定期演奏会 Aシリーズ

第1009回定期演奏会Aシリーズ

終了日時：2024年10月7日（月） 19:00開演（18:00開場）

場所：東京文化会館ホール案内座席表

【シェーンベルク＆ホルスト生誕150年記念】

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出演

指揮／ライアン・ウィグルスワース
ピアノ／北村朋幹*
女声合唱／栗友会合唱団**

プロフィール一覧

ライアン・ウィグルスワース　Ryan WIGGLESWORTH（指揮）

2022年よりBBCスコティッシュ管弦楽団の首席指揮者を務めているライアン・ウィグルスワースは彼の世代の中で最も才能豊かな作曲家＝指揮者として認められている。15年～18年まで英ハレ管弦楽団の首席客演指揮者、イングリッシュ国立オペラのコンポーザー・イン・レジデンスを、また18年のグラーフェネク音楽祭でも同職を務めた。19年夏にはナッセン室内オーケストラを創設し、オールドバラ音楽祭とＢＢＣプロムスで公演を行っている。
　これまでに英ロイヤル・オペラやENOで数々の公演を指揮しているほか、コンセルトヘボウ管、バイエルン放響、ロンドン響、フィルハーモニア管、バーミンガム市響、BBC響などに客演している。
　作曲家としては17年にENOにて新作オペラ「冬物語」を初演。コンセルトヘボウ管では委嘱された新作を自身の指揮で初演。また新作ピアノ協奏曲を19年のプロムスで初演した。19年から英王立音楽院の教授を務めている。

photo:©Benjamin Ealovega

北村朋幹　Tomoki KITAMURA（ピアノ）

東京音楽コンクールにおいて第1位ならびに審査員大賞受賞、浜松国際ピアノコンクール第3位など数々の国際コンクールで入賞。日本国内をはじめヨーロッパ各地で、オーケストラとの共演、ソロリサイタル、室内楽、古楽器による演奏活動を定期的に行っており、その演奏は「卓抜な詩的感性、そして哲学的叡智を具えた芸術家」(濱田滋郎)と評された。2022年10月、びわ湖ホール及び滋賀県立美術館で行った「北村朋幹　20世紀のピアノ作品（ジョン・ケージと20世紀の邦人ピアノ作品）」が、第22回（2022年度）佐治敬三賞受賞。2019年からは「Real-time」と題した自身のリサイタル企画を展開している。
録音は、5枚のソロアルバムをフォンテックよりリリース。
東京藝術大学に入学、2011年よりベルリン芸術大学ピアノ科で学び最優秀の成績で卒業。またフランクフルト音楽・舞台芸術大学では歴史的奏法の研究に取り組んだ。
これまでに伊藤恵、エヴァ・ポブウォツカ、ライナー・ベッカー、イェスパー・クリステンセンの各氏に師事。
ベルリン在住。

写真：©TAKA MAYUMI

栗友会合唱団　Ritsuyu-kai（合唱）

栗山文昭を音楽監督兼指揮者とする4つの混声合唱団、6つの女声合唱団と2つの男声合唱団で構成。各団は演奏会、演奏旅行、レコーディングなどを行いながら＜栗友会＞としても活動。近年の主なオーケストラとの共演は新日本フィルとベートーベン「第九」特別演奏会（1993年から 2019年まで連続出演。コロナ禍を挟み2022年出演再開）、ハーディング指揮・ブリテン「戦争レクイエム」・マーラー「交響曲第8番（千人の交響曲）」、上岡敏之指揮・オルフ「カルミナ・ブラーナ」、イェアンニン指揮・ハイドン「四季」、ビリー指揮・ブラームス「ドイツ・レクイエム」、沼尻竜典指揮・メンデルスゾーン「交響曲第2番　讃歌」。東京都交響楽団とロト指揮・ラベル「ダフニスとクロエ」、大野和士指揮・バルトーク「中国の不思議な役人」など。

