大野和士、2019年度楽季を語る

東京都交響楽団 音楽監督

ONO Kazushi

大野和士
ONO Kazushi Music Director

 都響およびバルセロナ響の音楽監督、新国立劇場オペラ芸術監督。1987年トスカニーニ国際指揮者コンクール優勝。これまでに、ザグレブ・フィル音楽監督、都響指揮者、東京フィル常任指揮者(現・桂冠指揮者)、カールスルーエ・バーデン州立劇場音楽総監督、モネ劇場(ベルギー王立歌劇場)音楽監督、アルトゥーロ・トスカニーニ・フィル首席客演指揮者、フランス国立リヨン歌劇場首席指揮者を歴任。フランス批評家大賞、朝日賞など受賞多数。文化功労者。
 2017年5月、大野和士が9年間率いたリヨン歌劇場は、インターナショナル・オペラ・アワードで「最優秀オペラハウス2017」を獲得。自身は2017年6月、フランス政府より芸術文化勲章「オフィシエ」を受章、またリヨン市からリヨン市特別メダルを授与された。
 2019年2月、新国立劇場で大野=都響は初めてピットに入り、芸術監督として自ら企画したオペラ『紫苑物語』の世界初演を指揮。質の高い上演で大きな話題を呼んだ。

© Herbie Yamaguchi

大野和士、2019年度楽季を語る

取材・文/奥田佳道

  • 都響とのプローベ

    大野和士が新国立劇場芸術監督として企画、大野=都響がピットに入った『紫苑物語』のカーテンコール。 撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

     恒例のマエストロ・インタビュー。今回は西村朗の新作オペラ『紫苑物語』(2月17日新国立劇場で初演)のオーケストラ・リハーサルがいよいよ始まる、という時期に東京の音楽スタジオで行われた。インタビュー前、大野和士はずっとピアノを弾き、たくさんのパートを歌っていた。
     「西村朗さんがお書きになった、この妖しく、艶めかしいまでのオーケストラのスコアを、私と都響が演奏するのです。新しい舞台総合芸術の誕生です」
     劇場とオーケストラを愛してやまない、いや音楽の申し子たる大野和士はいつになく高揚していた。音楽監督就任5シーズン目。まずはジェネラルに、大野と都響の今について聞く。
     「プローベ(練習)のお話を致しましょう。都響のメンバーは素晴らしく、初日に向けて、すでに皆さん準備をなさっています。アンサンブルの“縦の線を合わせる”必要がありません。私は音楽に集中し、初日は細かく、ていねいに進めます。いい意味での緊張感がありますね。
     ところがですね。2日目、3日目のプローベになりますと、私が初日のような指揮やアクションで音楽を示さなくても、ハーモニーが空(くう)をふわりと浮遊し始めるのです。得も言われぬ空気感、艶めかしい風が吹くと申しましょうか。私が指し示した重要なハーモニー、そこからの流れをオーケストラが自然と聴きあい、初日よりもうねるようになってくるのです。それは都響が借り物ではなく、自分たちのサウンドを見つけたことに他なりません。
     音楽監督に就任した頃よりも、そんな幸せな時間を味わう機会が増えたように思います。指揮者とオーケストラが熟してくるためには、やはり時が必要なのですね。ハネムーンに酔う、花火を打ち上げる時間も必要ですが、大切なのはその後でしょう。
     都響は、私の指示に、ただ反応するのではなく、役者のように歌い、演じ始めました。
    しかし本番はまた違うのです。私にもオーケストラにも、何かが天から舞い降りてくるかのような瞬間があるのです。そんな特別な瞬間も増えてきました。オーケストラとは人間に大きな息をさせてくれるメディアだと思っておりますが、今の都響がまさにそうです」
     大野語録は尽きないが、そろそろ選曲や近未来への展望へと移ろう。

