都響のお客様と楽員に43年分の感謝を込めて

東京都交響楽団 終身名誉指揮者

小泉和裕 Kazuhiro KOIZUMI

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小泉和裕
Kazuhiro KOIZUMI, Honorary Conductor for Life

東京藝術大学を経てベルリン芸術大学に学ぶ。1973年カラヤン国際指揮者コンクール第1位。これまでにベルリン・フィル、ウィーン・フィル、バイエルン放送響、ミュンヘン・フィル、フランス放送フィル、ロイヤル・フィル、シカゴ響、ボストン響、モントリオール響などへ客演。新日本フィル音楽監督、ウィニペグ響音楽監督、都響指揮者/首席指揮者/首席客演指揮者/レジデント・コンダクター、九響首席指揮者、日本センチュリー響首席客演指揮者/首席指揮者/音楽監督、仙台フィル首席客演指揮者などを歴任。 現在、都響終身名誉指揮者、九響音楽監督、名古屋フィル音楽監督、神奈川フィル特別客演指揮者を務めている。

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Maestro Interview

  • 都響のお客様と楽員に43年分の感謝を込めて

       第889回定期演奏会が開かれる10月16日は、都響終身名誉指揮者・小泉和裕氏の70歳の誕生日にあたる。記念すべきこの日のプログラムは、ブルックナーの交響曲第7番と、ワーグナーの《ジークフリート牧歌》。「音楽家は音楽で表現するものだから」と、インタビュー時はどこか照れくさそうなマエストロに、胸の内を聞いた。





    ── ブルックナーの交響曲は、マエストロが時間をかけて大切に取り組んでこられたレパートリーの一つです。都響で「第7番」を振るのは初めてですね。



     かつてカラヤンさんがベルリンフィルでブルックナーの7番を振った際、翌日の新聞に「Sternestunde(=星の時間)であった」という批評が出たのをよく覚えています。まるで星空に包まれているかのような、宇宙を感じさせるひとときであった、と。ブルックナーの音楽というのは、その神髄に触れたとき、次元の違う遠い世界へと聴き手を誘ってしまう……それほどの力を持っているのです。

     ブルックナーは敬虔なカトリック教徒であり、教会のオルガン奏者でもありました。そんな生い立ちが影響しているのか、彼の作るシンフォニーには攻撃的な側面が一切なく、落ち着いた音色がえも言われぬ安心感と癒やしをもたらします。特に7番をはじめとする後期の交響曲は、初期のそれと比べていい意味で単純化しており、響きが実に美しいのです。
     ただし、オーケストラの能力が如実に表れるという点で、我々にとってはプレッシャーのかかる作品でもあります。日常とかけ離れたブルックナーの世界観は、一朝一夕に作り出せるものではありません。幸い、都響と僕は20年以上前からブルックナーの交響曲を共に演奏してきましたから、今回の7番も、これぞブルックナーの神髄であるという音色をお届けできると思います。



    ── もう一曲に、ワーグナーの《ジークフリート牧歌》を選ばれました。


     ご存じの通り、ブルックナーはワーグナーに心酔し、ワーグナーもブルックナーの才能を認めていました。良い交流のあった2人であり、その音楽もまた互いを引き立て合うと思いました。《ジークフリート牧歌》は、ワーグナーが妻コジマの誕生日に捧げた作品。誕生日の朝、寝室前の廊下に10数人の奏者が集ってこの曲を披露したといわれています。今回は、ホールに合わせて弦パートを増やして演奏します。大編成のオーケストラが奏でる、愛情に満ちた音楽をお楽しみください。