photo:©渡辺力

曲目

シェーンベルク：5つの管弦楽曲 op.16（1909年版）

曲目解説
武満徹：アステリズム（1968）*

曲目解説
ホルスト：組曲《惑星》op.32**

曲目解説

シェーンベルク：5つの管弦楽曲 op.16（1909年原典版〔1922年改訂〕）

　表現主義音楽の名作。そもそも表現主義とは何だろうか。芸術が何かを表現するのは当たり前。もちろんそういう意味ではない。表現主義をかみ砕いて言い直せば「何かを表現したいという衝動が理屈を超えて溢れだして制御の利かなくなった精神状態、それを芸術としてあらわそうとする主義」とでもなるだろうか。
　たとえばムンクの『叫び』。1890年代の作品。表現主義絵画のひとつの原点と言われる。何か不安なのだが理屈では説明できない。だから叫んでしまう。あるいはゴッホの絵画も表現主義的と呼ばれることがある。強烈な色彩が構図やら何やらの常識的均衡を乗り越えて躍り出ているからである。
　表現主義より前の芸術でも叫ぶ感情や強い色彩が表現されていな　いことはなかった。でもそれらは、なぜ叫ぶのかとか、なぜ強い色なのかとかを常識的に理解させる手続きを伴っていた。物語の中でだったり、構図の中でだったり。ところがムンクでは不条理に人は叫ぶ。ゴッホでは色彩ばかりが炸裂する。均衡や脈絡をぶち壊して何かが突出する。表現主義の表現主義たる所以だろう。
　なぜそんな芸術が生まれたのか。近代文明が村社会や血縁共同体を破壊する。都会で孤独に暮らす人間が増える。これが大きい。サラリーマンや工場労働者や兵隊や都市群衆みたいな大勢の中の取るに足らないひとりとしてしか、自分が感じられない。辛くなる。悩む。訳が分からなくなる。均衡を欠いてくる。
　そういう表現主義的なるものを音楽で尖鋭に実践したのがアルノルト・シェーンベルク（1874～1951）。彼は1899年には《浄められた夜》を、1903年には交響詩《ペレアスとメリザンド》を書いた。1900年からは超大作《グレの歌》に取り組んだ。いずれもロマン派である。1906年の室内交響曲第1番や1908年の弦楽四重奏曲第2番になると、響きがかなり斬新になってくる。でもグスタフ・マーラー（1860～1911）が少し崩れたという程度のロマン派だと思えないこともない。ところが1909年の《3つのピアノ曲》と《5つの管弦楽曲》になると、いきなり飛躍する。叫びやうめきや不安や恐怖、あるいは色彩や強弱といった要素が、他との均衡を破って突出する。壊れて裂けて爆発するのである。ムンクやゴッホに見合うほどの強度を持った、音楽の表現主義の誕生だ。
　どうしてそうなったか。理由はいろいろあるだろう。時代に見合った天才の閃きとか。が、ひとつの私的な事情を忘れるわけにはゆかない。1907年から翌年にかけて。妻が、ゴッホの影響下に表現主義的な絵を描く画家と不倫した。家を捨てた。やっとの思いで取り戻した。そうしたら画家は自殺した！作曲家の心はズタズタ。作風も目に見えて変わった。シェーンベルクはフェルッチョ・ブゾーニ（1866～1924）に宛てた手紙の中で《5つの管弦楽曲》の内容を「不条理の表現」と説明している。

