【インタビュー記事】タベア・ツィンマーマン ビーミッシュとモーツァルトを語る(9/18プロムナード、9/23定期C)
ニュース9月18日プロムナードと9月23日C定期で、モーツァルトのクラリネット協奏曲(ヴィオラ版)とサリー・ビーミッシュのヴィオラ協奏曲第2番《船乗り》を演奏するタベア・ツィンマーマン。ともに演奏機会が少ない2曲に対する思いや近年の活動などについて、お話を伺いました。
取材・文/後藤菜穂子
※取材は2023年6月23日、東京~フランクフルトのリモートにて行いました。
◆ オーケストラのみなさんと関係を深めたい
――タベアさんが最初に都響と共演されたのは1990年、バルトークのヴィオラ協奏曲でした。以来、共演を重ね、今回が6回目になります。どんな思い出がありますか?
「初めて来たのはもう33年前になりますか。どうりで髪が白くなるわけね(笑)。そう、最初はバルトークでしたね。今回、ようやく都響と再び共演できるのを心から楽しみにしています。最後に共演したのは5年前(2018年10月/アントワン・タメスティも参加した、マントヴァーニの《2つのヴィオラと管弦楽のための協奏曲》)でしたが、間にパンデミックがあったのでもっと長く感じますね。都響との思い出は本当に美しいものばかりです。
嬉しいことに今回は2つのプログラムを弾くことができるので、1曲だけ弾くのとは違って、オーケストラのみなさんとより関係を深めることができるのではと期待しています。一般的な話ですが、これまでオーケストラとソリストの関係はお互いを敬うあまり、遠慮がちなものだったと言えるかもしれません。でも私はここ数年、ベルリン・フィルやロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団などのレジデント・アーティストを務めてきて、一緒に過ごすなかで多くの奏者たちと個人的に知り合うようになりました―リハーサルが終わったらすぐに立ち去るのではなく。私自身は、ソリストもオーケストラのプレイヤーも人間としては平等であり、そこにはヒエラルキーはあるべきではないと思っています。今回、都響のみなさんともぜひ交流する機会を作りたいと考えています」
◆ サリー・ビーミッシュのヴィオラ協奏曲第2番《船乗り》
――今回取り上げるサリー・ビーミッシュのヴィオラ協奏曲第2番《船乗り》は、タベアさんのために作曲された作品で、2002年にスコットランド室内管弦楽団と初演されました。どういった経緯で誕生したのでしょうか?
「ご存知かと思いますが、ビーミッシュさんご自身、すぐれたヴィオラ奏者でいらして、ヴィオラのための作品を多数作曲されています。あるとき彼女と実際にお話しして意気投合し、協奏曲を作曲してもらうことになりました。もう20年も前のことですね。初演(2002年)後もいくつかのオーケストラと数回演奏しましたが、最後に演奏したのは10年以上前のことになります。ヴィオラのレパートリーはけっして多いとはいえませんが、気に入っていてもなかなか取り上げる機会がない作品というのもあるのです。ですから、今回都響とこの曲を演奏できることを大変ありがたく思っています。
コンサートまでまだ3ヵ月ほどありますから(本インタビューは6月23日に行われた)、協奏曲の詳細については復習できていないのですが、覚えているのは、彼女が曲の出発点として、9世紀のアングロサクソンの詩を用いたことです。その詩は人生を航海にたとえていて、それはとても美しい考えだと思います。もちろん人生を旅として考えることはよくあることで、シューベルトの《冬の旅》などもそうですね。
ビーミッシュさんの音楽はとても美しく、独自の語法をもっていらっしゃいます。たとえば曲のなかでは波の音やカモメの鳴き声が聴こえてきて、その独特な響きは特に印象に残っています。また、音楽を通してストーリーを伝えてくれる点がとても好きです。独自の語法をもった作曲家でも、曲全体が単一の曲想だったりすることは少なくないのですが、彼女はさまざまな情景や場面をとても美しく描き出しています。長いこと弾いていなかったのですが、作品を再び呼び覚まし、都響のみなさんと新しい響きを生み出すことを楽しみにしています。
――作曲のプロセスには関わられたのでしょうか?