  • 神の啓示
    4/26第877回定期B

    © Herbie Yamaguchi

     シーズン開幕を彩るシベリウスの交響曲第6番、ラフマニノフの《交響的舞曲》(4月26日)を熱く語り始めた。
     「ラフマニノフの《シンフォニック・ダンス(交響的舞曲)》op.45はよく鳴ります。演奏される機会も増えているようですが、私はこの作品が彼の最後の作品であるところにいつも想いをめぐらせます。スイスで作曲されたパガニーニ・ラプソディ(狂詩曲)がop.43、交響曲第3番がop.44、そしてop.45の後には何もないのです。
     最晩年の作品ではなく、最後の作品。しかもこの曲だけアメリカで作曲されました。そこは強調しておきたいですね。これはラフマニノフの人生のすべてが入っている、まことに壮絶な音楽です。彼はロシアへ帰りたかった。でも帰れなかった。
     あのサクソフォーンとヴァイオリンのノスタルジックなメロディに心動かされない人はいないでしょう。第1楽章の最後に、グラズノフによって初演された交響曲第1番(筆者注:初演は失敗し作曲者はスランプに陥ったとされる。それで交響曲や協奏曲の作曲に関する限り、慎重になった)のモティーフが聴こえます。哀しげに。第2楽章はテンポ・ディ・ヴァルス。あれは死の舞踏です。パガニーニ・ラプソディや(振付の)フォーキンとのことを思うにつけ、ラフマニノフはバレエを書きたかったことでしょう。第3楽章には彼のトレードマークの“ディエス・イレ”、グレゴリオ聖歌の“怒りの日”のモティーフが織り込まれています。
     音楽的には、舞踏と聖歌、鐘の音、神の啓示が重要です。神との対峙もあります。いっぽうスコアが示すのは、ラフマニノフ流モダニズムの昇華です。しかし何かを引きずっています。過去でしょうか。
     音楽家として沢山のブラヴォーをいただきたい気持ちはいつもありますが(笑)、ラフマニノフの人生を描いた《シンフォニック・ダンス》の後は、ほんの一瞬でもいいので、音楽や作曲家の生きた時代を思う、間(ま) を皆さまと共有したい気持ちがあります」
     “神の啓示”はシベリウスの交響曲第6番でもキーワードとなる。
     「いいですか。教会旋法のドリア調はもちろん大事です。シベリウスの、見た目も美しいスコアから私たちは多くを紡がなければいけません。どこか懐かしく、でも掴めそうで掴めない音の世界。良かれと思い、何かを表現しようとすれば、すっと私たちの手から無くなってしまうかのような寡黙な音楽。西洋音楽的な構築や発展とはある意味で無縁のシベリウス語の繰り返し。
     あれを神の啓示と言わずして、何と表現すればいいのでしょう。武満徹の響きとシベリウスが向かい合うプログラム、ラフマニノフ最後の音楽を通じて、大野=都響の新しい音色を聴いて楽しんでいただければ幸いです」

  • 渡邉曉雄生誕100年
    9/8第886回定期C

     「シベリウスは渡邉曉雄先生の生誕100年の定期(9月8日)でも取り上げます。東京藝大に入った時、渡邉先生が客員教授のようなお立場でオーケストラの指導をなさっていました。ヴァイオリニストであられた先生は、とかく楽をしたがる学生たちに、曲にふさわしいボウイング(弓遣い)、フィンガリング(指遣い)を厳しく、ていねいに、しかも微笑みを絶やさずに教えておられました」
     我らが大野和士はここで突然、時空を超えた交響曲第6番に想いを巡らす。マエストロと都響は今年1月、ブルックナーとプロコフィエフの交響曲第6番を奏でた。
     「ベートーヴェン、ブルックナー、シベリウス、ショスタコーヴィチ、プロコフィエフ。屹立し劇的なイメージが強い第5番と、自然や神とともにあることが多く、また一筋縄にはいかない第6番。
     これは一体誰の采配でありましょうか。神しか考えられません。都響が得意とするマーラーだけは第5番も第6番も強い磁場をもって放射しますが、調性や楽章構成についての考えは大きく違いますよね。
     交響曲第6番は実に奥が深い。プロコフィエフとショスタコーヴィチのフィナーレは、いずれもテンポが速いですよね。ギャロップ風なところもあります。でも音楽が全然違うのです。帝政を知っているかどうかも関係してきますね」

  • 若杉弘没後10年
    9/3第884回定期A&9/4第885回定期B

    © Fumiaki Fujimoto

     若杉弘没後10年のプログラム(9月3日・4日)は、若杉ファンにとっても大野ファンにとっても感慨深いベルクのヴァイオリン協奏曲《ある天使の思い出に》とブルックナーの交響曲第9番。大野和士は1990年代の初め、都響「指揮者」として音楽監督の若杉弘を支えた。
     「若杉さんの言葉で忘れられないのは“今やるべきことはきちんとやろう。でもその時10年後のことも考えてやろう”です。“失敗を恐れずに”も若杉さんの哲学でした。私がミュンヘンのバイエルン国立歌劇場でサヴァリッシュ先生やパタネー先生のもとで勉強しているとき、若杉さんはライン・ドイツ・オペラのGMD(音楽総監督)でした。チューリヒ・トーンハレやドレスデンでも聴かせていただきました」

