音楽家は人に何を伝えられるのか。
大事なことの一つが、息を呑むような感動体験だと思うのです。

東京都交響楽団 音楽監督

大野和士 ONO Kazushi

プロフィールを見る

大野和士
ONO Kazushi, Music Director

1987年トスカニーニ国際指揮者コンクール優勝。これまでに、ザグレブ・フィル音楽監督、都響指揮者、東京フィル常任指揮者、バーデン州立歌劇場音楽総監督、ベルギー王立歌劇場(モネ劇場)音楽監督、アルトゥーロ・トスカニーニ・フィル首席客演指揮者を歴任。現在、都響音楽監督、フランス国立リヨン歌劇場首席指揮者、バルセロナ響音楽監督を務めている。2016年9月に新国立劇場オペラ部門芸術参与へ就任、2018年9月に同劇場芸術監督へ就任予定。フランス批評家大賞、朝日賞など受賞多数。文化功労者。

© Tomoko Hidaki

大野和士 特別寄稿 
3月公演に寄せて

3/21(火) 
第827回 定期演奏会Aシリーズ

3/18(土) 福岡特別公演 3/19(日) 名古屋特別公演

 福岡、名古屋、東京の3都市公演では、ブラームス(1833~97)の2曲をお聴きいただきます。 名曲プログラムに見えますが、ブラームスの本格的な管弦楽作品としては事実上、最初と最後と言える2曲を組み合わせました。 コントラストの妙を感じていただけると幸いです。

ブラームス:
ピアノ協奏曲第1番 ニ短調 op.15

  •  もともとは2台ピアノのためのソナタとして作曲され、一時は交響曲に改作しようとしたものの、結局はピアノ協奏曲という形に落ち着いた作品です。それだけに雄大なスケールをもち、ブラームスが交響曲的な協奏曲を書いてゆく出発点となりました。
     ニ短調で始まりニ長調で終わる、という構成はベートーヴェンの交響曲第9番と同じで、協奏曲でありながら、「闇から光へ」という交響曲の系譜に連なる作品として書かれている。古典的な枠組を守りながら、若き日のブラームスの情念が爆発しています。
     ソリストのルガンスキーさん(※)と初めて共演したのは、もう20年ほど前、彼が22歳の時でした。以来、モーツァルトやラフマニノフの協奏曲などを何度も演奏しています。若いころから賢明で落ち着いた性格で、例えばラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を演奏しても理知的に聴こえる。そんな彼が時を重ね、様々なレパートリーを性格に応じて描き分ける演奏家として成熟してきました。今回の共演も楽しみです。
    (※)出演を予定しておりましたピアニスト、ニコライ・ルガンスキーは、急病のため、来日を断念せざるを得なくなりました。代わって、シュテファン・ヴラダーが出演いたします。 詳細はこちら
  • © Marco Borggreve

ブラームス:
交響曲第4番 ホ短調 op.98

  •  短調に始まり短調で終わる作品で、ピアノ協奏曲第1番はもちろん、交響曲第1番とも全く趣が異なります。書法も大変緻密で、音と音との有機性、音の組み合わせの技巧が素晴らしく、12音技法を開拓した新ウィーン楽派の先駆けと言っても良いでしょう。
     よく知られている通り、第1楽章冒頭の第1主題は「シ-ソ-ミ--ラ-ファ♯-レ♯-」という3度下降の連鎖(下線の音でオクターヴ上がる)でできています。ある意味で機械的に作られたメロディでありながら、とても情感豊かに聴こえる。第2楽章は教会旋法を用いた古風な響きですが、第3楽章は一転してハ長調の音の塊が噴出します。シンプルなメロディと密集したオーケストレーションで出来ていて、作曲法も開放的。彼の交響曲の中で唯一、トライアングルが使われているのも特徴的です。4つの楽章を見通した上で、敢えて明朗な楽章を置くことでバランスをとったのでしょう。
  •  第4楽章は有名なパッサカリア。厳格な形式をもつ変奏曲ですが、トロンボーンがコラールを奏して後半に入ると、変奏というより変容(メタモルフォーゼン)に近づき、音の動きもパッションも渦を巻いていく。バロック時代の様式を用いながら、19世紀の終焉と20世紀の到来を見据えているような感じさえします。
     メランコリーやペシミズムなど感情的な深みをたたえながら、交響曲のあり方としては未来を指し示している。予言的な作品だと思います。