　第1曲「予感」　冒頭で弱音器付きのチェロが「ミファー、ラーソ＃、ラード＃」という6音の動機を切羽詰まった感じで弾く。妻の裏切りの予感と思って聴いてもよいだろう。続いて弦の荒々しいオスティナートの上に「予感の動機」が不安や煩悶となって爆発する。いやな予感は増殖し、心を苛み、叫びまくり、ティンパニのオスティナートを伴って劇的頂点を築く。虚ろな後奏で結ぶ。
　第2曲「過去」　冒頭はまたしてもチェロ。チェロはシェーンベルクの得意楽器だった。第1曲も第2曲も彼自身の心の叫びで始まる。そう考えてもいい。そのチェロは「ソ＃ーファーラ、ソーミー」という断片的旋律を優しく奏でる。以下、後期ロマン派の甘美なアダージョ楽章が暗く冷たい廃墟に化けたような音楽が続く。昔はうまく行っていたのに。とそういう感情を聴き取れるだろう。多用されるチェレスタの音色が音楽全体を「思い出のアルバム」のように縁取る。
　第3曲「色彩」（編集部注：1949年改訂版で第3曲のタイトルは「湖の夏の朝（色彩）」となった）　「ド・ソ＃・シ・ミ・ラ」という5つの音を積んで作られる和音が、楽器の組み合わせを不断に変化させることで、音色を変えながら続いてゆく。5つの音の積み方もいろいろに変わる。音色の変化だけで、基本的には同じ和音を、千変万化に聴かせて、音楽を持続させようとする試み。色彩だけを突出させた表現主義的発想である。虚脱感と不思議な悟りがある。
　1949年版の表題通り、朝日を浴びてきらめく湖面のありさまの描写という性格も持っているだろう。曲の途中には、ハープやチェレスタを使った急速な走句が幾度も現れ、和声と音色のうつろいにアクセントをつける。作曲家自身の言葉によると、湖面を跳ねる魚の描写だという。
　実は、シェーンベルクの妻と若い画家が密接な関係を持つきっかけになった場は、シェーンベルク一家が避暑に訪れる湖であったらしい。ということは第3曲は密通の音楽でもあるだろう。跳ねる魚は妻を誘惑する画家の暗喩かもしれない。夏の朝に夫を騙して妻が湖畔で画家と戯れている。密会の音画というわけである。音色の推移で淡々と聴かせる音楽という点では、20世紀後半のモートン・フェルドマン（1926～87）の音楽の遥かな先取りにもなっている。
　第4曲「急転」　第1曲の不安の心持ちが、もっと壊れた感覚で戻ってくる。音型はきれぎれなものばかり。断片化している。もしもこの曲が妻の不倫騒動を巡る交響詩ならば、すべてが露見してみんなが傷ついて壊れてしまう音楽だろう。テンポの緩急、音色の濃淡、音量の強弱。さまざまなコントラストが追求されている。
　第5曲「オブリガーテ・レツィタティーフ」　第1曲から第4曲は断片的な音型、息の短い旋律、瞬間的な和音などによって組み立てられていた。しかし第5曲は違う。語るような旋律（レツィタティーフ）を息長く纏綿と続けてゆく音楽である。しかもその旋律には、どこが主題で、展開で、再現というような、明瞭な区別を見出せない。起承転結がない。いわゆる無限旋律。どこまでもひとつなぎ。一音欠けても続かなくなるひとつなぎ。
　ここでのオブリガーテとは「どこも欠けてはならない」という意味ではあるまいか。その無限旋律は音色の頻繁な交替に彩られて続いてゆく。それはつまり起承転結をもって論理的に喋れなくなった人間のモノローグということだろう。何か言いたくて表現したいのだが意味をなさない。壊れた人間の際限なき独白。シェーンベルクの深く傷ついた心の歌ということだろう。表現主義芸術のひとつのかたちである。

　シェーンベルクはこの作品をリヒャルト・シュトラウス（1864～1949）に初演してもらおうと思って、断られた。なぜシュトラウスに頼んだのか。《5つの管弦楽曲》の豊富な音色。工夫に富んだ楽器法。それらを的確に理解し指揮してくれるのは、シュトラウスだけと信じたせいかもしれない。が、それ以上に、この作品がやはり交響詩だからではないだろうか。シュトラウスは言うまでもなく交響詩の大家である。既に《家庭交響曲》という、自らの家庭をモデルにした巨大な交響詩も発表していた。シェーンベルクの《5つの管弦楽曲》もまた一種の「家庭交響曲」であろう。ただし不倫によって崩壊した家庭の音楽である。一家団欒に終わるシュトラウスの作品とはえらい違いだ。付け加えるに《5つの管弦楽曲》は2つの緩徐楽章と歌謡的フィナーレを有する5楽章の交響曲とみなすことも可能だ。まことに恐ろしい「家庭交響曲」である。
（片山杜秀）

作曲年代	1909年（4管編成）／1922年改訂（4管編成）／1949年再改訂（3管編成）
初　　演	1909年版／1912年9月3日　ロンドンヘンリー・ウッド指揮　クイーンズ・ホール管弦楽団
楽器編成	ピッコロ、フルート3（第3はピッコロ持替）、オーボエ3、イングリッシュホルン、小クラリネット、クラリネット3（第3はコントラバスクラリネット持替）、バスクラリネット、ファゴット3、コントラファゴット、ホルン6、トランペット3、テナートロンボーン2、バストロンボーン2、テューバ、ティンパニ、タムタム、シンバル、大太鼓、シロフォン、トライアングル、ハープ、チェレスタ、弦楽5部

