都響スペシャル2020（10/25） │ 東京都交響楽団

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出演

指揮／小泉和裕

曲目

ベートーヴェン：交響曲第4番変ロ長調 op.60

曲目解説
ブラームス：交響曲第3番ヘ長調 op.90

曲目解説

　ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン（1770～1827）の交響曲第4番は、1806年の夏ごろに着手され、10月ごろに完成した。実は当時、ベートーヴェンは、後に第5番《運命》及び第6番《田園》となる2曲の交響曲の構想をすでに温めていたのだが、それらを進めるのではなく、別のまったく新しい作品としてこの第4番を書き始め、一気に完成させたようだ。この第4番にはスケッチがほとんど残っていないのだが、そのこともこの曲が短期間で作曲されたことを裏付けている。
　この時期のベートーヴェンは、創作力が非常に充実した、いわゆる「傑作の森」のまっただ中で、第4番が書かれた1806年には、ピアノ協奏曲第4番、歌劇『レオノーレ（フィデリオ）』改訂稿（序曲『レオノーレ』第3番を含む）、3つの《ラズモフスキー》弦楽四重奏曲、ヴァイオリン協奏曲といった傑作が次々と生み出されている。
　さて、この曲については、「北欧の巨人たちに挟まれた、ほっそりしたギリシャの乙女」というロベルト・シューマン（1810～56）の評語がよく知られている。確かに、非常に型破りな第3番《英雄》や第5番《運命》と比べると、第4番は、少なくとも相対的には、ハイドンやモーツァルトに近い均整のとれた交響曲に見える。
　しかし、実はこの曲には、あちこちでヘミオラ（3拍子×2小節を3＋3でなく2＋2＋2に分割する）やシンコペーション（強い音を小節の最初の拍以外に置く）が多用されていたり、旋律の思いがけない場所で楽器が交替したりするなど、聴く人の予想を裏切る仕掛けが至るところにある。つまり、古典的な枠組みに従いつつも、それにとどまらない実験的な表現がいろいろと試みられているのだ。第4番は、指揮者によって、優美だったり元気だったり大きくイメージの変わる作品だが、このような二面性が幅の広い解釈を許していると言えるかもしれない。
　第1楽章　アダージョ　変ロ短調　4分の4拍子～アレグロ・ヴィヴァーチェ　変ロ長調　2分の2拍子　序奏付きソナタ形式。38小節の序奏は、ほの暗く神秘的な雰囲気を持っている。序奏は変ロ短調で始まって半音上のロ短調に移り、その後もいくつかの調性を経由したあと、変ロ長調の主和音を導くドミナント和音が連打され、一気に霧が晴れるように主部に入る。
主部は、変ロ長調の分散和音による明るい第1主題と、ファゴット、オーボエ、フルートがひとつの音型をリレーする第2主題が対比される。展開部では第1主題と、そこから派生した流麗な対旋律が扱われる。
　第2楽章　アダージョ　変ホ長調　4分の3拍子　ロンド・ソナタ形式。冒頭、第2ヴァイオリンが繰り返す伴奏音型に乗せて、変ホ長調の音階を下降する美しい第1主題を第1ヴァイオリンが歌う。クラリネットが吹く第2主題は、逆にゆるやかな音階の上昇で始まる。中間部はオーケストラの全合奏によるffの変ホ短調音階下降で始まるが、すぐに穏やかになる。
この楽章の終わり近くに、オーケストラが全停止してティンパニ・ソロが現れる箇所がある。これは当時としては大変珍しいオーケストレーションで、この交響曲に続いて書かれたヴァイオリン協奏曲が同じくティンパニ・ソロで始まることを連想させる。
　第3楽章　アレグロ・ヴィヴァーチェ　変ロ長調　4分の3拍子　スケルツォ主部をＡ、トリオ（中間部）をＢとすると「Ａ－Ｂ－Ａ－Ｂ－Ａ」となり、いわば複合五部形式のスケルツォ楽章。出版譜によっては「メヌエット」とされていることもあるが、それは自筆譜に書かれたものではない。
この交響曲は、ヘミオラやシンコペーションによって、どこが強拍なのか聴く人を惑わすような箇所が多いが、この楽章の主部はそれがもっとも著しい。トリオでは対照的に、明快で幸福感に満ちた歌謡的な主題が歌われる。楽章の最後、スケルツォ主部が3度目に登場するときは主部の後半のみを演奏、凝縮された再現となっている。
　第4楽章　アレグロ・マ・ノン・トロッポ　変ロ長調　4分の2拍子　「アレグロ・マ・ノン・トロッポ＝速く、しかし過度にではなく」という指示があるにもかかわらず、ベートーヴェンによる2分音符＝80というメトロノームの数字（ただし作曲時ではなく1817年に記された）は猛烈に速いテンポなので、この楽章をどのようなテンポで演奏すべきかについては議論がある。
せわしなく動く弦の第1主題と、オーボエが吹く第2主題に基づくソナタ形式のフィナーレで、fとp、長調と短調の頻繁な交替が特徴となっている。第1楽章と同様、展開部ではもっぱら第1主題が扱われる。再現部は、非常に異例なことに、第1ファゴットのソロによる第1主題で始まるが、ここは演奏が難しいことで知られている。第2主題の再現はクラリネットが担当する。
（増田良介）