「いいえ、完成した状態で曲を受け取ったと記憶しています。私自身はどちらかというとそのほうが好きなんです。もちろん作曲家の前で作品を弾いてみせたり、どんな響きにするべきか議論したりすることも好きなのですが、その一方で創作中に制約を与えたくはないのです。作曲家たちが好きなように作曲して、私たち演奏家はそれを実現する方法を見つけられればそれがいちばんよいと思います。ごくまれに、楽器について詳しくない方が作曲すると、技術的に不可能なことが起こり、困ってしまいますが。
ビーミッシュさんの協奏曲はヴィオラと室内オーケストラのために書かれているので、全体のテクスチュアのなかでもソロ・パートは美しく響きます。もっと弾かれてよい曲だと思います」
◆ モーツァルトのクラリネット協奏曲(ヴィオラ版)
――もうひとつのコンサートでは、われわれがよく親しんでいるモーツァルトのクラリネット協奏曲をヴィオラ版で演奏されます。このヴィオラ版の由来について教えてください。
「最初にこのヴィオラ版を知ったのは十数年前、指揮者のクリストファー・ホグウッドさん(1941~2014)を通してでした。その頃、彼はバーゼル室内管弦楽団によく客演されていて、このヴィオラ版を弾いてみないかというお話をいただいたのです。この編曲は誰の手によるものかわからないのですが、モーツァルトが亡くなった少しあとに出版された(1802年とされている)ものなのです。最初はあまり乗り気ではなかったのですが―編曲にいくつか疑問点があったので―、でも私たちヴィオラ奏者は古典派の協奏曲のレパートリーが圧倒的に少ないので、演目の拡充にはよいのではないかと思って弾いてみることにしました。初めて弾いたのは2006年です。実際、たいへん美しい曲ですし、以来折りに触れて取り上げてきました。
もちろんヴィオラ奏者にはモーツァルトの協奏交響曲(K.364)という名曲がありますが、ソロ・パートはヴァイオリンとの二重奏ですし、たぶんもう250回ぐらい弾きました。また、よくヴィオラのオーディションなどで弾かれるホフマイスターのヴィオラ協奏曲はあまり良い曲だとは思いません。ほかに私自身が気に入っている古典派の協奏的作品は、フンメルの《ヴィオラとオーケストラのためのポプリ(幻想曲)》(op.94)ぐらいです」
――編曲者は不詳ということですが、ヴィオラ用に編曲するにあたってどんな変更が施されているのでしょうか?
「クラリネットは低い音域から高い音域へ駆け上るようなアルペッジョを得意としますが、ヴィオラではそうした音型は難しいので、そういった箇所がところどころ書き変えられています。また、音域の変更も見られます。そもそもこの曲は本来バセットクラリネットのために書かれていたので、それだと低いラ(A2)の音が出てくるのですが、その音を弾こうとするとヴィオラの調弦を変える必要がありますしね。
私がこの版を好きなのは、モーツァルトが生きていた時代に近い編曲である点です。当時、どのように演奏されていたのかということに思いを馳せることができるからです。私の学生の1人は、別の調に移調された版を弾いていましたし、それ以外にも、いろいろな人が編曲を試みていると思います。でも私自身は、ホグウッドさんとともに歴史的な奏法を用いて、よりピュアな響きを目指して演奏した、この版が気に入っているのです。そのときは弦楽器の奏者はみんなプレインガット弦を用い、ヴィブラートは控えめで、より弦の共鳴を重視した奏法でした。私自身は今回、ガット弦は用いませんが、ガット弦で表現しているような響きを出せればと思っています」
◆ 愛器
――現在ご使用の愛器について教えてください。数年前に、それまで長年弾いていらした楽器から今ご使用のヴィオラに替えたそうですね。都響と新しい楽器で弾くのは初めてになりますでしょうか。
「たしかに、前回の都響との共演のあとにこの楽器を手に入れました。でも外見上はほとんど見分けがつかないと思います。以前のマルセル・ヴァテロ(20世紀のフランスの楽器製作者)は35年間演奏して、とても豊かな音をもった楽器でしたが、だんだん私の手にはきつくなってきました。そこで、信頼するフランス人の楽器製作者パトリック・ロバンさんに、同じサイズで、かつ弾きやすい楽器を作ってほしいと注文しました。言葉で説明するのは難しいのですが、ヴァテロの形状をコピーしながら、違った解釈を施したと言えばよいでしょうか。サウンドも違うのですが、それでも人々が“タベアの音”と感じる音になっていて、甘美さと奥深さを持ち合わせた楽器といえます。ロバンさんは私のサウンドに合わせて、それまでに製作したヴィオラとは違った木材を使いました。
モダン楽器の最良の例であり、どんなスタイルの曲にも、どんな響きにも対応できる楽器なのです。ですから、私はもうオールドの楽器を弾きたいとは思いません。ストラディヴァリウスをさしあげますと言われても、弾きません。モダン楽器のなかにはやや荒い面があるものもありますが、ロバンさんの楽器は繊細でありながら、大きなホールでもよく鳴るのです」
――これまでに指揮者のローレンス・レネスさんとご一緒したことはありますか?
