定期演奏会 Aシリーズ

【完売御礼】第975回定期演奏会Aシリーズ

終了日時：2023年5月12日（金） 19:00開演（18:00開場）

場所：東京文化会館ホール案内座席表

【三善晃生誕90年／没後10年記念：反戦三部作】

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出演

指揮／山田和樹
合唱／東京混声合唱団*、武蔵野音楽大学合唱団*
児童合唱／東京少年少女合唱隊**

プロフィール一覧

山田和樹　Kazuki YAMADA（指揮者）

2009年第51回ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝。ほどなくBBC交響楽団を指揮してヨーロッパ・デビュー。同年、ミシェル・プラッソンの代役でパリ管弦楽団を指揮して以来、破竹の勢いで活躍の場を広げている。
2016/2017シーズンから、モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団芸術監督兼音楽監督に就任。2018/2019シーズンから首席客演指揮者を務めるバーミンガム市交響楽団では、2023年4月から首席指揮者兼アーティスティックアドバイザーに就任することが発表された。日本では、日本フィルハーモニー交響楽団正指揮者、読売日本交響楽団首席客演指揮者、東京混声合唱団音楽監督兼理事長、学生時代に創設した横浜シンフォニエッタの音楽監督としても活動している。2016年には、実行委員会代表を務めた「柴田南雄生誕100 年・没後20年記念演奏会」が、平成28年度文化庁芸術祭大賞を受賞。
これまでに、ドレスデン国立歌劇場管、パリ管、フィルハーモニア管、ベルリン放送響、バーミンガム市響、サンクトペテルブルグ・フィル、チェコ・フィル、ストラスブール・フィル、ハーモニー管弦楽団、エーテボリ響、ユタ交響楽団など各地の主要オーケストラでの客演を重ねている。
東京藝術大学指揮科で小林研一郎・松尾葉子の両氏に師事。
メディアへの出演も多く、音楽を広く深く愉しもうとする姿勢は多くの共感を集めている。
山田和樹オフィシャル・ホームページ http://www.kazukiyamada.com/

東京混声合唱団（合唱）

1956年に創設された日本を代表するプロ合唱団。東京・大阪での定期演奏会、内外のオーケストラとの共演やオペラへの出演、青少年を対象とした鑑賞音楽教室、海外公演を含む年間150回の公演のほか、数多くのレコーディングやテレビ、ラジオへの出演がある。
　レパートリーは、創立以来行っている作曲委嘱活動で生まれた250曲を超える作品群をはじめ、内外の古典から現代作品までと幅広く、各地の合唱団との合同演奏、指導者派遣等も精力的に行っている。
　文化庁芸術祭大賞、音楽之友社賞、毎日芸術賞、京都音楽賞、レコード・アカデミー賞、サントリー音楽賞、中島健蔵音楽賞などを受賞。
　2019年2月～3月には、フランスのアンジェ、ナントの2都市でパスカル・ロフェ指揮フランス国立ロワール管弦楽団とマーラーの「交響曲第二番」、またモナコのモンテカルロで山田和樹指揮モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団とフォーレの「レクイエム」を共演し、各公演は現地メディアからも高く評価され、大きな成果をおさめた。
http://toukon1956.com
Photo ©中村紋子

武蔵野音楽大学合唱団（合唱）

武蔵野音楽大学合唱団は合唱授業の一つとして、声楽コースを中心に編成されている。
武蔵野音楽大学管弦楽団との共演により、合唱の大曲を定期演奏会で発表してきたほか、読響との30 数年にわたるベートーヴェン「第九」の共演をはじめ、ロジェストヴェンスキー、マズア、マゼール、シノーポリ、インバル、アシュケナージ、山田和樹らの指揮により、読響、都響、日本フィル、東響などのオーケストラとの共演も行い、数々の名演を残している。

東京少年少女合唱隊（児童合唱）

ヨーロッパの伝統音楽に基づく音楽教育を目的とする日本初の本格派合唱団として1951年設立。6歳から基礎を学び、演奏活動の中核を担う15歳から19歳のコンサートコアに加え、室内合唱のカンマーコアまで幅広い演奏活動を行う。グレゴリオ聖歌から現代作品までレパートリーは幅広く、同声から混声の合唱作品までをカバーする。松平頼暁、一柳慧、細川俊夫等への委嘱作品も多く手掛ける。年2回の定期公演の他、1964年の訪米以来海外公演は34回を数える。国内外のオーケストラ、オペラ劇場との共演も多く、アバド、ムーティ、ルイージらとも共演し高い評価を得た。2021年に創立70周年を迎え、連続演奏会「70周年記念コンサートシリーズ2021-2023」を開催、最終公演をサントリーホールで実施。2024年5月にドイツ各地で5公演を実施。