3/26(日) 
都響スペシャル「シェイクスピア讃」

 文豪シェイクスピア(1564~1616)にちなんだプログラムです。私は10代前半のころ、シェイクスピアの戯曲を読むのが大好きでした。小田島雄志さんの訳で『ハムレット』『マクベス』などを、声に出して読むわけです。マクベスとマクベス夫人の野望と葛藤を自己流ながら演じてみて、その世界に魅了されました。シェイクスピア作品には人間の定めが描かれ、また矛盾に満ちた性(さが)が投影されています。古今の多くの作曲家が影響を受けたのは当然という気がします。

チャイコフスキー:
交響的幻想曲《テンペスト》 op.18

  •  『テンペスト(嵐)』はシェイクスピア晩年の作品です。大公プロスペローは弟の陰謀により絶海の孤島に追放されるものの、やがて復讐を果たす、という物語。チャイコフスキー(1840~93)の音楽は、海と嵐の描写が巧みで、プロスペローの娘とナポリ王子との愛の情景がとても美しい。
  • 同じチャイコフスキー作品でも《ロメオとジュリエット》は直情的にどんどん盛り上がりますが、《テンペスト》は対照的に、穏やかで静謐なところが多く、そこはかとない雰囲気が続く。演奏機会が少ない曲ですので、今回はぜひ聴いていただきたいと思いました。

トマ:
歌劇『ハムレット』より「私も仲間に入れてください」(オフィーリア狂乱の場)

  •  『ハムレット』は有名な悲劇。王子ハムレットは、父を暗殺し王位を奪った叔父に復讐を果たすものの、自らも傷つき死んでゆきます。トマ(1811 ~ 96)のオペラは、ラストのみ変更してハムレットが王位に就く形で終わっていますが。
     この曲は、ハムレットが暗殺の証拠を得るため狂気を装った結果、悲しみのあまり溺死してしまう恋人オフィーリアが歌う長大なアリア。ドラマティックな音楽と超絶技巧に圧倒される曲です。最後にハイe(ホ)音がありますので、本当のアクート(高音)を持つソプラノ歌手でないと歌うことができません。それもリリックな軽めの声ではなく、スピントの力強い声でハイeを出す、というのは大変なこと。ですから、この曲をやる時には、まず歌える人を探さなければならないのです。
     ウッドベリーさんは、2013年にロサンゼルスでデビューしたばかりの若手ですが、既にメトロポリタン歌劇場にも登場した実力派。「オフィーリア狂乱の場」を託すことができる貴重なソプラノの1人です。

プロコフィエフ:
バレエ組曲《ロメオとジュリエット》より ~大野和士セレクション~

  •  このバレエ音楽は、プロコフィエフ(1891~1953)の大傑作です。今回演奏するのは組曲第1番と第2番からの抜粋をストーリー順に並べ換えたもの。これまでに何度も演奏してきた私のセレクションです。
     プロコフィエフは、ロシアの古き良き時代を引き継ぎながら、同時にモダニストの旗手でもある、という特別な存在です。ノーブルな貴族性と諧謔味をたたえた、軽快で洒落た作風の一方、オペラ『炎の天使』のように何かにとり憑かれたような異様な雰囲気を作ることにも長けていました。《ロメオとジュリエット》は、彼の多彩な書法の魅力が最大限に発揮された作品だと思います。
     冒頭の「モンタギュー家とキャピュレット家」は猛烈な不協和音で始まりますが、直後に弦の美しい和音がpppで現れる。両家の対立と、その狭間で運命を受け入れざるを得なかった若い2人の状況が、ほんの数小節で鮮やかに描写されます。
  •  初々しいヒロインを描く「少女ジュリエット」に続き、仮装したロメオが舞踏会へ潜入する「マスク」へ。「マスク」の行進曲リズムが減速すると、そのまま「ロメオとジュリエット」のバルコニーの情景へつながります。超快速の決闘シーンで知られる「タイボルトの死」を経て、「別れの前のロメオとジュリエット」へ。この曲は、内容もオーケストレーションも素晴らしく、作品の本質に結びついた名作です。最後の「ジュリエットの墓の前のロメオ」は悲劇的に始まりますが、愛の情景を回想して、コーダではピッコロが息絶えるようにC(ハ)音を吹き、ハ長調で静かに終わる。ドラマの構成が非常に優れています。
  • 音楽家は人に何を伝えられるのか