  • ベルクとショスタコーヴィチ
    2020年3/9第898回定期A

     恋人エルミーラのイニシャルも《大地の歌》のモティーフも(第3楽章に)こだまするショスタコーヴィチの交響曲第10番(2020年3月9日)。マーラーの交響曲第3番第1楽章(当初“夏が行進してくる”と副題が付された)との関連も興味を誘うブリテンの《春の交響曲》(2020年3月4日)については、すでに多くを語っている。
     「アルバン・ベルクの《管弦楽のための3つの作品》op.6は、演奏難易度ナンバーワンの名曲です。オペラ『ヴォツェック』を30分で上演するような曲です。ひたすら難しい。けれども例えようもなく素晴らしい。人間の声、ひとの叫びが聴こえるショスタコーヴィチの交響曲第10番では、終演後に悲鳴や溜息が漏れてもおかしくないような、メッセージ性のある演奏を目指します」

     最後に恒例の「クイズ」を。大野和士と東京都交響楽団は去る2月、新国立劇場での『紫苑物語』に腕をふるった。2020年6月から7月には東京文化会館、新国立劇場、兵庫県立芸術文化センターでのワーグナー『ニュルンベルクのマイスタージンガー』が控える。
     「大野=都響が2020年のワーグナー以降もオペラを演奏するとしたら、それは何でしょう。何がお望みですか。2019年のプログラムから想像なさるのも一興でしょう。コンチェルタンテ(演奏会形式)がいいですか、本格的なオペラがいいですか? 楽しみになさってください」

映 像

  • 大野和士が語る ラフマニノフ:交響的舞曲
    2019年4/26の定期Bで演奏する《交響的舞曲》は、作曲家として苦労を重ねたラフマニノフの“白鳥の歌”とも言える生涯最後の作品。ラフマニノフ特有の叙情と不気味な舞曲とが交差する本作品の魅力を、マエストロが熱く語っています。
    この動画を見れば、演奏会を何倍も楽しめること間違いなし!

  • 大野和士が語る シベリウス:交響曲第6番
    2019年4/26の定期Bでプログラムに並ぶ、シベリウスの交響曲第6番を音楽監督・大野和士が、ピアノ演奏とともに読み解きます。
    どこか懐かしい趣を湛え、絶えず音が漂流するような不思議な印象を引き起こす作曲家最晩年作品です。

公演情報

第876回 定期演奏会Cシリーズ

2019年4月20日(土) 14:00開演(13:20開場)
東京芸術劇場コンサートホール

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指揮/大野和士
ピアノ/ニコライ・ルガンスキー

グリーグ:ピアノ協奏曲 イ短調 op.16
ベルリオーズ:幻想交響曲 op.14 【ベルリオーズ没後150年記念】

第877回 定期演奏会Bシリーズ

2019年4月26日(金) 19:00開演(18:20開場)
サントリーホール

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指揮/大野和士

武満 徹:鳥は星形の庭に降りる(1977)
シベリウス:交響曲第6番 ニ短調 op.104
ラフマニノフ:交響的舞曲 op.45

第884回 定期演奏会Aシリーズ

2019年9月3日(火) 19:00開演(18:20開場)
東京文化会館

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第885回 定期演奏会Bシリーズ

2019年9月4日(水) 19:00開演(18:20開場)
サントリーホール

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指揮/大野和士
ヴァイオリン/ヴェロニカ・エーベルレ

ブラームス:悲劇的序曲 op.81
ベルク:ヴァイオリン協奏曲《ある天使の思い出に》
ブルックナー:交響曲第9番 ニ短調 WAB109(ノヴァーク版)

第886回 定期演奏会Cシリーズ

2019年9月8日(日) 14:00開演(13:20開場)
東京芸術劇場コンサートホール

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指揮/大野和士
ピアノ/ホアキン・アチュカロ

シベリウス:トゥオネラの白鳥 op.22-2
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 op.18
シベリウス:交響曲第2番 ニ長調 op.43

第897回 定期演奏会Bシリーズ

2020年3月4日(水) 19:00開演(18:20開場)
サントリーホール

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会員先行:9/6(金)|一般発売:9/13(金)

指揮/大野和士
ソプラノ/中村恵理
メゾソプラノ/清水華澄
テノール/トピ・レティプー
児童合唱/東京少年少女合唱隊
合唱/新国立劇場合唱団

ベルリオーズ:歌劇『ベアトリスとベネディクト』序曲
ドビュッシー:舞踊詩《遊戯》
ブリテン:春の交響曲 op.44

第898回 定期演奏会Aシリーズ

2020年3月9日(月) 19:00開演(18:20開場)
東京文化会館

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会員先行:9/6(金)|一般発売:9/13(金)

指揮/大野和士

ベルク:管弦楽のための3つの作品 op.6
ショスタコーヴィチ:交響曲第10番 ホ短調 op.93