長谷川久恵　常任指揮者 / 芸術監督
Hisae Hasegawa　Principal Conductor / Artistic Director

東京少年少女合唱隊の常任指揮者。主催公演並びに海外公演を牽引するかたわら、オペラなどの外部公演でコーラスマスターを数多く歴任。「コールスLSOT」や声楽アンサンブル「カンマーコア」を組織し、幅広い演奏活動を展開している。

曲目

三善晃：混声合唱とオーケストラのための《レクイエム》（1972）*

曲目解説
三善晃：混声合唱とオーケストラのための《詩篇》（1979）*

曲目解説
三善晃：童声合唱とオーケストラのための《響紋》（1984）**

曲目解説

三善晃の「反戦三部作」
丘山万里子

　三善晃（1933～2013）自身の戦争体験を材とした三部作の第一作《レクイエム》は1972年脱稿だが、そこに至る道筋を拾っておく。
　意識の胚胎は早い。パリ留学から帰国（1957年）、羽田が真っ黒、墨絵の世界に見えた時「まだ白骨が生々しくその辺に散らばっていて、それを拾い集めて僕なりの墓を建て、銘を刻んで墓守になる。」との想いが湧いた（三善晃、丘山万里子著『波のあわいに－見えないものをめぐる対話』春秋社、2006年）。が、パリ帰り、洗練煌めく才への賛辞に包まれ、それは「硬く閉じ込め」られた。

《嫁ぐ娘に》

　初めてそこに触れたのは、5年後の混声合唱組曲《嫁ぐ娘に》（1962年／詞：高田敏子）で第3曲〈戦いの日日〉の「やめて!　やめて!　世界中の町と村で母と子は叫びつづけた　焦げくさい空に手をさしのべて」がそれ。初演に際し三善は、嫁ぐ娘のいた高田敏子、嫁いだばかりの妹のいた自分のことのみ記している。が、1974年には「私たちの共有する戦争体験が、この曲の情感にドラマの奥行きを与えている。幸不幸のままに、今日の実存のなかでそれが歌い継がれることを希っている」と書く（三善晃著『遠方より無へ』白水社、1979年）。
　さらに2004年の《嫁ぐ娘に》再演時には「ここに初めて書くことがある」と年子の二人一組で育った妹の記憶を記す。この曲に向かう前、29歳の三善は自死願望遂行に独り軽井沢に行った。「勘でここだと思った」と投宿先に来た妹は彼を温泉に誘う。帰京、作曲にあたり《嫁ぐ娘に》の「5曲目で、“さよなら”を繰り返したあと、男声が“そのほほえみを”と歌う旋律が浮かんできて、涙が止まらなかった」。70歳を過ぎてのこの告白は「妹は先年、他界した」で終わっている。
　妹の記憶は同年、他でも語られる。小学6年の疎開先（長野県）、飢えた彼は「盗んだりんごを隠していて妹にやらなかった。」（『音楽現代』2004年9月号）。その妹は、りんごを隠した兄を死から引き戻した。兄の自責、「傷み」（三善はこの言葉を使う）そして愛は、《レクイエム》以降の語り「川遊びの最中機銃掃射で死んだ友達、それが僕でなかったこと」よりずっと深く彼を喰（は）み続けたのではあるまいか。

《王孫不帰》と《オデコのこいつ》

　次の発芽は男声合唱のための《王孫不帰》（1970年／詞：三好達治）。帰らぬ人（不帰）に「岸壁の母」（ソ連による抑留から帰る息子を待つ母親を、マスコミなどが取り上げた呼称）の姿を重ねた三善は、三部作12年（1972年《レクイエム》から1984年《響紋》まで）の遍路の持鈴（じれい）をここでかすかに鳴らす。
　続く、こどものための合唱組曲《オデコのこいつ》（1971年／詞：蓬莱泰三）は戦禍のビアフラ（アフリカ中西部）で餓死する子供たちが題材で、すでに鮮明に《レクイエム》の姿が見える。「なぜ――僕が殺したんだ　僕が!」の僕の叫びは「シカシ、ヤッパリ殺シテイル」の三好十郎の呻吟（《レクイエム》第Ⅰ章）へと流れ込むのだ。