    ── 以前、「オーケストラというのは恐ろしい集団だ」とおっしゃったことが印象に残っています。



     僕が若い頃、あるオーケストラの楽員が話してくれたことがあります。指揮者がどんな風に現れて、コンマスとどう握手し、どんな表情で「おはようございます」と言うか。たったそれだけで、どんな指揮者か自分たちには大体分かるのだと。ほほう、そういうものかと思いました(笑)。指揮者とは、人間性も音楽の理解という点においても、オーケストラの皆に何もかも見透かされていて、そのうえで「この人と一緒に音楽を作ろう」と思わせる存在でなければならないのです。
     都響とは27歳の初登壇から40年以上、いい所も悪い所も言い合いながらここまできました。向き合う度に、互いがどれだけ成長したかを、プロフェッショナル同士厳しく見定めてきた。信頼し合っているからこそ、そこには緊張感も存在するのです。ただ近年は、その緊張感すら超えて、気持ちが随分と楽になってきた気もします。都響との関係がまた新たな段階に来たのかもしれません。今後がますます楽しみです。



    ── 70歳という節目にあらためて伺います。いまのマエストロを形作ったものは何でしょうか。



     指揮者は、「どういう環境で、どんな先生に習ったか」がそのキャラクターを決定づけるものだと思います。僕が東京藝術大学で師事した山田一雄先生は、いつも楽しげな方でした。普段の生活でも、リハーサルでも、音楽会の本番でも。もちろん大変厳しい面もありましたが、「音楽を愛している」「音楽があってこそ自分がいる」という思いが溢れ出ている方だった。棒の振り方にとどまらず、「指揮をする、音楽をするってこんなにも楽しいんだ」ということを僕は山田先生から教わった気がします。
     24歳のとき、カラヤン国際指揮者コンクールで第1位を受賞した後は、「自分の仕事のすべてをそばで見て勉強するように」と言ってくださったカラヤンさんのもとで勉強の日々が始まりました。カラヤンさんはリハーサルから完璧でした。オーケストラをどうコントロールし、能力を引き出し、信頼を伝え、自分の音楽を作っていくか──。そういった能力が、カラヤンさんは卓越していました。この時に学んだすべてが僕の土台であり、宝物です。最近になってようやく、当時の教えの本質が分かってきたということさえあるのです。



    ── お誕生日を共に迎えるお客様と都響への思いをお聞かせください。



     それはもう、「感謝」の一言に尽きますね。長年応援してくださっているお客様にも、40年以上付き合ってきてくれた都響の皆にも、感謝の思いでいっぱいです。終身名誉指揮者という肩書きや、誕生日の定期演奏会という粋な計らいは、「もっと頑張りなさい、もっと勉強しなさい」という励ましの意だと思っています。幸せなことです。これからも、一つひとつのプログラムを楽員と共に成功させ、お客様と共に分かち合っていきたいと思います。まだまだ頑張ります。

    Photo/© Rikimaru Hotta

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店村眞積 インタビュー

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東京都交響楽団の終身名誉指揮者・小泉和裕が登壇する10月16日の第889回定期演奏会Bシリーズ。この日は小泉の古希の誕生日でもあり、通常にも増して楽員の思いがこもるコンサートになるに違いない。その小泉と長い付き合いがあり、深い信頼関係で結ばれているのが、ヴィオラ特任首席奏者・店村眞積。この公演を迎えるにあたり、小泉との思い出や演奏会への意気込みを語った。

「小泉さんとは京都の堀川高校で出会いました。彼が1学年下で、2年間一緒でした。実は彼は声楽科、それもテノールで入ってこられて、当時話題になったのを覚えています。学校に指揮科はなかったけど、彼は2年目くらいには指揮者になる方向で勉強していて、がんばっていましたね。ただ、その頃はまだすごく親しいという関係ではありませんでした」

高校卒業後は進路が分かれ、再会したのは両者とも一流の音楽家として活躍してからのことだった。

「僕は1970年代からイタリアに行っていたのですが、小泉さんと再会したのは、1984年に日本に帰って読売日本交響楽団に入団してからです。彼が読響に客演した時が初めての共演で、そのときに懐かしく会話したのは覚えています。ただ、読響や(その後に移籍した)NHK交響楽団のときには、今ほど突っ込んだ話はしていませんでした。彼に呼ばれて他の楽団でソロで共演する機会もありましたが、深い話をするようになったのは僕が都響に来てからです」

小泉にとって、名演を積み重ねて信頼関係を築いてきた都響は、いわばホームグラウンドのような存在だろう。安心できる環境でこそ胸襟を開きやすくなる、というのは店村にとっても同様なのかもしれない。

