大野和士、2020年度楽季を語る

東京都交響楽団 音楽監督

ONO Kazushi

大野和士
ONO Kazushi Music Director

 都響およびバルセロナ響の音楽監督、新国立劇場オペラ芸術監督。1987年トスカニーニ国際指揮者コンクール優勝。これまでに、ザグレブ・フィル音楽監督、都響指揮者、東京フィル常任指揮者(現・桂冠指揮者)、カールスルーエ・バーデン州立劇場音楽総監督、モネ劇場(ベルギー王立歌劇場)音楽監督、アルトゥーロ・トスカニーニ・フィル首席客演指揮者、フランス国立リヨン歌劇場首席指揮者を歴任。フランス批評家大賞、朝日賞など受賞多数。文化功労者。
 2017年5月、大野和士が9年間率いたリヨン歌劇場は、インターナショナル・オペラ・アワードで「最優秀オペラハウス2017」を獲得。自身は2017年6月、フランス政府より芸術文化勲章「オフィシエ」を受章、またリヨン市からリヨン市特別メダルを授与された。
 2019年2月、新国立劇場で大野=都響は初めてピットに入り、芸術監督として自ら企画したオペラ『紫苑物語』の世界初演を指揮。質の高い上演で大きな話題を呼んだ。

© Herbie Yamaguchi

大野和士、2020年度楽季を語る

取材・文/奥田佳道

  • ※3月4日、4月3日の定期演奏会は中止となりました。しかし大野和士音楽監督は、前年度からのつながりを含めて2020年度楽季を大きな統一体として構想しています。そのことを示すため、今回は2020年1月時点の話をそのまま掲載しています。



     『音楽の友』2月号の特集〈コンサート・ベストテン2019〉に、次のような原稿を寄せた。拙稿で恐縮ながら抜粋し、カッコ内一部加筆の上で引用したい。
     「Tokyo発のマエストロ・オブ・ザ・イヤー2019を大野和士に進呈したい(もう1人はジョナサン・ノット)。熱き知将・大野は、妖艶な音彩も舞った西村朗『紫苑物語』初演とジョージ・ベンジャミン『リトゥン・オン・スキン』日本初演(いずれも東京都交響楽団)、それにバルセロナ交響楽団を迎えて各地で上演されたプッチーニ『トゥーランドット』の立役者だった」

  • 2020年は特別な年

     都響の音楽監督に就任し早5年。大野和士も芸術的な手応えを感じている様子(なお、このインタビューは2020年1月に行われた)。  「私たちの大切な指揮者たちであるエリアフ・インバル、アラン・ギルバート、マルク・ミンコフスキが、最近の都響を褒めています。
     かつて日本のオーケストラは“アンサンブルの縦の線が揃っている”と評価されることが多かったと思います。しかし彼らは異口同音に言うのです。“ハーモニーが素晴らしい”“ヨーロッパ的”と。これすなわち、響きの縦の線ばかりでなく、横への流れが褒められているのです。光栄なことです。私自身も指揮台で“響きのかぐわしさ”や“音が立ち昇る”感覚を味わっています。劇場やホールでの演奏を前提とした19世紀ロマン派以降のシンフォニーに必要な感覚です。都響は、単に上手いオーケストラではありません。
     今年は都響創立55周年。夏にはヨーロッパ・ツアーがあり、オリンピックも開催されます。1964年の東京オリンピックを契機に翌年創設された都響にとって、2020年は文字通り特別な年なのです」
     熱き知将・大野和士は、確固たる信念、美学を掲げ、シーズンを創る。年間のラインナップを通じ、芸術的なメッセージを発し、奏でるのだ。
     「定期演奏会ではありませんが、私たちは6月から7月にかけて、東京と西宮(兵庫)でワーグナーの大作『ニュルンベルクのマイスタージンガー』に取り組みます。ザルツブルクのイースター(復活祭)音楽祭、ドレスデンのザクセン州立歌劇場、東京文化会館、新国立劇場による共同制作です。あちらの舞台をレンタルするのではありません。私がザルツブルクの事務局、ドレスデンの歌劇場に“タイアップしませんか”と話をもちかけたのです。
     2020年という大切な年に祝祭的なワーグナーを上演する。それも借り物ではなく、私たちが主体となって演奏する。何と素晴らしい、誇らしいことでありましょう」
     新旧親方芸術の“あり方”を描いた長篇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』と言えば、壮麗なハ長調の響きも私たちの喜びとなる。
     「新たな歌唱芸術を讃美するあのドミソ、ハ長調自体が作品のライトモティーフ(登場人物やその感情、行い、オペラの出来事を表す示導動機)というわけですが、晴朗なハ長調は、実は私と都響の2020年のプログラムにも関わってくる調性なのです」  大野と都響が掲げる年間のテーマ〈セレブレーション2020-祈りの音楽・希望の音楽〉が見えてきた。
     「今年は、ベートーヴェン(生誕250周年のアニヴァーサリー)イヤー、第2次大戦終結75年の年でもあります。祈りの音楽、希望の音楽を演奏する、まさにセレブレーションなシーズンです。人間の営みと愛を描いた『ニュルンベルクのマイスタージンガー』にもいらしてください。おなじみの前奏曲はオペラの最後、ヴァルターが勝利した場面の音楽ですよ! それを都響の音で聴くのです」

