【特別寄稿】
大野和士が語る(10/24 定期A)

ONO Kazushi

大野和士
ONO Kazushi, Conductor

1987年トスカニーニ国際指揮者コンクール優勝。これまでに、ザグレブ・フィル音楽監督、都響指揮者、東京フィル常任指揮者(現・桂冠指揮者)、バーデン州立歌劇場音楽総監督、ベルギー王立歌劇場(モネ劇場)音楽監督、アルトゥーロ・トスカニーニ・フィル首席客演指揮者、フランス国立リヨン歌劇場首席指揮者を歴任。現在、都響およびバルセロナ響の音楽監督を務めている。2018年9月に新国立劇場オペラ芸術監督へ就任予定。フランス批評家大賞、朝日賞など受賞多数。文化功労者。
2017年5月、大野和士が9年間率いたリヨン歌劇場は、インターナショナル・オペラ・アワードで「最優秀オペラハウス2017」を獲得。自身は2017年6月、フランス政府より芸術文化勲章「オフィシエ」を受章、またリヨン市からリヨン市特別メダルを授与された。

© Herbie Yamaguchi


世紀末ウィーン ━ 爛熟の美

世紀転換期のウィーン音楽界を飾ったシュレーカーとツェムリンスキー。
10/24 定期Aのプログラムを大野和士が語ります。

  • ツェムリンスキーとシュレーカー ~同時代を生きた二人の偉人~

    1900年ウィーン国立歌劇場

     ツェムリンスキーとシュレーカーは共に、同時代を生きた音楽家たちに絶大なる影響を与えた作曲家です。
     二人とも最初、ウィーンで活動を始め、シェーンベルク、ウェーベルン、ベルクなど後に新ウィーン楽派と呼ばれるようになった作曲家たちとの交わりも当然あったわけですが、彼らに比べて二人の知名度はまだ大変高いとは言えません。しかし、当時の勢いを知るならば、現在における音楽の歴史の勢力地図は書き変えられるべきなのかもしれません。

     シュレーカーは1910年の半ば、《室内交響曲》を作曲した頃は、名声の頂点にいました。彼が次々に発表したオペラ『はるかなる響き』『烙印を押された人々』『宝を探す人』は空前のヒットとなり、彼をワーグナーに例える批評家もいたほどです。
     ツェムリンスキーも1905年、シェーンベルクの交響詩《ペレアスとメリザンド》が初演された年に、交響詩《人魚姫》を発表し、(2曲とも都響の定期演奏会でお聞きいただきました)その後、1910年~20年代にかけて『フィレンツェの悲劇』『こびと(王女様の誕生日)』(共にオスカー・ワイルド原作)などを次々に発表、そして1922~23年に《抒情交響曲》を完成させました。その初演を聞いたベルクが「深い深い感銘、輝くばかりの美しさ」(ツェムリンスキーに宛てた手紙)と記し、その影響で弦楽四重奏のための《抒情組曲》を作曲し、ツェムリンスキーに捧げたことは広く知られています。

     また、指揮者でもあり、教育者でもあった二人は、次々とその時代の作品を取り上げ、次代の音楽家を育て上げました。
     シュレーカーは、シェーンベルクの《グレの歌》などの初演の指揮、その他、ベルリン高等音楽院の学長として、シェーンベルク、ヒンデミットをはじめとする多くの作曲家たちを教授陣に呼び寄せ、ベルリンを音楽創造の中心としました。そこから指揮者としても、ロジンスキーや日本でもおなじみのヨーゼフ・ローゼンシュトック等を輩出しました。シュレーカーと日本は意外なところで結ばれていたのですね。
     ツェムリンスキーはシェーンベルクが生涯、唯一の師匠と呼び、彼の作品1をツェムリンスキーに捧げた他、ベルク、ウェーベルン、コルンゴルト、ワイル、それにヤナーチェクまでも彼を師匠として仰いでいます。指揮者としても、R.シュトラウスの『サロメ』ウィーン初演などを手がけたことはよく知られています。
     このように隆盛を極めた彼らが一時期、忘れられたものになってしまったのは、まさに歴史の皮肉としか言いようがありません。戦争、全体主義、ナチズムの中で彼らの晩年は悲惨なものとなったからです。

  • 超次元へ誘う、魅惑の響き

    (左)シュレーカー(右)ツェムリンスキー

     本公演では、彼らの往時を偲ぶ傑作2曲を皆様にお届けいたします。二人の偉人に思いを馳せていただければ幸いです。
    シュレーカーの作品は、我々を不思議な陶酔と幻惑的な世界に誘うことでしょう。