「いえ、今回が初めてになります。レネスさんとの新しいコラボレーションをたいへん楽しみにしています」
◆ 近況
――タベアさんの近況についてお聞かせください。ソロ、室内楽などの演奏活動に加えて、音楽大学でも長年教えていらっしゃいます。こうしたさまざまな活動のバランスをどのように保っていらっしゃいますか?
「2020年にジーメンス音楽賞(Ernst von Siemens Musikpreis/世界の音楽の発展に最も寄与した作曲家、演奏家、音楽学者に贈られる)をいただいたことで、私の人生は大きく変わりました。この賞によって新しい活動の可能性が広がり、今後は音楽におけるキュレーターとしての仕事も増やしていけたらと考えています。
近年、いろいろなプロジェクトに携わってほしいと依頼されることが増え、ボンのベートーヴェン・ハウスの会長を務めたり、ヒンデミット財団の委員を務めたりしてきました。そして最近、同財団の会長に就任しました。財団の本拠地はスイスにありますが、フランクフルトにあるヒンデミット研究所も財団の一部で、そこでは現在、ヒンデミットの全集を刊行しています。会長として同研究所の活動を見守っていきたいと思っています。そうしたこともあって、長年ベルリンで教えてきましたが、この春よりフランクフルトの音大に移りました。
ヒンデミットの音楽は昔から大好きですが、こうした組織の長を務めるのは私にとって初めての経験で、たとえばフランクフルト市や文化省の役人の方たちとの関係を築くことも学んでいかなければなりません。初めてのことが多いのでストレスもありますが、でも視野を広げていくことは大事だと思います。
現状としては、教師の仕事がかなり中心を占め、こうした新しい仕事を学び、同時に演奏家としても活動しています。演奏することは今も大好きですが、正直なところ、あと10年弾ければ幸せなほうだと思っています。明らかに、歳を取るにつれて身体的な変化を実感しています。以前より努力が必要ですし、関節も柔軟ではなくなっています。精神的には若い頃よりずっと強くなっていると思いますが、頭で考えるだけで正確な音程が出せるわけではないですからね。したがって、今後徐々に活動のバランスは変化していくと思います。
それに加えて、音楽家の移動もますます大変になってきています。昨今は地球環境への影響について考える必要もありますから。1回のコンサートのために何千キロも移動することを正当化できるのか。こうしたことを私たちは今後考えていかなければなりません。若い世代にとっても、かつてほど旅をせずにどのように音楽家として貢献できるのか、ということが将来の課題になってくると思います」
◆ 能が好き
――最後に、日本滞在中に何かしたいことはありますか?
「私は能が大好きなので、また能の舞台を観たいですね。言葉はわからないのですが、日本を訪れるたびに体験してとても強い印象を受けてきました。私自身の芸術的表現にも影響を与えてきたと思います。特に、緩徐楽章を弾くときに、能のような、ある瞬間にクローズアップするような感覚をどのように作り出せるか。どうすれば、ある瞬間を引き延ばすことができるか、ということの参考になります。スケジュールに合う公演があればぜひ観にいきたいと思います」
――本日は、たいへん興味深いお話をありがとうございました。
(『月刊都響』2023年9月号)
プロムナードコンサートNo.404
2023年9月18日(月・祝) 14:00開演 サントリーホール
指揮/ローレンス・レネス
ヴィオラ/タベア・ツィンマーマン
モーツァルト:クラリネット協奏曲 イ長調 K.622(ヴィオラ版)
プロコフィエフ:バレエ《ロメオとジュリエット》より
~ローレンス・レネス・セレクション~
噴水の前のロメオ/情景/朝の踊り/少女ジュリエット/モンタギュー家とキャピュレット家/マスク/ロメオとジュリエット/僧ローレンス/タイボルトの死/別れの前のロメオとジュリエット/ジュリエットのベッドのそば~ジュリエットの葬式~ジュリエットの死
公演詳細
第982回定期演奏会Cシリーズ
2023年9月23日(土・祝) 14:00開演 東京芸術劇場コンサートホール
指揮/ローレンス・レネス
ヴィオラ/タベア・ツィンマーマン
サリー・ビーミッシュ:ヴィオラ協奏曲第2番《船乗り》(2001)[日本初演]
ラフマニノフ:交響曲第2番 ホ短調 op.27
公演詳細