武満徹：アステリズム（1968）

　琵琶、尺八とオーケストラのための《ノヴェンバー・ステップス》（1967）の次に武満徹（1930～96）が作曲した管弦楽曲が、ピアノとオーケストラのための《アステリズム》（1968）だ。このタイトルについて武満は、楽譜に英語の辞典項目を引用して3つの意味―①天文学における「星群」「星座」、②結晶学における宝石の表面に交差した光の筋がみえる「スター効果」、③文章で註釈が別記されていることを示す記号（∴または∵）―を説明している。
　《ノヴェンバー・ステップス》が小澤征爾（1935～2024）指揮ニューヨーク・フィルによって初演（1967年11月9日）された1ヶ月後、小澤が音楽監督を務めていたカナダのトロント交響楽団で12月8日に同曲のセッション録音が行われた。同じタイミングでレコーディングされたメシアンの《トゥランガリーラ交響曲》と組み合わされたレコードが発売されると好評だったこともあり、今度はレコード会社RCAビクターから新曲が委嘱されたのだった。周囲は邦楽器を独奏に据える作品を期待していたようだが、武満は高橋悠治（1938～）の独奏ピアノを想定しながら《アステリズム》を作曲した。以前、ピアノとオーケストラのために《弧（アーク）》（1963～66）を書いており、2部6曲から成る同曲の第1部第1・第3楽章を初演したのも高橋だった。
　“静的”な日本庭園にヒントを得た《弧（アーク）》では、オーケストラの楽器をグループ分けして、それぞれが異なる時間の周期で絡み合う―言い換えれば、各々が独立している―というのが基本的なコンセプトだった。ところが《ノヴェンバー・ステップス》になると、「reflection（反射）」「vortex（渦）」「saturation（浸透）」などといった言葉に示唆を受け、当初は「water ring（“水の波紋”というニュアンス）」というタイトルを考えていたことからも分かるように、独奏楽器が発した音が周囲のオーケストラへと波及していくような書法が多く取り入れられている。まるで風が竹やぶを吹き抜けていく、“動的”な風景を想起させる音楽へと変わったのだ。

　《アステリズム》でもピアノ独奏の発した音はオーケストラへと広がってゆく。ただし軸になるのが天文や鉱物を連想させる硬質な音色（チェレスタ、ハープ、打楽器など）なので、聴覚上の印象は《ノヴェンバー・ステップス》とかなり異なったものになった。形式も独特で、徐々に素材を増やしながら古い素材を捨てていく武満作品のなかでも特殊なケースだ、と武満研究で知られるピーター・バートが指摘している。確実にいえることは楽譜に1箇所だけ書かれた複縦線がちょうど演奏時間的にも楽曲の折り返し地点になっており、前半と後半に分けられるということだ。
　前半（～79小節）は初っ端から、素材の提示と変奏が入り乱れていく。しかも変奏がかなり自由なので、楽譜を見ずに主題と変奏の関係を聴きとるのは難しい。その結果、秩序があるのかないのかどちらとも言い難い音響が続くのだが、それは我々が夜空を見上げる感覚に近いのではないか？天文学の知識があれば、天体の動きに法則性を見いだせるのだろうが素人には難しい。だが天体写真を美しいと感じたり、星の並びを星座として親しんだりするように、聴けば事前の知識がなくても楽しめるはずだ。主題のなかで比較的聴き取りやすいのは、楽曲冒頭でピアノが弾くフレーズで、ほとんど変奏されない状態を前半のうちに計4回聴くことができる。
　後半（80小節～）はハープとピアノの単音が長く引き伸ばされたあと、ピアノがソロで弾きだすところから始まる。その直後に管楽器とピアノがやさしく鳴らす―低音が「シ」、高音が「ラ♭」の―和音が主題のような役割を果たす（前半にも目立たず登場していた要素だ）。こうした和音の上もしくは間に、ルトスワフスキなどの影響を受けた点描的で群的な反復フレーズ（＝管理された偶然性）が連なり、徐々に複雑化。最終的にpppからfffへの猛烈なクレッシェンドによる大音響のカタストロフィを迎える（最低40秒、作曲者は2分以上を望む、とスコアに記されている）。これは武満自身の（熱中症で？）視覚が揺らぎはじめ、あらゆるものが逆さまに歪んで見えた時の感覚が反映されているのだという。
　ピアノが優しく主題となる和音を奏でるとエンディングへと向かい、最後はまた低音で「シ」が引き伸ばされる上で、ピアノとハープが「ソ＃（ラ♭）」を響かせる―「ラ♭」はドイツ語で「As」なので、「Asterism」に掛けられているのだろうか？
（小室敬幸）

