第806回 定期演奏会Cシリーズ 小泉和裕 都響デビュー40周年記念

寺西 基之

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番 ト長調 op.58

 18世紀のいわゆる古典派様式から出発したルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770~1827)だが、もともと進取の気性に富む彼は、若い時期から従来の様式を超える様々な実験を試みていった。そして中期には従来の様式を拡大したスケールの大きいスタイルによる作品を次々と生み出すこととなる。

 1805年から翌年にかけて作曲されたピアノ協奏曲第4番も、まさにそうした中期に書かれた傑作群のひとつである。穏やかなリリシズムを際立たせた作品であるが、その一方で革新的な手法が随所に試みられている点がやはり中期の作らしい。とりわけ、通常は管弦楽によって力強く開始される第1楽章が独奏ピアノによって柔らかく弱音で始められることは、当時にあっては聴衆の意表をつくきわめて画期的な手法であった。

 従来の形式に全くあてはまらない第2楽章の斬新さも注目されよう。弦楽による厳しい問いかけに対してピアノが瞑想的な歌で応えるという形で進行し、それによって文学的ともいえるドラマ性を作り出している。

 また中期のベートーヴェンはとりわけ主題の動機を徹底的に活用して展開することで作品全体を構築することを究めていったが、この作品もそうした緻密な造型が示されている。その一例が第1楽章の第1主題に含まれる「タタタ・タ」という動機の扱いで、第1楽章ではこの動機を執拗に用いることで全体の構築性を緊密なものとしている。「タタタ・タ」という音型は、この協奏曲のあとで完成される同じ中期の代表作の交響曲第5番のいわゆる“運命動機”として用いられるもので、実はピアノ協奏曲第4番と交響曲第5番の構想は一時期並行して進められていた。その意味で、曲の性格こそ対照的ながら、これら2つの作品はひとつの共通する根を持っていたといえる。

 この協奏曲の公開初演は1808年12月22日にウィーンにおいてベートーヴェン自身の独奏で行われており(ただそれ以前に公開初演がなされた可能性を指摘する研究者もいる)、この演奏会で交響曲第5番も一緒に初演されていることはその意味で興味深い。ちなみに交響曲第6番《田園》もこの時に初演されている。

 第1楽章 アレグロ・モデラート ト長調 協奏風ソナタ形式をとるが、前述のように管弦楽提示部の冒頭にまずピアノ独奏によって第1主題が示される点が新機軸である。全体の調的な扱いも大胆で、それによって雰囲気の変化が作り出されている。

 第2楽章 アンダンテ・コン・モート ホ短調 鋭い付点リズムを持つ弦のユニゾンによる叙唱風の厳粛な楽想と、独奏ピアノの哀感を湛えた内省的な楽想が、問答のように交代していく緩徐楽章。次第に緊迫感を高めていき、その緊張は最後近く、独奏のトリルと短いカデンツァで頂点に達する。

 第3楽章 ロンド ヴィヴァーチェ ト長調 舞曲風の躍動的な主題を中心に晴れやかな発展を繰り広げるフィナーレである。

作曲年代 1805~06年
初  演 私的初演/1807年3月 ウィーン ロプコヴィッツ侯爵邸
公開初演/1808年12月22日 ウィーン アン・デア・ウィーン劇場
いずれも作曲者独奏
楽器編成 フルート、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦楽5部、独奏ピアノ

ブラームス:交響曲第1番 ハ短調 op.68

 ヨハネス・ブラームス(1833~97)がロベルト・シューマン(1810~56)によって才能を見出されたことはよく知られていよう。1853年9月、当時まだ20歳の無名の音楽家だったブラームスはデュッセルドルフのシューマンの家を訪れ、自作のピアノ曲をこの大先輩に聴いてもらった。ブラームスの才能に驚嘆したシューマンは、久々に評論の筆を執って、彼を音楽の“逞しい闘争者”として称賛する。「新しい道」と題されたこの評論は、一躍ブラームスの名を音楽界に知らしめることとなった。

 言うまでもなくシューマンはロマン主義的な音楽を追求した作曲家だが、一方でベートーヴェン以来のドイツ的伝統を重視し、リスト(1811~86)やワーグナー(1813~83)らいわゆる新ドイツ派の革新的な方向には否定的だった。それゆえロマン的な精神を伝統的な様式のうちに打ち出したブラームスの音楽は、シューマンの目にはドイツ的伝統を理想的に継承発展させるものと映ったのである。

 自身ベートーヴェンを崇敬していたブラームスにとって、シューマンの賛辞は光栄であるとともに、大きな重荷にもなった。ベートーヴェンの衣鉢を継ぐという重い使命感が、生来の自己批判的性格をさらに一層強いものにすることとなったのだ。ベートーヴェンを継ぐジャンルとして最も重要な交響曲の作曲には、特に慎重にならざるを得なかった。