     《室内交響曲》は、大きく分けて4つの部分に別れますが、それらを、結ぶのはチェレスタ、ハープ、ハーモニウム、ピアノが奏でるひんやりとした神秘的和音です。それに続くアレグロ・ヴィヴァーチェ(伝統的な交響曲では第1楽章に相当。)になると、響きの波が次々に押し寄せてきます。しかしここでは低音の楽器の使用が抑えられているので、漂うように、時に典雅に響きます。アダージョ(第2楽章に相当)はどこかもたれるような官能的な響きと特徴的な音程から始まり、趣はやがて幻覚を見るような酩酊状態を呈し、目の前が白くなるような眩い響きで覆われます。
     スケルツオ(第3楽章に相当)は、拍子がめまぐるしく変わりますが、その度に響きはずる賢い変身を遂げるかのようです。最後のアレグロ・ヴィヴァーチェ(第4楽章に相当)は飛翔する響きとでも申しましょうか、弦楽器のソロのディヴィジと木管楽器の交錯が飛沫となって飛び散るようです。

     ツェムリンスキーの《抒情交響曲》は、1921年にプラハを訪れたインドの詩人、タゴールの詩にインスピレーションを受けて作曲されました。彼は友人に「マーラーの大地の歌のようなものを作った。」と言っていますが、マーラーの作品が人生への深い諦念と永遠への回帰を認めたのとは違って、ツェムリンスキーは、詩の内容に基づいて、『トリスタンとイゾルデ』のような情熱的な愛とその喪失を情念込めて創り上げました。
     曲はペシミズムに満ちた悲劇的な和音の塊によって開始され、このモティーフは全曲を通して現れます。1曲目と2曲目は、それぞれバリトンソロとソプラノソロによる、愛の目覚め、愛の希求が歌われますが、それぞれに憧れと猜疑心がないまぜになった二面性を持った楽章となっています。彼の作曲の大きな特徴の一つは、同時に違う調性が並行して流れる復調、多声体と言えるでしょう。ここから出現する様々な音が、ある意味で偶発的な非和声音となって、キラキラ輝く宝石のような響き、ある時は恋に焦がれる心の陰影ともなって聞き手の中に沁み入ります。また、この作品では声楽のパートもオーケストラの音には無い独自の音程を歌うことが多く歌手にとっては至難の技です。

     このような効果が一番発揮されているのは、7曲全曲を結ぶオーケストラの間奏曲だと言えるでしょう。バリトン、ソプラノの気持ちのすれ違い、愛の高揚の中に潜む疑心などが、和音の中に垣間見える微妙なブレとして絶えず付きまとい、聞き手を超次元的な、それぞれの存在がすれ違うような特殊な世界に引き込んでいきます。3曲目、4曲目はこの交響曲の白眉です。それぞれのソロが愛の耽溺に浸る、トリスタンに比すべき箇所と言えます。ここでも繊細なオーケストレーションの中で異音の効果が随所に光ります。5曲目は愛の危機、6曲、7曲と愛の突然の消滅が歌われます。ただここまで聞いてくると、ツェムリンスキーの音響が私たちの聴感覚を長らく幻惑してきたことで、愛そのものが存在したことさえ覚束無くなる次元に到達することでしょう。

  • 後世に影響を与えた二人

    ツェムリンスキー:交響詩《人魚姫》 演奏写真
    (2018年1月10日 定期B サントリーホール)
    © Rikimaru Hotta

     シュレーカー、ツェムリンスキーは、このようにして新ウィーン楽派のグループ(十二音技法に進んだ人たち)とは違う形で、音楽のモダニズムを推進しました。調整の拡大、復調、めまぐるしいテクスチャーの変化などによって。それは、新ウィーン楽派の作曲家たちが、十二音を維持するために、バッハや古典の形式を利用したこととは全く別のベクトルの動きであったといえましょう。その意味では、彼らの姿勢はより束縛されないものだったのかもしれません。だからこそ、彼らは散文によって書かれた台本に基づく、オペラというジャンルにおいて重要な足跡を残し、後世の作曲家たちに多大なる影響を与えたのでした。





公演情報

第864回 定期演奏会Aシリーズ

2018年10月24日(水)
19:00開演(18:20開場)
東京文化会館

チケット購入

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指揮/大野和士
ソプラノ/アウシュリネ・ストゥンディーテ *
バリトン/アルマス・スヴィルパ *

シュレーカー:室内交響曲
ツェムリンスキー:抒情交響曲
op.18 *