鈴木 優

ホルン

鈴木 優 (すずき ゆう) Yu SUZUKI

(2019年1月1日入団)

私の音楽はじめて物語

カラーガード部で(小6)
カラーガード部で(小6)
 音楽との出会いはピアノです。習いごとの一つとして始め、3歳ころから近所のピアノ教室へ通いました。ただ、家にピアノがなく、途中からキーボードを買ってもらって練習しましたが、基本は週に1回、先生の前で弾くだけ。あまり上達した記憶がありません(笑)。
 小学校6年間は柔道。父が柔道の先生で、気がついたら道場に通っていました。父は私をオリンピック選手にしたかったみたいで、とても厳しかったです。辞めたいと思っていたのですが、言う勇気もきっかけもなく続けていました。ですが負けるのは嫌だったので稽古は一生懸命やりました?その結果県大会で3位になることができました。
 一方で、小4からカラーガード部(音楽に合わせて旗を振って演技をする)に入りました。とても楽しかった記憶があります。やがて一緒に活動していた吹奏楽部のクラリネットに惹かれて、中学へ進学したら吹奏楽部に入ってクラリネットをやりたいと強く思うようになりました。
 地元の公立中学校へ入り、「吹奏楽を頑張るから柔道は辞めたい」と父へ言うことができて、柔道は引退。今思えば、辛いことへの忍耐力や、自分の欠点に向き合う精神力を叩き込んでくれた気がします。当時は嫌でしょうがなかったですが、父には感謝しています。
 吹奏楽部の体験入部でクラリネットばかり吹いていました。試しにと勧められて吹いたホルンは全く音が出ませんでした。なので自分はホルンではないだろうなと思っていたら人数が足りないから、とホルンへ回されてしまいまして…。人生初の挫折でした(苦笑)。
 当初は落ち込みましたが、ホルンは割とすぐに音が出せるようになり、吹くのが楽しくなってきて部活の時間外も練習するようになりました。顧問の先生のお知り合いで、高崎健康福祉大学高崎高校(健大高崎)の吉田宏昭先生(元新星日響ホルン奏者)が指導にいらしていたのですが、中3の時「推薦でうちの高校へ来ないか」と声をかけてくださって。有難い機会なので、お話を受けて健大高崎へ進学しました。
 高1から高橋臣宜先生(群響首席/現・東京フィル首席)に師事。音を並べることがゴールではなく、将来オーケストラの奏者として演奏する際のサウンド感や、吹き方の基礎を大事にしたレッスンをして頂いたと思います。
 吉田先生に東京藝大の受験を勧められ、また高橋先生の母校でもあったので憧れを抱き、高2の時に受験を決めました。ピアノとソルフェージュは元々苦手だったのもあり、かなり苦労しました。
 東京藝大では守山光三先生に師事。技術的な指導はもちろん、ウィーンで現地の学生と一緒に演奏する機会を作ってくださったり、様々な経験をさせて下さいました。視野を広げて頂いたと思います。卒業後、藝大フィルハーモニアに1年ほど在籍、2015年に東響へ入団しました。本番が多く忙しいオケでしたが、団員さんの雰囲気も良く沢山の経験をさせて頂きました。
 都響への移籍は2019年1月です。都響はメンバーの自発性が強く、それでいて音楽の方向が統一されている素晴らしいオーケストラ。日本を代表する楽団として、もっと多くの方々に聴いて頂けるよう、音楽と向き合い続けて行きたいと思っています。

(『月刊都響』2020年4月号 取材・文/友部衆樹)

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