 初めて交響曲の作曲を思い立ったのは1855年頃、恩人シューマンが自殺未遂を図った前後のことで、交響曲の構想を始めていることを精神病院に入院したシューマンに手紙で報告している。しかし交響曲という曲種がとりわけ重要だと思うだけに、筆は遅々として進まない。先人ベートーヴェンの交響曲史上における偉業に対する強い意識ゆえに、作品が実を結ぶのにきわめて長い年月を要することとなる。ある程度書き進めては、結局それを破棄したり、他の作品に転用したりなど、様々な試行錯誤が長年にわたって続くのだ。

 しかし、やがてそうした模索の中でブラームスは次第に自分の交響曲の道を見出していくようになり、1874年頃から自信をもって本腰を入れて筆を進めることになる。そして1876年、最初の構想から実に20年以上も経て遂に交響曲第1番は完成した。初演は1876年11月4日カールスルーエにおいてオットー・デッソフ(1835~92)の指揮でなされたが、作品の出来に不満を感じたブラームスは第2楽章を大幅に改作し、決定稿を作り上げている。

 難産の末に生み出されたこの作品は、劇的な闘争から輝かしい勝利へ至る全体の構図、徹底した主題展開法による緊密な構築性といった点で、まさにベートーヴェンの伝統の継承というに相応しいものとなっており、さらにベートーヴェンの宿命の調といわれるハ短調を主調とした点、「タタタ・タ」というベートーヴェンの“運命動機”を織り込んでいること、勝利の終楽章の主要主題とベートーヴェンの交響曲第9番の歓喜主題との類似など、ベートーヴェンへのオマージュと思われる特色も見られる。

 だがこうしたベートーヴェンに連なる古典的伝統の一方、19世紀に生きたブラームスは当代に相応しいロマン精神の持ち主でもあった。ベートーヴェンの窮めた古典的書法の論理を受け継ぎつつも、それを通して彼が表現したものはロマン精神だった。シューマンがブラームスに期待したのも伝統様式のロマン主義的継承であり、ブラームスの最初の交響曲創作の長い道程は、古典的な構築性とロマン的感情表現をいかに融合させるのかの模索の期間だったといえよう。同じ「闘争→勝利」の構図でも、一途に目的に向かうベートーヴェンの直截な理想主義とは対照的に、ブラームスは紆余曲折のうちに様々な心情の綾を織り込んでおり、ロマン派の作曲家らしい内面感情のドラマがそこに映し出されている。

 特にシューマン夫人クララ(1819~96)に対する想いはこの作品の背景として重要だ。前述のように最初に交響曲を構想した頃にシューマンの自殺未遂と精神病院での死という衝撃的事件が起こり、また当時若きブラームスの心にはクララに対する恋心も燃え上がっていた。結局彼はそうした想いを胸の奥にしまい込むが、彼女への愛情は以後もずっと持ち続ける。この交響曲第1番で、シューマンも用いていたクララClaraの音名象徴「C-A-A(ハ-イ-イ)」を旋律動機の中に織り込んでいることや、終楽章の暗い緊迫した序奏の最後に突如霧が晴れるかのように現れるホルンの明るい旋律が、クララの誕生日にブラームスが贈った歌の引用(旋律自体はブラームスの作でなく彼がアルプスで聞いたもので、彼はそれに「山高く、谷深く、あなた(=クララ)に千回もお祝いを述べよう」という詞を付けている)であることなどは、この交響曲がクララに関わるものであることを示唆していよう。

 第1楽章 ウン・ポーコ・ソステヌート~アレグロ ハ短調 緊迫した序奏で始まり、主部は闘争的な第1主題と叙情的な第2主題をもとに重苦しい緊張のうちに進行する。

 第2楽章 アンダンテ・ソステヌート ホ長調 豊かな情感に満ちた叙情美溢れる緩徐楽章。3部形式をとり、主部再現では独奏ヴァイオリンが主題を情緒纏綿と歌い上げ、それにホルンのソロが寄り添う。まさに愛のデュエットを思わせる一節である。

 第3楽章 ウン・ポーコ・アレグレット・エ・グラツィオーソ 変イ長調 優美な間奏曲風の楽章。

 第4楽章 アダージョ~ピウ・アンダンテ~アレグロ・ノン・トロッポ・マ・コン・ブリオ ハ短調~ハ長調 不安な緊張の漂う序奏で開始され、その緊張がピークに達したところで、突如ハ長調で前述のアルプスの旋律がホルンに現れる。そして荘厳なコラールを経て、明朗な第1主題に始まる主部が、全てが吹っ切れたような晴れやかさでダイナミックに発展、最後のコーダでは序奏のコラールも力強く再現されて圧倒的な高揚のうちに締め括られる。

作曲年代 1874~76年(構想は1850年代半ばから)
初  演 1876年11月4日 カールスルーエ
オットー・デッソフ指揮 カールスルーエ宮廷管弦楽団
楽器編成 フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、弦楽5部

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