作曲年代	1968年
初　　演	1969年1月14日　トロント高橋悠治独奏　小澤征爾指揮　トロント交響楽団
楽器編成	フルート3（第1～3はピッコロ持替）、オーボエ2、クラリネット3（第1は小クラリネット、第3はバスクラリネット持替）、ファゴット2（第2はコントラファゴット持替）、ホルン4、ピッコロトランペット、トランペット2、トロンボーン3、テューバ、シロフォン、マリンバ、ヴィブラフォン、グロッケンシュピール、テューブラーベル、サスペデッドシンバル、ゴング、タムタム、クリスタルグラス、カスタネット、トムトム、テナードラム、ハープ2、チェレスタ、弦楽5部、独奏ピアノ

ホルスト：組曲《惑星》 op.32

　古来、音楽は、われわれ人類の宇宙に対するロマンの中で、大きな役割を果たしてきた。古代ギリシアのピタゴラスは星々の奏でる“天球の音楽”について語り、一方、NASAが1977年に宇宙探査機ボイジャー1号・2号を打ち上げた際には、未知の地球外生命との遭遇を期待して、バッハをはじめとする地球上の様々な音楽を録音した「ゴールデン・レコード」が搭載された。実際、同じ年に公開されたSF映画『未知との遭遇』では、科学者たちは音楽を使って、異星人との交信を図ろうとする。
　グスターヴ・ホルスト（1874～1934）もまた、宇宙の魅力にとりつかれた音楽家のひとりだった。といっても、ホルストは宇宙について、現在の私たちと同じような克明な科学的イメージを持ち合わせていたわけではない。彼は西洋占星術に傾倒し、とりわけ、占星術の大衆化に大きな役割を果たした、20世紀初頭の英国の占星術師アラン・レオ（1860～1917）の著作から影響を受けていた。したがって、組曲《惑星》において描き出されるのも、実際の天体のすがたというよりは、あくまでも西洋占星術の中で7つの惑星が象徴的に表す性格（例えば、火星は攻撃的、金星は美と調和、木星は快活さ、土星はメランコリーなど）であり、それらは各曲の副題に示されている。
　組曲《惑星》はまた、題材のユニークさだけでなく、音楽的観点から見ても、当時の英国音楽の通念を打ち破る異色の作品となった。ホルストは作曲にあたって、ドビュッシーやラヴェル、ストラヴィンスキー、スクリャービン、シェーンベルクといった同時代の大陸の最先端の音楽的傾向を大胆に取り入れた。中でもシェーンベルクの《5つの管弦楽曲》の世界初演（1912年9月3日）を聴いた衝撃は、ホルストが《惑星》を着想する契機になったとされる。曲名も、当初は《7つの管弦楽曲》というタイトルになっていた。実際、前者の第3曲「色彩」の影響を第5曲「土星」冒頭に聴くことができる。
　ホルストは4管編成の大規模なオーケストラを駆使して、斬新で色彩豊かな響きの世界を作り出した。アルトフルートやバスオーボエ、テナーテューバといった珍しい管楽器がもたらす独特の色彩感に加え、パイプオルガンと舞台裏の女声合唱は、より大きな空間性の広がりをオーケストラの響き全体にもたらしている。
　こうした大胆な音楽的着想とオーケストレーションは、初演を聴いた当時の聴衆に新鮮な驚きを与えると同時に、その後、映画音楽の分野において―とりわけ、ジョン・ウィリアムズの『スター・ウォーズ』のような、宇宙を舞台としたSF映画の音楽に、多大な影響を残すこととなる。