「都響に来てからはずいぶん色々な話をするようになりました。同郷出身という感覚はあまりないのですが、同時期に堀川高校にいたという意識は残っていますね。都響では練習中にも意見を求められたりするなど、すごく信頼してもらっているのを感じますし、僕が彼という人間が好きなのは、本当に正直でまっすぐな人だからです。なぜか都響に入ってからは、彼と話すと懐かしいというだけじゃなくホッとするんです。この世代でオーケストラにいること自体が珍しいので、『やっぱり年寄りが弾いてるとうれしいよね』なんて話もします(笑)。」

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小泉の得意演目といえば“がっちりとしたドイツもの”というイメージがあるが、店村にとって小泉の音楽づくりの原点は、柔軟な“歌”であるという。

「高校まで声楽だったというのは残っていて、練習でもよく歌われる。彼の原点は“歌”なのは確かで、ブラームスとかでも歌いたいという意識を強く感じます。彼はしっかりしたテンポを重要視しますが、そういう中でいかに歌い、温かい響きを引き出すかというのを、毎回かなり求められています」

 小泉の謙虚さと誠実さに、店村は絶賛を惜しまない。小泉の特長は指揮姿にも反映されていると指摘する。

「これほど名声を築かれているマエストロが楽員に意見を聞くことは普通はありません。その謙虚な姿勢や誠実さがあるからこそ、いろんな話ができるんです。また、彼の基本は、ものすごく楽譜に忠実なこと。忠実でありたいがために、むしろリハーサルの要求が高くなるんです。そのスタンスも本当にすばらしいと思います。
彼の指揮ぶりは、カラヤンなどの影響でしょうけど、深い音が欲しくて包み込むような動きになっていく。全体の流れを体で表現するから脇が上がらず、見た目もきれいですよね。横から見ると前傾姿勢で、深い音を求めて、懐に持ってくる感じで音をまとめているのがわかります。厳しさだけではなく、求めることの深さ、温かさがわかるから、オーケストラともよい関係が続くんだと思います。」

小泉との演奏会で印象に残った演目に、「ブラームスが好きです。ブルックナーも良かった。やはり彼が得意としているのはそういった作品と思います」と語る店村。10月公演は自身にとっても特別な作品だという。

「実はオーケストラの曲の中でブルックナーが一番好きなんです!ヴィオラは美味しいというか、ただ和音を弾いても、刻みをやっても本当に楽しい。中音域がすごく面白くて、メロディよりも和音作っているときがゾクゾクします。第7番も大好きで、これを小泉さんの誕生日にできるのは嬉しいですね。それに、この日の前半は『ジークフリート牧歌』ということで、どちらも派手さはないけど美しい曲で、そういうところにも小泉さんらしさがにじみ出ていますね」

 古希を迎える小泉に、店村は改めて思いを託すように述べた。

「彼は今でもことあるごとに『もっともっといい音楽家になりたい』と言っています。今までの日本人にいないタイプの指揮者ですし、彼ほど音楽だけに真正面から向き合い、正直な音楽家を目指している人は本当に貴重だと思います。
70歳は節目ではありますが、衰えが現れる器楽演奏家と違い、指揮者はこれからが円熟期。さらに大きくなっていかれるだろう小泉さんの大事な演奏会ということであれば、僕も楽しみです。ますますお元気で、さらに熟してすばらしい音楽家になってください、と伝えたいし、そういう気持ちを込めて演奏したいと思います」

文/林 昌英(音楽ライター)

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第823回 定期演奏会Bシリーズ

  • 2017年1月10日(火)サントリーホール
    指揮/小泉和裕
    東京都交響楽団
    ブルックナー:交響曲第5番 変ロ長調 WAB105(ノヴァーク版)

公演情報

第889回 定期演奏会Bシリーズ

2019年10月16日(水)19:00開演(18:20開場)
サントリーホール

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指揮/小泉和裕

ワーグナー:ジークフリート牧歌
ブルックナー:交響曲第7番 ホ長調 WAB107(ノヴァーク版)