第21回三菱UFJ信託音楽賞奨励賞受賞にあたって山田和樹氏よりメッセージ(第975回定期演奏会Aシリーズ)

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昨年度の三菱UFJ信託芸術文化財団助成公演の中から優れた公演として、2023年5月に開催した第975回定期演奏会Aシリーズ【三善晃生誕90年/没後10年記念:反戦三部作】が第21回三菱UFJ信託音楽賞奨励賞を受賞。去る9月13日(金)に日本工業倶楽部(千代田区)にて授賞式が執り行われました。
 
 

 
 

山田和樹(指揮) メッセージ


 戦後75年、東京オリンピック開催の年である2020年に、前東京オリンピック(1964)をきっかけに誕生した東京都交響楽団と、東京文化会館で、それも東京文化会館の館長を務められた三善晃先生の反戦三部作を演奏するという、さまざまな縁が交錯した一大企画。
 結果として、2023年に演奏は持ち越されたものの、凄まじい演奏が繰り広げられ、万雷の拍手をいただいたあと、「演奏していただけて良かった。今で良かった。演奏するべきだったのよね」と三善先生の奥様・由紀子さんに言っていただけたことが本当に嬉しいことでした。
 あの演奏会の特別な空気感は今でも覚えています。舞台と客席にいた全員、いやひょっとしたらその場にいなかったたくさんの人の想いも、もっと言えばこの世には既にいないたくさんの人の想いも含めながら、あの演奏が成し得たのだと思います。
 リハーサル初日から不思議なことが起きていました。作品のメッセージがとても重いため、自分自身がそのメッセージの強さに飲み込まれたり打ちのめされたりしてしまうのではないか、疲労困憊のあまりリハーサルを出来なくなってしまうのではないか、という不安を抱えていたのですが、実際に起きたことはむしろそのまったく逆の現象で、たくさんの方々からエネルギーをいただけたのです。
 人が人と会うだけでエネルギーの交換や循環が起こる、だからこそ人は集わなければならない。思えば当たり前のことを、三善先生の作品にもう一度思い出させていただいた次第です。疲労困憊になるどころか、とても良いコンディションで演奏会に臨めたことは本当に皆さんのおかげです。

 思えば、私が20歳の時に公式的なデビューを果たしたのは、武蔵野合唱団の定期演奏会で荻久保和明作曲の『縄文』を指揮したことでした。私の音楽活動の原点であるこの『縄文』は宗左近氏の詩で構成されています。今回ようやく『縄文』の詩集の現物を手に入れることができたのですが、そこには「三善晃さんのお願いによってこの詩集が誕生した」と書かれていました。
 三善晃、宗左近。いわゆるサバイバーズ・ギルトを抱えながら生涯をまっとうしたお二人のコンビネーションが生み出した作品の数々は、音楽では、言葉では表現しきれない圧倒的なエネルギーに満ち溢れています。
 「生きることは矛盾に満ち溢れている。ひょっとしたら、生きるとはその矛盾を引き受けることなのかも知れない」ー三善晃先生の言葉が、優しくも厳しくも心に響きます。
 反戦三部作の一挙上演は史上2回目だったのですが、壮絶な『レクイエム』『詩篇』を経て『響紋』に至る世界観に我々は未来を見ることができます。子どもは、未来の象徴、つまり希望の象徴です。絶望からの希望。三善先生は音楽を通して、生きることを肯定しようとされていたのでしょう。
 今回この公演が、三菱UFJ信託音楽賞奨励賞をいただけたことは、私にとっても大変励みになる光栄なことです。
 この機会に改めて、公演に関わられた東京都交響楽団、東京混声合唱団、武蔵野音楽大学、東京少年少女合唱隊の皆さん、すべての方々に厚く感謝申し上げます。

photo:©Rikimaru Hotta


第975回定期演奏会Aシリーズ

2023年5月12日(金) 19:00開演 東京文化会館

指揮/山田和樹
合唱/東京混声合唱団*、武蔵野音楽大学合唱団*
児童合唱/東京少年少女合唱隊**

【三善晃生誕90年/没後10年記念:反戦三部作】
三善 晃:混声合唱とオーケストラのための《レクイエム》(1972)*
三善 晃:混声合唱とオーケストラのための《詩篇》(1979)*
三善 晃:童声合唱とオーケストラのための《響紋》(1984)**