【インタビュー記事】ロバート・マーコウ ―海外ジャーナリストが見た音楽都市・東京

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『月刊都響』で2017年度から曲目解説(英語)を執筆しているロバート・マーコウさんは、カナダ・モントリオール在住の音楽ジャーナリスト。アジアの音楽シーンに詳しく、毎年のように来日していた彼は『月刊都響』2019年7・8月号のインタビューに登場、日本のオーケストラの素晴らしさを語ってくれました。その後、コロナ禍のため2020年以降は海外渡航を停止。2023年秋、久しぶりに日本へ来たロバートさんは、11月9日から25日まで滞在、海外オーケストラの来日ラッシュにわく東京を中心に神戸や大阪などを巡りました。そんな彼に、4年ぶりに見た日本の音楽状況を伺いました。
取材・文/友部衆樹 通訳/飯田有抄

欧米と肩を並べる日本のオーケストラ

 今回は、日本のオーケストラ6団体、海外オーケストラ2団体を聴きました。東京フィル、N響、読響、神戸室内管、名古屋フィル、広響、ウィーン・フィル、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管です。都響はこの後聴きます(取材は11月24日に行われた)ので、計9団体ですね。
 日本のオーケストラは例外なく素晴らしく、レベルがとても高いのに驚いて嬉しい気持ちになりました。とても感情豊かで、音楽への理解が深く、テクニックが安定していて、音楽的なフィーリングが良い。ウィーン・フィルはすごくパワフルでしたが、私にとってはノイジー(騒々しい)と感じる部分が多くてあまり音楽的な気分に浸ることができませんでした。日本のオーケストラは、欧米のオーケストラと肩を並べるところまできています。以前は、日本の団体は欧米より劣るという見方が中心でしたが、今はそういうステレオタイプな価値観をブレイクする時代ですね。
 レパートリーも、日本のオーケストラはエキサイティングで、わくわくするようなプログラミングを考え、エネルギッシュに演奏している印象があります。都響の2024年度スケジュールを拝見しましたが、伝統的な曲目に加えてウォルトン、アイヴズ、ベルク、シェーンベルクなどが含まれ、ヴィトマン作品の日本初演もある。チャレンジングですね。

北米のプログラムノート事情

 北米音楽批評家協会(MCANA/Music Critics Association of North America)は毎年春から初夏にかけてコンヴェンションを行っており、2023年も6月にシカゴで開催されました。新しいオペラについて、あるいは指揮者へのインタビューなどいくつかの部会があり、パネルディスカッションもあって、私はパネリストとして参加しました。パネルディスカッションのテーマは「音楽評論家の収入をいかに向上させるか」。ナマナマしい話題で、もう少し別の言い方があったのではないかと思いましたが(笑)、そこで私が提案したのは「プログラムノート(曲目解説)を書く」ということ。当たり前の話だとお考えになると思いますが、これには背景があります。
 今、アメリカやカナダのオーケストラで、ミドル・クラスより上のオーケストラはプログラムノートをきちんと制作していますが、オンラインへの移行が増え、紙のプログラムを作る団体は減っています。そしてミドル・クラス以下のオーケストラ、つまり小さな都市で年に7~8公演しかやらない団体は適切な音楽ライターを見つける余裕がなく、「プログラムノート・サービス」(プログラムノートを提供する会社)を利用することが多い。
 このような会社が北米に3~4社あります。そこが提供しているプログラムノートはちょっと問題がありまして、新しい情報が反映されていなかったり、ドライで読みにくい文体だったり、学術的な内容を踏まえず面白さ優先で書かれていたりします。近くの都市のオーケストラが同じ曲を演奏する場合、同じプログラムノートが載ってしまうことも起こります。
 そして北米では、アジアに優れたオーケストラがあることを知らない人が多い。私は日本をはじめ、台湾、マレーシア、シンガポールなどのオーケストラのためにも原稿を書いています。視野を広げれば、「プログラムノート・サービス」を利用している団体、あるいはアジアのオーケストラなど、まだまだ評論家の需要はあるはずなのです。
 ただ評論家として食べていくのが難しいのは、どの国でも同じですね。カナダでは、新聞などでフルタイムで音楽評論を書いている人は1人もいません。アメリカでは『ニューヨーク・タイムズ』などで書いている人が10人ほど、という状況です。