《レクイエム》

　《レクイエム》の背景には1960年代半ばから10年におよぶベトナム戦争、1970年代のアフリカ飢饉など世界を覆う暗鬱がある。戦時の記憶が今と重なる、子供だったあの時の僕。羽田から見た墨絵世界、硬く閉じ込め続けた結塊が吐血した。「なぜ？」、理不尽な死への自問の発声まで27年（1945年終戦から1972年《レクイエム》まで）、管弦打の殴打、合唱の苦悶・叫声が空を切り裂く墓が立った。
　1972年3月15日の初演を聴いた文芸評論家、中島健蔵（1903～79）はその響きのあまりの変貌に「ちがう、これはちがう、いつもの三善とはちがう」と衝撃を受ける。三善の音世界はどんな時も明澄な美を宿し、激しても耳を蹂躙する暴挙などなかったから。が、すぐに「これが三善だったのか、奥深くかくれていたのはこれだったのか」とうなずき「無意識のうちに、わたくしは無声のまま一緒に歌い始めていた」（『季刊芸術』1972年夏号）。
　戦前・戦時・戦後を生きた中島にはそれが解ったし、ともに歌いもできた。だが次作《詩篇》（1979年）を中島が聴くことはなく、三善はその年上梓した著作『遠方より無へ』を氏の霊前に捧げている。戦後生まれの世代に「言葉が聞こえない」との評を受けた三善は「聞こえなくともわかるはずだ」と応じたが、言ってしまえば機銃掃射も焼夷弾も疎開の飢餓も知らぬ私たちに、この響きのカオスをそのまま呑み込めぬのは当然ではあろう。

《詩篇》

　《レクイエム》の最後に響く「たまきわる　いのちしななむ　ゆうばえの」（宗左近〔1919～2006〕の「夕映反歌」）は7年後、宗の詩集『縄文』（思潮社、1978年）をテクストとする《詩篇》（1979年）へと結ばれる。宗との友交は2003年女声合唱とピアノのための《虹とリンゴ》（「リンゴ」は妹の記憶を想起させる）まで30年あまり続き、三善の創作のかけがえのない伴走者となった。
　東京大空襲で燃え盛る火から逃れ、母の手を離し眼前で死なせた自責を背負う宗左近の言葉は、三善の傷と直にこすれ合い、それだけ響きは酷烈だ。《レクイエム》で死者の声を聴いた三善は、《詩篇》では生き残った生者として死者に呼びかけるが、その叫びは「生かされた」彼を貫く痛苦の奔出でもある。が一瞬、弦の優しい流れが浮かび、中盤「花いちもんめ」（2連が向き合い掛け合う遊び歌）から生と死の照応「ゆれあっている　ゆられあっている」へと波は寄せ、終章「いちもんめ」のルフランが微かな光となって空（くう）へと溶けるのだ。

《響紋》

　《詩篇》の終句「章（しょう）ちゃん　もとめて　月いちもんめ」のエコーはそのまま三部作の最後となる《響紋》（1984年）に響き入る。冒頭「かごめ　かごめ」の密やかな歌声を、たちまち砕く衝撃音。前作が彼岸と此岸の行来であったなら、次に来るのが童唄（わらべうた）「かごめ　かごめ」となるのは必然だった。つまり、輪（わ）・環（わ）。ここと向こうを一つの円環に。そこに三善の願い、祈りがこもる。三善は「残したい、せめて鬼遊びする子供たちだけは。その、問いかける声を聴く耳だけを三部の輪郭のなかに閉じ込め、急速な弔鐘と共に生者は死者と手つなぎの輪の中に入れないものだろうか」と記している。「夜明けのばんに　風のなかの骨は　なになに見やる―」その歌は、最後、「うしろのしょうめん　だぁれ」に静かに溶暗する。
　《詩篇》《響紋》がなぜ「わらべうた」だったか。三善はそれを母の故郷・奈良井（現・長野県塩尻市）の原風景と語る。村の盆踊り、風がわたり「木曽のなあ」と山に呼びかけるそのルフランが耳に残っている。「それがわらべ歌と響き合う。子どもが、母親のもとに帰っていくというような」（『波のあわいに』）。