    © Rikimaru Hotta

     都響は、障害を持つ方にもコンサートホールで生の音楽を楽しんでいただけるよう、「ふれあいコンサート」を30年以上にわたって開催(東京都、日本チャリティ協会との共催)しています。2017年3月に、私はこのコンサートを初めて指揮します。
     このようなコミュニティ活動の原体験は、私の場合、20年ほど前のザグレブ(クロアチアの首都)にあります。ザグレブ・フィルの音楽監督(1990~96)を務めていた時期、クロアチアでは紛争が続きました。夜はしばしば灯火管制され、演奏会があると、暗くなった街から人々が静かに会場に集まってくる。そんな時はふだんより超満員になるんです。音楽を聴く時だけは、たくさんの拍手をして、皆が声を出し、また静かに帰ってゆく。
     ああ、これが人間なのだな、と思いました。命が危機にさらされた時だからこそ、人間は人間であることの証明を求める。音楽を通して自らの存在を確認して、次の日の糧とする。
     音楽家は人に何を伝えられるのか。大事なことの一つが、息を呑むような感動体験だと思うのです。美しい音や迫力ある響きを体感して、言葉が出ないほど気持ちが高揚する。あるいは深い思いに浸る。それが、人間が生きていることを噛みしめる瞬間だろうと。
     ふだん演奏会に来られない方も含めて、できるだけ多くの人に感動を伝えたい。それは音楽家としての使命です。こうしたコンサートを今後も大切にしていきたいですね。

    (『月刊都響』2017年2・3月合併号より転載)

大野和士 出演公演

第827回 定期演奏会Aシリーズ

2017年3月21日(火)19:00開演(18:20開場)
東京文化会館

チケット購入

チケット購入

指揮/大野和士
ピアノ/シュテファン・ヴラダー

ソリストが変更になりました(2017.3/15up)

ブラームス:ピアノ協奏曲第1番 ニ短調 op.15
ブラームス:交響曲第4番 ホ短調 op.98

3/18(土)福岡特別公演の詳細はこちら 
3/19(日)名古屋特別公演の詳細はこちら

都響スペシャル「シェイクスピア讃」

2017年3月26日(日)14:00開演(13:20開場)
東京オペラシティ コンサートホール

チケット購入

チケット購入

指揮/大野和士
ソプラノ/アマンダ・ウッドベリー *

チャイコフスキー:交響的幻想曲 《テンペスト》op.18
トマ:歌劇『ハムレット』より「私も仲間に入れてください」(オフィーリア狂乱の場) *
プロコフィエフ:バレエ組曲《ロメオとジュリエット》より
~大野和士セレクション~
モンタギュー家とキャピュレット家/少女ジュリエット/マスク/ロメオとジュリエット/ダンス/
修道士ローレンス/タイボルトの死/別れの前のロメオとジュリエット/ジュリエットの墓の前のロメオ

フォトギャラリー

リハーサルや本番写真を随時追加します

  • 2016年11月19日 第817回 定期演奏会Bシリーズ
    © Rikimaru Hotta

  • 2016年11月19日 第817回 定期演奏会Bシリーズ
    © Rikimaru Hotta

  • 2016年11月27日 第818回 定期演奏会Cシリーズ
    © Rikimaru Hotta