マイノリティへの注目

 今、カナダでは女性の作曲家にスポットが当たっています。また北部に住むイヌイットの人たちの作品に光を当てようという潮流が目立っていますね。アメリカでは、例えばフローレンス・プライス(1887~1953)。アメリカ初の黒人女性作曲家で、交響曲4曲をはじめ、協奏曲、室内楽曲、ピアノ曲など多くの作品を残しました。マイノリティ出身の作曲家、音楽家に注目しようという動きがトレンドになっています。アジアの作曲家の作品を求める動きもありますが、現時点で知られているのは武満徹だけです。久石譲もまだ一般的とは言えません。

日本の音楽マーケット

 日本の音楽マーケットについて、私は毎年のように来日していたとはいえ短期間の滞在ですから、あまり断定的なことは言えません。しかし、どのコンサート会場にもお客さんが本当にたくさん入っています。2023年秋の来日オーケストラの場合、ウィーン・フィルは東京での4公演が完売、ベルリン・フィルも東京5公演が完売、それで日本のオーケストラの会場が空いてしまうかといえばそんなことはなく、多くのお客さんが来ている。海外のオーケストラも日本のオーケストラも、ともに公演は成功していて、日本の音楽マーケットの価値は変わらないと思います。
 日本の聴衆は以前、海外のアーティストから「静かに聴いてくれるけれど、拍手が儀礼的で反応がよく分からない」と言われていましたが、近年は変わりましたね。拍手がとても力強く、長く続いたりして、演奏者への思いが伝わるようになりました。
 北米のコンサートでは終演後、演奏の良し悪しにかかわらず、すぐにスタンディング・オベーションになるのが一般的です。もう身体が動いてしまう。私の母も、かつてトスカニーニが指揮したベートーヴェンの第九を聴きに行き、アダージョ楽章の後に皆が盛り上がってスタンディング・オベーションになった、と思い出を話していました。そのくらい昔からの習慣ですね。ただ最近は良くない傾向があって、終演後に野球のスタジアムのように指笛を鳴らしたりして、騒々しい雰囲気になることがあります。
 日本ではまず起こらないですね。日本の聴衆は礼儀正しく、しかも感情表現が豊かです。それもあって、私は日本でコンサートを聴くのが楽しみなのです。
 日本には良いホールがたくさんあります。サントリーホールをはじめ、東京オペラシティ、すみだトリフォニー、ミューザ川崎、横浜みなとみらいなど。名古屋の愛知県芸術劇場も素晴らしい。地方にも良いホールがあって、平均値が高いですね。北米では良いところとそうでないところの差が激しい。ニューヨーク・フィルの本拠地は何回も改修していて、その費用を出した人の名前をとってエイヴリー・フィッシャー・ホール、デイヴィッド・ゲフィン・ホールと改称してきましたが、今でもあまり良い状態とは言えません。
 東京がユニークなのは、大きな規模のオーケストラが8団体もあって、それぞれが精力的に活動している。海外のオーケストラも間断なく来ていて、さらに室内楽や器楽や声楽のコンサートが月に何百も行われています。こんな都市は他のどの国を探しても存在しません。東京は音楽ファンにとって天国のような街ですね。

ロバート・マーコウ Robert Markow
元モントリオール響ホルン奏者。現在はアメリカ、カナダ、アジアのオーケストラでプログラムノート執筆やコンサート企画を行っている。ジャーナリストとして北米、ヨーロッパ、アジア(特に日本)の音楽シーンに精通。モントリオール・マギル大学で四半世紀以上にわたって音楽の講義を担当した。



「欧米に匹敵する、洗練された日本のオーケストラ」と題した、ロバート・マーコウさんの長文の記事(2023年12月13日付)。明治期の西洋音楽の導入から語り起こし、2023年秋の海外オーケストラ来日ラッシュ、国内オーケストラの充実まで、活況を呈した日本の音楽シーンを紹介している。
ウェブサイト「Classical Voice North America」より

(『月刊都響』2024年2-3月号)