《その日－August 6－》

　三部作の登攀は《レクイエム》から胸裏にあったと三善はのち、明かしている。
　だが、遍路はそこで終わったわけではない。原爆投下日を素材とした《夏の散乱》（1995年）から4年連続で書かれた交響四部作（《夏の散乱》《谺（こだま）つり星》《霧の果実》《焉歌（えんか）・波摘み》）、最晩年の混声合唱とピアノのための《その日－August 6－》（2007年／詞：谷川俊太郎）までその歩みは続く。「私はただ信じるしかない／怒りと痛みと悲しみの土壌にも／喜びは芽生えると」の清浄なコラールでその旅は閉じられた。
　《レクイエム》からの墓碑に「生きている人がみんなそこに来てくれるか、と思ったら、そんなこと知らないよ、と（笑）」。2005年の言葉だから、三善が抱え続けたものの重さ永さと同時に、それが共有されなかった胸中が知れよう。いつまでぐるぐる墓碑の周りを回るのか、の声は絶唱《その日－August 6－》までしばしば聞かれたから。ちなみに《レクイエム》当時、「戦時」を描いたのは林光（1931～2012）の《原爆小景》（1958～2000年／詞：原民喜）、團伊玖磨（1924～2001）のオペラ『ひかりごけ』（1972年／原作：武田泰淳）のみ。その後もわずかだ。
　なお、この三部作は三善の「遠方より無へ」の旅の一路でもあった。それを彼は「弧」から「無」への回帰としたが、むしろ「孤」（西欧）から「無」（日本）への道と言っておく。オペラ『遠い帆』（1999年／台本：高橋睦郎）で彼が響かせるのは「一つとや」の数え歌と「あんめんぜんす　さんたまりあ（アーメン　デウス　サンタ　マリア）」で、彼は終生、両者の輪光を求め続けた作曲家であった。

　妹の死後、なぜ三善は隠したりんごについて語ったか。その底にあるのは、生と死、人と人の関わりの根源的な在り方と知るからだ。世界を襲ったパンデミックは地上の支配者という人類の慢心を打ち砕き、分断と不寛容に引き裂かれる穢土にあって誰もがりんごを隠し争うことを暴いた。ロシアのウクライナ侵攻ばかりでなく、今も世界各地で流されるたくさんの血は、飽くなき人間の欲望を物語る。「僕もそうだった」と晒すことで、三善はそれが私たちの日常のそこここに潜むことを知らせるが、同時に、だからこそ光を仰ぎ歩もうと呼びかけてもくる。ささやかでも、誰かを想い、何かを行おうと努めること。それが人の人たる証だと。

｜三善晃：混声合唱とオーケストラのための《レクイエム》（1972）

　テクストは『日本反戦詩集』（太平出版社、1969年）（1～5、7～9／以下、詞に付された番号）、『海軍特別攻撃隊の遺書』（ベストセラーズ、1971年）（6）の抜粋に、宗左近の「夕映反歌」（10）で、曲は3章構成（Ⅰ～Ⅲ）、ひと続きに演奏される。「誰がドブ鼠のようにかくれたいか!」から始まり、言葉はオーケストラの咆哮の中で揉みしだかれながら切れ切れに炎をあげる。
　「たくさんの色が混じり合い、一つの色にしか見えない。それを、この題名もテクストも－どのような言葉も説き明かしはしないでしょう。～ですから、どうか、この題名を、これらの詩句を忘れてください。それら自身の力でそれらが、あなたの中で甦ることができるように。」（初演プログラムの作曲家の言葉より）
　言葉が聞き取れずとも響き・感触・質感が伝わればそれでよい、「これを食べてください」（第Ⅲ章-8）は聞こえるべき言葉だが「あの土に植えました」（同）は聴き手の想像の中でそれぞれの場所を得るもの、と三善ははっきり分けていた。この第Ⅲ章の凄まじさは耳を覆うばかり、終句の「夕映反歌」ですらその残響の中に息絶えるのだ。
　第Ⅱ章-6は特攻隊5名の遺書からだが、彼らが呼びかける「お父さん、お母さん、時（とき）ちゃん、敬（けい）ちゃん、房（ふさ）姉さん」という一人一人の名、顔、姿は、決してすげ替えることのできない唯一の「存在」を知らせ、《詩篇》の「花いちもんめ」に浮かぶ「啓ちゃん」からはじまる呼びかけへとつながる。
　戦死は顔のない死者の累積ではない、一人一人に家族が、愛が、生があった。その蹂躙抹殺こそがこの響きの苛烈に他ならない。
（丘山万里子）
　
　
　