　組曲《惑星》は、第一次世界大戦（1914～18）の不吉な予感の中で着想された。全曲の中で最初に書かれたのは、第1曲「火星」で、第一次世界大戦直前の1914年6月にスケッチが完成している。「戦争をもたらすもの」という副題が示すように、第1曲では、攻撃的に刻まれる5拍子の執拗なリズム・オスティナートと金管楽器によるファンファーレの咆哮が、戦争のイメージを克明に描き出す。それはもはや、かつての華やかで英雄的な戦いのイメージではなく、近代戦によってもたらされる破壊と恐怖を予言しているかのようだ。
　第2曲「金星」は対照的に、おだやかで安らぎに満ちた緩徐楽章となる。ホルンの独奏と美しく印象的な木管の和音に始まり、中間部では独奏ヴァイオリンがロマンティックな民謡風の旋律を奏でる。
　第3曲「水星」は全曲中で最も短く、「翼のある使者」という副題の通り、軽妙なスケルツォとなっている。ホルストの巧みな楽器の扱いによって、木管やチェレスタが万華鏡のように色彩を変化させながら、軽やかに旋律を受け渡していく。
　第4曲「木星」は、組曲全体の中心に位置する楽章である。「快楽をもたらすもの」という副題に示されるように、弦の快活なリズムにのって、ホルンが明るい力強さに満ちた主題を奏でる。作曲者は、木星とは「本来の意味での喜びのほかに、国民的な祝祭に結びつけられるような、儀式的なたぐいの喜びも表現する」ものだと語っている。この言葉の通り、アンダンテ・マエストーゾの中間部では、愛国主義的な性格を帯びた有名な旋律が、威風堂々と歌い上げられていく。
　第5曲「土星」は「老年をもたらすもの」である。全体に沈鬱な曲想が支配し、低音の管楽器を中心とした独特な色彩感に縁どられる。冒頭の和声主題、低弦の沈み込むような暗いモティーフ、そして金管による英雄的な主題の3つを組み合わせながら、音楽はゆっくりと進行していく。
　第6曲「天王星」は、再びスケルツォ風の楽章となる。ホルストは、ベルリオーズの《幻想交響曲》の終楽章やデュカスの《魔法使いの弟子》といった魔術的スケルツォの系譜を意識しながら、飛び跳ねるようなリズムと奇怪な和声を駆使して、「魔術師」のすがたを描き出していく。
　第7曲「海王星」は太陽系の中で最も遠くにある惑星である。第1曲と同じ5拍子ではあるが、全曲を通してppの幽玄で神秘的な曲想が支配する。ハープやチェレスタが星々の輝きを彩りながら、ふたつのグループからなる舞台裏の女声合唱が、はるかかなたから天上の歌声を美しく響かせる。
（向井大策）

　

作曲年代	1914 ～ 17年
初　　演	私的な招待演奏会における初演／1918年9月29日エイドリアン・ボールト指揮クイーンズ・ホール管弦楽団公的な全曲初演／1920年11月15日アルバート・コーツ指揮ロンドン交響楽団
楽器編成	フルート4（第3はピッコロ持替、第4はピッコロとアルトフルート持替）、オーボエ3（第3はバスオーボエ持替）、イングリッシュホルン、クラリネット3、バスクラリネット、ファゴット3、コントラファゴット、ホルン6、トランペット4、トロンボーン3、テナーテューバ、テューバ、ティンパニ（2組）、大太鼓、シンバル、小太鼓、トライアングル、タムタム、チャイム、シロフォン、グロッケンシュピール、タンブリン、ハープ2、チェレスタ、オルガン、弦楽5部、女声合唱（「海王星」のみ）

【当日券情報】第1009回定期演奏会Aシリーズ（10/4up）
都響主催公演では、都響WEBチケットで当日券を販売いたします。
　【販売時間】
公演当日10:00～開演時間の30分前まで。　※無くなり次第終了
　【販売席】
全席種販売予定
　【販売方法】
都響WEBチケット（座席選択可）
　【受取・支払方法】
①セブンイレブンで発券
　・セブンイレブンでお支払い（クレジットカード、現金でお支払いただけます）
　・都響会員割引がご利用いただけます。　
※会場近くにセブンイレブンが無い場合もございます。事前にご確認の上、ご来場く
ださい。（東京文化会館とサントリーホールは近くにございません）
②電子チケット（スマートフォンとLINEアプリが必要です）
　・クレジットカードでオンライン決済
　・都響会員割引・U-25割引がご利用いただけます。

なお、WEB当日券に余裕がある場合にのみ、会場でも販売いたします。
会場販売では、
・開場時間から販売いたします。※会場販売分の販売枚数が無くなり次第終了。
・座席ランクは選べますが、座席の場所はお選びいただけません。
・お支払はクレジットカード、交通系IC、QRコード決済でお願いします。現金はご利用いただけません。
・U-25割引がご利用いただけます。

※東京文化会館大ホールには、エレベーター、エスカレーターはございません。予めご了承ください。

聴きどころ

BBCスコティッシュ響首席指揮者を務め、作曲家、ピアニストとしても活躍するライアン・ウィグルスワースが都響初登場。シェーンベルクの野心作《5つの管弦楽曲》と、その初演（1912年ロンドン）を聴き刺激を受けたホルストによって生み出された組曲《惑星》（作曲開始時は「7つの管弦楽曲」という構想だった！）という関係の深い2曲の間に、「星群」「星座」を意味するタイトルを持つ武満徹の《アステリズム》を置く、綿密に設計されたプログラム。しかも《アステリズム》のピアノ独奏を、深い知性と透徹した音色で多くのファンを持つ北村朋幹が務めることも、このコンサートをいっそう魅力的なものにしています。