  • シーズン開幕の第900回定期

     我らが音楽監督は、シーズン開幕を彩る4月3日の第900回定期演奏会から魅せる。人選、プログラムに凝った。まずはソリスト讃から話が始まる。
     「ピアノの藤田真央さんとは初めて共演します。若手や今までにご縁のなかった方と共演したいと思い、名前やプロフィールを見ないで、何人ものピアニストの録音を聴きました。
     その時に“あっ、この人は!”と思わず声を上げましたよ。打鍵されたピアノの響きが下へ押し込まれるのではなく、空間に向かって立ち昇ってゆく感じを味わったのです。音の跳ね返りが素晴らしく、しかも演奏の喜びに満ちている。ええ、音楽が溢れ出る趣、何かと戯れているような感じもありますね」
     交響曲とカンタータの美質をあわせもつメンデルスゾーンの佳品《讃歌 (Lobgesang)》に胸ときめく。
     「メンデルスゾーンにとっても音楽史にとっても、メルクマールの中のメルクマール。重要な曲です。ベートーヴェンの第9とマーラーの《復活》の関係を考えてみましょう。祝祭的な《讃歌》の“役割”が分かりますよね。私はこの曲をすでにバルセロナ交響楽団で指揮しています。
     オーケストラによる第1曲シンフォニア(続けて演奏される3部/3楽章から成る)で大野=都響の今を味わってください。そしてカンタータへ。コーラスが最初に“すべて息するものよ、主を讃えよ!”と寿ぎの句を歌います」
     ここで3月4日の定期演奏会のメイン、ブリテンの《春の交響曲》が話題となる。  「寿ぎの句は、私たちが3月に演奏するブリテンの《春の交響曲》の歌詞にも出てきます。春を、娘たちを、泉を讃えるでしょう。笛を鳴らせ、五月のお祭りに行こう、カッコーよ、歌え、平和を、祈りをと歌うでしょう。
     歌っている言葉、世界、時代はブリテンとメンデルスゾーンで全く異なりますが、興味深いことに“讃える”という意味では共通しているのです。人間の心と世の中の復興、復活を願ったブリテンの《春の交響曲》があってこそのメンデルスゾーンの《讃歌》なのです。なぜ《讃歌》なのか、ではなく《讃歌》でなければならないのです。セレブレーション、祈り、希望を掲げたシーズンにふさわしいでしょう。ここで演奏しないでいつ演奏しますか?(笑)」
     ソリスト讃が続く。
     「テノールの宮里直樹さんに羽ばたいて欲しい。いい声は前に押し出されるのではなく、体、頭のしかるべきポジションから上に抜けて伸びていきます。宮里さんの声がまさにそれです」

  • ターネジと藤倉大~現代作曲界の潮流

    © Rikimaru Hotta

     7月20日には、大野和士の盟友マーク=アンソニー・ターネジの《タイム・フライズ(Time Flies)》世界初演も控える。都響、BBCラジオ3、NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団の共同委嘱作品。
     「東京、ロンドン、ハンブルクの今を反映した作品になることでしょう。ジャズ的なイディオムもあります。
     現代イギリスを代表する作曲家ターネジと私は同い年(1960年生まれ)で、しかもタングルウッド音楽祭の同期生なのです。1983年、私がタングウッドでアンドレ・プレヴィンのレッスンを受けていた時、ターネジも聴講に来ていました。彼は作曲コースのフェローだったのです。2016年には、サントリーホール開場30周年記念でターネジの《Hibiki》を都響、藤村実穂子さんたちと世界初演しました。  ターネジ、藤倉大さんの近作〈三味線協奏曲〉を演奏することで現代作曲界の潮流を感じていただけると思いますし、大野=都響には、そうした世界に発信するプログラムが課せられていると思います。」

  • あらためて調性へのこだわり

     秋の開幕(9月12日)、2021年2月20・22日の長篇交響曲も大野和士が担う。すでに祝祭的なハ長調が話題となったが、マエストロは調性にも“こだわる”。
     「都響の素晴らしい楽員をご紹介したい。ブルッフの〈クラリネットとヴィオラのための二重協奏曲〉は、リリックな名曲ですが、あまり演奏されません。
     リヒャルト・シュトラウスの交響詩《ツァラトゥストラはかく語りき》は大自然を象徴する〈ハ長調/ハ音〉と、人間界を表す〈ロ長調/ロ音〉の対比が重要ですが、実はもうひとつ大事なポイントがあります。ハ長調とハ短調の対峙、その鮮やかな転換です。ハ短調はご存じの通りベートーヴェンの調です。リヒャルト・シュトラウスはハ短調、(ハ短調の平行調である)変ホ長調の響きを効果的に使った作曲家ですが、そこから《英雄》(9月16日)が見えてきます。矢部達哉さんのコンサートマスター就任30周年をお祝いするトリプル・コンチェルトもハ長調。《英雄》は変ホ長調、第2楽章の葬送行進曲はハ短調ですね。
     私と都響のベートーヴェン・イヤーはハ短調~変ホ長調の世界を行き来するのですよ(笑)。2月のマーラー交響曲第2番《復活》もそうです。先ほどからお話に出ているハ長調も、私どもの今年の調性です。祈りのハ短調、希望のハ長調を味わってください」