作曲年代	1971～72年
初　　演	1972年3月15日　東京文化会館岩城宏之指揮　NHK交響楽団　日本プロ合唱団連合
楽器編成	フルート3（第1～3はピッコロ持替、第3はアルトフルート持替）、オーボエ3（第3はイングリッシュホルン持替）、クラリネット3（第3はバスクラリネット持替）、ファゴット3（第3はコントラファゴット持替）、ホルン4、トランペット4、トロンボーン4、ティンパニ、シンバル、シズルシンバル、シストレ、タムタム、スレイベル、大太鼓、桶胴、貝鳴子、木鐘、カウベル、ボンゴ、コンガ、アンティークシンバル、木魚、グロッケンシュピール、ヴィブラフォン、シロフォン、小太鼓、ギロ、マラカス、トライアングル、トムトム、チャイム、大鼓（おおかわ）、ムチ、ハープ、ピアノ、チェレスタ、弦楽5部、混声合唱、テープ収録および会場内再生装置

｜三善晃：混声合唱とオーケストラのための《詩篇》（1979）

Ⅰ はじめのはじめに・雲
Ⅱ はじめのないはじめ・天体
Ⅲ はじめのあるはじめ・夕映え
Ⅳ おわりのないはじめ・人形
Ⅴ 途中の途中・滝壺舞踏
Ⅵ はじめのあるおわり・夕焼け
Ⅶ はじめとおわりの・鏡の雲
Ⅷ おわりのないおわり・波の墓
（Ⅶ はじめとおわりの・鏡の雲）

　上記8章から成る（曲の最後で第Ⅶ章が変容されながらルフランとして繰り返される）。詞は宗左近の詩集『縄文』より作曲家が構成。
　冒頭「きみたちが殺されなければ　縄文　などありはしなかったのだ　わたしの雲よ」の不気味な呟きがオケとともに噴き上がり、時に叫び、時に音程を持たない語りが続く。その言葉を斬り苛む打楽器の多用……弦の旋律とともに第Ⅲ章「花びらの波」の合唱はわずかな凪を見せるが、襲いかかる打楽器連打から第Ⅴ章〈滝壺舞踏〉の「きみたち死んだ　おれたち生きた」までの烈しい音響世界は聴くものを心底打ち砕くだろう。
　そのあとに現れる第Ⅶ章の「花いちもんめ」（「犠牲のくじ引き」儀式と三善は言う。由来は人買いの子供選びだ）もまた相克を緩めず、第Ⅷ章に至って初めて清冽なハーモニーが射し込む。息の長いクレッシェンドとともに繰り返される「ゆれあっている」「ゆられあっている」、「砕けあっている」「砕かれあっている」、「溶けあっている」「溶かされあっている」、「きらめきあっている」「きらめかされあっている」の照応。そこから本来の「花いちもんめ」の旋律が静かに浮き上がる。行先は第三作《響紋》「かごめ」の歌声だ。
　詩集『縄文』の覚書「できれば死者などと呼びたくない。殺されたために、わたしのなかの生者となっている。そしてわたしは殺した連中の一人なのである。どうして鎮魂がわたしに可能であり得ようか」。それが宗と三善の等しい基点である。
　つけ加えておく。詩集の第Ⅳ章に〈いけにえ〉という詩がある。三善はテクストに選ばなかったが、その最後はこうだ。「兄と妹が5本目の紐の両端でくびれている兄は水の下で　妹は山のいただきで」
（丘山万里子）
　
　
　

作曲年代	1978～79年
初　　演	1979年10月16日　東京文化会館小林研一郎指揮　東京都交響楽団　日本プロ合唱団連合
楽器編成	フルート3（第1～3はピッコロ持替）、オーボエ3、クラリネット3、ファゴット3（第3はコントラファゴット持替）、ホルン4、トランペット4、トロンボーン4、ティンパニ、スレイベル、シストレ、サスペンデッドシンバル、マラカス、タムタム、大太鼓、魚板、アンティークシンバル、木魚、ウッドブロック、カウベル、小太鼓、ロートトム、トムトム、ボンゴ、コンガ、マリンバ、ヴィブラフォン、スティールドラム、グロッケンシュピール、シロフォン、ゴング、フレクサトーン、チャイム、竹鳴子、貝鳴子、トライアングル、シズルシンバル、カスタネット、ムチ、ハープ、ピアノ、チェレスタ、弦楽5部、混声合唱