作曲年代	1806年夏～10月
初　　演	1807年3月　ウィーン　作曲者指揮
楽器編成	フルート、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦楽5部

　ヨハネス・ブラームス（1833～97）のこの交響曲について、初演を指揮したハンス・リヒター（1843～1916）は“ブラームスの《英雄》交響曲” と評したという。一方でブラームスの友人であり、ブラームス伝も著した詩人で音楽評論家のマックス・カルベック（1850～1921）は第1楽章冒頭の「Ｆ－As－Ｆ（ヘ－変イ－ヘ）」の上行のモットー動機について、ブラームスの若い時からの信条だった「Frei aber froh（自由にしかし楽しく）」を意味する音名象徴と述べている。
　たしかにこの交響曲には力強い面もあることは事実である。しかし全体としては（少なくともベートーヴェンの《英雄》交響曲のような）雄々しさに満ちたものではなく、また自由や楽しさといった性格とも結び付きにくい。むしろ哀愁を含んだ孤独感、割り切れない思いといったものが滲み出ている。
　この交響曲が書かれたのは1883年、ブラームスが50歳の時である。今日の感覚では50歳は仕事盛りの壮年期だが、平均寿命の違う当時は一般に老齢を意識する一つの節目と捉えられていたようだ。ブラームスの意図はともかくとしても、この作品にはそうした人生の秋を思わせるような特質がある。
　作曲への着手時期は正確にはわからない。すでに1882年秋に構想されていたという説もあるし、1883年春の聖霊降臨節にライン旅行した折に霊感が湧き起こったともいわれる。いずれにせよ創作は主にこの1883年の夏に避暑に訪れたヴィースバーデンで進められた。美しい自然に囲まれた落ち着いた環境のもと、作曲ははかどり、また少し前から付き合いのあった若い歌手ヘルミーネ・シュピース（1857～93）の家がこの地にあって彼女と親しく交際できたことも、創作力を刺激したようだ。彼女とは結婚も噂されるほどの親密ぶりだったが、しかしブラームスははじめから年齢のあまりに違う彼女と結ばれることを諦めていたようだ。そうした思いもまたこの作品には反映されているのだろうか。仕上げはウィーンに戻った秋になされている。
　この作品の特質を如実に表しているのが先述の「Ｆ－As－Ｆ」のモットー動機である。力強い上行動機でありながら、主調のヘ長調に含まれるＡ（イ）ではなくヘ短調のAs（変イ）を用いているためにどこか暗い情調を帯びている。さらにこの動機に続いて直ちに第1主題が示されるが、そこではヘ長調本来のＡが用いられる。ところがそれにぶつけるように低音にはAsを含むモットー動機が鳴り響いており、さらに第1主題の続く部分では再びAsが使われる。かかる音の用法によって長調とも短調とも決めがたい曖昧な響きを生み出しているのだ。こうした工夫は曲全体にいきわたり、それがリズムや拍節の複雑さとも結び付きながら錯綜した情感を表し出していく。
　1883年12月にリヒター指揮ウィーン・フィルによって行われた初演は、フーゴー・ヴォルフ（1860～1903）を筆頭とする反ブラームス派の妨害があったといわれるが、それにもかかわらず成功裡に終わっている。なおその後、ブラームスは細部に補筆と訂正を施している。
　第1楽章　アレグロ・コン・ブリオ　ヘ長調　前述の上行のモットー動機、それを裏返した形の第1主題、叙情的な第2主題を軸に緊密に構築されたソナタ形式。動的な発展を示すが、最後は勢いを減じたモットー動機と第1主題で静かに終わる。
　第2楽章　アンダンテ　ハ長調　穏やかな表情を湛えた緩徐楽章。クラリネットの主要主題は優しい親密さを持つ。対照的に副主題は陰りを帯びたもの。この副主題の動機による静かな和音の神秘的な掛け合いの後、主部主題が展開され、その後主部再現となる。
　第3楽章　ポーコ・アレグレット　ハ短調　メランコリックな主題を持つ有名な楽章。神妙な中間部を経て、ホルンに主題が戻ってくる。
　第4楽章　アレグロ　ヘ短調　不気味にうごめく第1主題に始まる。ほどなくトロンボーンに導かれて荘重な楽句が出るが、これは先述の第2楽章中間部の神秘的な和音に基づくもの。さらに第1主題が発展した後、ハ長調の力強い第2主題が示される。以後凝縮されたソナタ形式（再現部に展開部が含まれた形）によって動的かつ闘争的に発展した後、ヘ長調のコーダへと至る。しかしこのコーダは明るい長調をとりながらも、決して闘争の後の勝利といった性格ではなく、寂しくも達観した境地を感じさせるもので、第1楽章終結部の回想のうちに静かなエンディングを迎える。
（寺西基之）

作曲年代	1883年
初　　演	1883年12月2日　ウィーン　ハンス・リヒター指揮　ウィーン・フィル
楽器編成	フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、弦楽5部

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小泉和裕 Kazuhiro KOIZUMI（終身名誉指揮者）

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