  • 関係性と劇的相関

    © Rikimaru Hotta

     以前、大野和士は、マーラーの交響曲第3番のキモは、長大な第1楽章後の「間(ま) 」と“メヌエットのテンポで”と記された第2楽章にある、と語った。
     「《復活》もキモは第2楽章です。ウィーン風レントラーのアンダンテ・モデラートが聴きどころになります。激烈な音のドラマを精妙な作曲法で描いたマーラーが、この楽章では人間的な憩いを表現しています。マーラーは舞曲に身を託し、彼なりにではありますが、寛いでいるのです。あたかも別の人がたたずんでいるかのよう。それを表現しなければなりません」
     東欧の旋法や舞曲を創作の基盤にしたかと思えば、それらを大胆に解体・再構築したバルトーク、コダーイ、ヤナーチェク名曲選(2021年2月28日)も客席を大いにくすぐる内容だ。
     「サン=サーンス得意の《死の舞踏》を別にすれば、私が愛してやまない1910年代、20年代、30年代の音楽。コンセプトはタンツ(ドイツ語Tanz=舞踏)です。都響のヴィルトゥオジティ、高い機能性が生きることでしょう。昨年10月、ロンドン交響楽団の定期でジョン・エリオット・ガーディナーのピンチヒッターとしてヤナーチェク《グラゴル・ミサ》の原典版を指揮しましたが、拍子ひとつをとってもモラヴィアの音楽は独特です」
     多彩な曲目の背景に、実は接点や関係性、劇的相関があり、それをクールに、かつ嬉々とした表情で紡ぐ大野和士と東京都交響楽団。
     新たな旅路は2023年春まで続く。

  • 公演情報

    <公演中止>第900回 定期演奏会Bシリーズ

    2020年4月3日(金) 19:00開演(13:20開場)
    サントリーホール

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    指揮/大野和士 
      ピアノ/藤田真央
    ソプラノ/砂川涼子
    メゾソプラノ/山下裕賀
    テノール/宮里直樹
    合唱/二期会合唱団

    シューマン:ピアノ協奏曲 イ短調 op.54
    メンデルスゾーン:交響曲第2番 変ロ長調 op.52《讃歌》

    第905回 定期演奏会Aシリーズ

    2020年7月20日(月) 19:00開演(18:20開場)
    東京文化会館

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    指揮/大野和士
    三味線/本條秀慈郎

    ターネジ:タイム・フライズ(Time Flies)2020[都響、BBCラジオ3、NDRエルプフィル共同委嘱作品/世界初演]
    藤倉 大:三味線協奏曲(管弦楽版 2018/2019)
    ヤナーチェク:シンフォニエッタ

    プロムナードコンサート No.388

    2020年9月12日(土) 14:00開演(18:20開場)
    サントリーホール

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    指揮/大野和士
    クラリネット/三界秀実
    ヴィオラ/鈴木 学

    モーツァルト:交響曲第36番 ハ長調 K.425《リンツ》
    ブルッフ:クラリネットとヴィオラのための二重協奏曲 ホ短調 op.88 【ブルッフ没後100年記念】
    R.シュトラウス:交響詩《ツァラトゥストラはかく語りき》op.30

    第908回 定期演奏会Bシリーズ

    2020年9月16日(水) 19:00開演(18:20開場)
    サントリーホール

    チケット購入

    指揮/大野和士
    ヴァイオリン/矢部達哉
    チェロ/宮田 大
    ピアノ/小山実稚恵

    ベートーヴェン:ピアノ、ヴァイオリン、チェロのための三重協奏曲 ハ長調 op.56
    ベートーヴェン:交響曲第3番 変ホ長調 op.55《英雄》

    第919回 定期演奏会Bシリーズ

    2021年2月20日(土) 19:00開演(13:20開場)
    サントリーホール

    第920回 定期演奏会Aシリーズ

    2021年2月22日(月) 19:00開演(18:20開場)
    サントリーホール

    指揮/大野和士
    ソプラノ/中村恵理
    メゾソプラノ/藤村実穂子
    合唱/新国立劇場合唱団

    マーラー:交響曲第2番 ハ短調《復活》

    第921回 定期演奏会Cシリーズ

    2021年2月28日(日) 14:00開演(13:20開場)
    東京芸術劇場 コンサートホール

    指揮/大野和士
    ピアノ/ジャン=エフラム・バヴゼ

    サン=サーンス:交響詩《死の舞踏》op.40
    バルトーク:ピアノ協奏曲 第1番 Sz.83
    コダーイ:ガランタ舞曲
    ヤナーチェク:狂詩曲《タラス・ブーリバ》