｜三善晃：童声合唱とオーケストラのための《響紋》（1984）

　1982年初夏、宗左近と一緒の車の中で三善晃は「今は“かごめ”のような童唄が聴こえてくるだけです」と言った。その後、宗から文政年間の〈かごめ・鬼遊び唄〉を教えられた彼は、「つっぺえる（水、泥などの中に落ちこむ）かごめ」に、《響紋》の声を聴く。前2作に比べ演奏時間も短く、全体は童声（「男声」「女声」に準じて三善はこの言葉を用いた）とオーケストラが交差する音調となった。
　冒頭、澄んだ優しい童声合唱に耳を澄ませていると、ここでもオーケストラが切っ先鋭く斬り込んでくるが、暴力的な逼迫はない。子らの声は次第に重ねられ歌の紋様を拡げ、波となってうねりしぶきを上げる。《詩篇》の「ゆれあっている」「ゆられあっている」に見た揺動が歌声に繰り返され、ゆるゆると輪を描き螺旋状の上昇を続ける。撃ち込まれる打撃音に遮られ遮られしても「かごめ　かごめ」の歌声は沈黙の底から幾たびも幾たびも伸びあがってくる。
　「風のなかの骨」「波のなかの骨」「雲のなかの骨」「虹のなかの骨」。墨絵世界に散らばる骨を三善は宗と拾い続け祈り続け、そうして最後、光を仰ぐ。「うしろのしょうめん」を振り向く二人に降りかかる美しい月の欠片。
（丘山万里子）
　
　
　

作曲年代	1982～84年
初　　演	1984年6月23日　東京文化会館尾高忠明指揮　東京フィル　東京放送児童合唱団
楽器編成	フルート3（第3はピッコロ持替）、オーボエ3（第3はイングリッシュホルン持替）、クラリネット3、ファゴット3（第3はコントラファゴット持替）、ホルン4、トランペット4、トロンボーン4、ティンパニ、シストレ、シンバル、カウベル、クロマティークゴング、タムタム、トムトム、小太鼓、グロッケンシュピール、マリンバ、マラカス、チャイム、大太鼓、スレイベル、アンティークシンバル、ヴィブラフォン、シロフォン、ハープ、ピアノ、チェレスタ、弦楽5部、児童合唱

三善晃　Akira MIYOSHI（1933～2013）

　東京生まれ。3歳から自由学園「子供ピアノ・グループ」で学び、4歳から平井康三郎に作曲とヴァイオリンを師事。1951年、東大仏文科へ入学。在学中に《ソナタ》で日本音楽コンクール第1位、《ピアノと管弦楽のための協奏交響曲》で尾高賞を受賞。1955年、パリ音楽院へ留学、アンリ・シャランとレイモン・ガロワ＝モンブランに師事、アンリ・デュティユーの影響も受ける。1957年帰国、東大に復学し1960年卒業。以後、毎年のように大作を発表、オーケストラや室内楽作品、歌曲、合唱曲など多くの名作を遺した。
　反戦三部作《レクイエム》《詩篇》《響紋》は中期の代表作であり、1995年からは4年連続で交響四部作《夏の散乱》《谺つり星》《霧の果実》《焉歌・波摘み》を発表。1997～99年にオペラ『遠い帆』を作曲。また、テレビアニメ『赤毛のアン』（1979年）の主題歌なども手がけている。桐朋学園大学学長（1974～95）、東京文化会館館長（1996～2004）を務めた。芸術院会員、文化功労者。

第975回定期演奏会Aシリーズは当日券も含め完売いたしました。チケットをお持ちのお客様はお忘れなくご来場くださいませ。（5/12up）

終演後には、指揮者・山田和樹氏によるアフタートークを行います。
準備が整い次第、開始いたします。

会場：大ホールホワイエ
終了予定　21：40頃
※事前のお申込みはご不要です。

聴きどころ

「この声が、聴こえるか──。」
バーミンガム市響の首席指揮者をはじめ国際的に活躍しつつ、日本人作品と合唱音楽にも力を入れる山田和樹との、三善晃(1933-2013)生誕90年記念プロジェクトです。反戦詩や特攻隊員の遺書をテキストとした《レクイエム》(1972)、宗左近の詩集『縄文』をテキストとした《詩篇》(1979)、子供たちによる「かごめかごめ」が胸を突く《響紋》(1984)。少年期の壮絶な戦争体験から、あらゆる創作の根底に反戦の意を込め続けた三善が、鎮魂と非戦の思いを、激烈な音響と声なき声の叫びで訴える問題作の一挙演奏です。決して心安い音楽ではありませんが、今こそ、改めて世に問うべき曲であり、一人でも多くのみなさまに聴いていただきたい日本の名作です。