジャンチョットによって2人は殺される。
　第3部　アレグロ・ヴィーヴォ　第1部の音楽が短縮した形で回帰する。コーダは激烈な音楽で、全オーケストラによる不協和音が9回も鳴らされたあと、ホ短調の主音（ユニゾン）で閉じられる。
（増田良介）

作曲年代	1876年10月7日（ロシア旧暦9月25日）以降〜11月17日（11月5日）
初　　演	1877年3月9日（2月25日）　ニコライ・ルビンシテイン指揮
楽器編成	フルート3（第3はピッコロ持替）、オーボエ2、イングリッシュホルン、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、コルネット2、トランペット2、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、大太鼓、シンバル、タムタム、ハープ、弦楽5部

　ソヴィエト連邦の時代を生きたドミトリー・ショスタコーヴィチ（1906〜75）が交響曲第11番に着手したのは1956年中だったようだが、本格的に作曲が開始されたのは1957年になってからで、完成は1957年8月4日だった。さて、この時期のソ連は、そしてショスタコーヴィチはどのような状況にあったのだろうか。
　まず、独裁者スターリンは1953年にすでに世を去り、1956年2月の第20回ソ連共産党大会では、フルシチョフがスターリンの個人崇拝や粛清を非難する演説を行った。それに伴い、ショスタコーヴィチを取り巻く社会的環境は次第に好転していた。
　また、私生活で彼は、1954年末に最初の夫人ニーナを失っていたが、1956年夏には2番目の妻マルガリータと再婚した。音楽の素養はなかったという彼女とは結局3年後に離婚することになるのだが、少なくともこの頃は新婚だったわけだ。この頃の彼が、明らかに意識的に、わかりやすく明るい色調の作品を続けて書いていることは無視できない。弦楽四重奏曲第6番（1956）やピアノ協奏曲第2番（1957）、喜歌劇『モスクワ・チェリョームシキ』（1958）といった作品だ。
　交響曲第11番には《1905年》という副題が付いていて、革命時代の歌が各楽章にいくつも使われている。1905年とは、「血の日曜日」事件（※1）を発端とし、失敗に終わった第一次ロシア革命の年だ。タイトルが年号で、有名な旋律を使って歴史的事件を描く作品といえば、誰もが思い出す作品がある。チャイコフスキーの大序曲《1812年》だ。つまりこの曲は、ロシアにおいて、愛国心の音楽的象徴だった《1812年》の手法で、第一次革命を描いた交響曲というわけだ。この曲は明るい作品ではないが、当時のソ連の聴衆には、わかりやすい音楽的パノラマだったはずで、その点は上に挙げた作品群と共通している。
　ただ、スターリンの死後にもかかわらず、彼があえてこのような作品を書いたことに疑問を持つ人もいる。実は1956年10月には、まさに「血の日曜日」事件を連想させる、いわゆるハンガリー動乱（※2）が起こり、ソ連の派兵によって強引に鎮圧されている。ショスタコーヴィチがこの曲に、この事件に対するソ連批判を込めたのではないかという考え方は古くから存在する。とはいえ、政府による非人道的な民衆の弾圧である1905年の革命を描くことは、ハンガリーとの関係がなくとも、単なる政府礼賛とは言えないだろう。
　全曲は4つの楽章からなり、切れ目なしに続けて演奏される。
　第1楽章「宮殿前広場」　アダージョ　ト短調　4分の4拍子　サンクトペテルブルクの冬宮殿前広場、凄惨な悲劇が起こる前の不気味な静寂を描く。中間部に現れるフルートの旋律は、囚人の歌「聞いてくれ」だ。緊張感が高まっていくと、低弦が革命歌「夜は暗い」の力強い旋律を出す。
　第2楽章「1月9日」　アレグロ　ト短調　8分の6拍子　ざわざわとした不安な弦に乗せて、自作の合唱曲《十の詩曲》からの「1月9日」の旋律が提示される。同曲からのもう一つの主題とともに音楽は高揚するが、やがて静まり、第1楽章冒頭の音型が鳴る。すると突然小太鼓が鳴り響き、無防備な民衆に対する一斉射撃が始まる。低弦が導くフガートや打楽器の連打が、逃げ惑う民衆や激しい銃撃を描く。人々が倒れたあと、再び静寂が訪れる。
　第3楽章「永遠の記憶」　アダージョ　ト短調　4分の4拍子　主部は、革命歌「同志は倒れぬ」にもとづく静かな音楽である。金管が重々しい和音を吹く中間部では葬送行進曲のリズムがはっきりと現れるが、弦楽器の弾く革命歌「こんにちは、自由」の旋律が、戦いへの決意と覚悟を新たにするように高らかに歌われる。
　第4楽章「警鐘」　アレグロ・ノン・トロッポ　ロ短調〜ト短調　4分の2拍子　冒頭の管楽器による決然とした動機は、革命歌「圧政者よ、激怒せよ！」から採られている。これまでの楽章に登場した旋律も交えながら、革命へと突き進むような激しい音楽がしばらく続いたあと、低弦だけが残り、革命歌「ワルシャワ労働歌」による悲壮な行進曲が始まる。その後、イングリッシュホルンが「1月9日」の旋律をしみじみと吹く場面などを経て、鐘が激しく打ち鳴らされる終結部へとなだれ込む。
（増田良介）

※1「血の日曜日」事件　1905年1月9日（ロシア旧暦）、サンクトペテルブルクの皇宮へ向けての平和的なデモ行進に対して軍隊が発砲、多数の死傷者が出た事件。民衆の素朴な皇帝崇拝は失われ、1917年のロシア革命へ至る反政府運動の端緒となった。

※2 ハンガリー動乱　1956年にハンガリーで起きた、ソ連の支配に対する全国規模の民衆蜂起。ソ連軍により鎮圧されたが、その過程で数千人の市民が犠牲となった。

作曲年代	1956年〜1957年8月4日
初　　演	1957年10月30日　モスクワナタン・ラフリン指揮ソヴィエト国立交響楽団
楽器編成	フルート3（第3はピッコロ持替）、オーボエ3（第3はイングリッシュホルン持替）、クラリネット3（第3はバスクラリネット持替）、ファゴット3（第3はコントラファゴット持替）、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、大太鼓、小太鼓、シンバル、トライアングル、タムタム、シロフォン、チャイム、ハープ2、チェレスタ、弦楽5部

当日券　S・A・B席計70枚程度予定。17時45分より会場にて発売。
※残席がある場合のみ、休憩（19:35頃）より「おそ割」販売予定。休憩時からのご入場で1回券定価の50％OFF。（11/8up）

聴きどころ

インバルのショスタコーヴィチ、13年ぶりの第11交響曲《1905年》です。帝政末期のサンクトペテルブルクで起きた凄惨な「血の日曜日」事件を題材にしつつ、同時代への警鐘とも受け取れる叙事的大作で、こんにちではショスタコーヴィチの交響曲の中でも高い人気を獲得しています。過剰な表現や感傷を許さないインバルの指揮が、かえってこの曲の凄みと深みを際立たせることでしょう。
なお、このコンサートに続く11月16日の定期演奏会Cシリーズでは、やはりインバルの指揮により、同じくロシア革命の歴史を描いた第12交響曲《1917年》が演奏されます。あわせてお楽しみください。