プロムナードコンサートNo.380

ウェーバー:歌劇『オイリアンテ』序曲 op.81

 カール・マリア・フォン・ウェーバー(1786 ~ 1826)が、大成功を収めた『魔弾の射手』の次に手がけた歌劇が『オイリアンテ』である。ウェーバーは意欲的だった。当時のドイツ・オペラは、モーツァルトの『魔笛』やベートーヴェンの『フィデリオ』のように、ジングシュピール(音楽を地のセリフでつなぐ民衆オペラ)の形式が支配的だったが、ウェーバーはこれを変え、最初から最後まで音楽でストーリーを進めるオペラを書こうとしたのだ。

 ウェーバーは、有名な文筆家であったヘルミーナ・フォン・シェジー(1783 ~ 1856)に台本を依頼した。彼女は、舞台作品を執筆した経験がないことやオペラを知らないことなどから固辞するが、度重なる説得に、ついにこれを承諾した。

 物語は次のようなものである。アドラール伯爵は、戦争のため妻オイリアンテと離れている。彼が妻の貞操を誇るのを聞いたリジアルト伯爵はそれを疑い、口論になる。アドラールは妻の貞操に全財産を賭けることになる。しかし彼は、リジアルトの陰謀による誤解から彼女を疑うようになり、一度は妻を殺そうとするが、 最終的には誤解が解ける。

 しかしやはり、シェジーの台本の出来は良くなかった。ウェーバーの音楽は非常に優れたものだったが、初演後まもなく、この歌劇は忘れられてしまい、現在ではほぼ序曲のみが演奏されている。なお、シェジーはこのあと、戯曲『キプロスの王女ロザムンデ』を書き、これにはシューベルトが劇付随音楽を書くが、こちらも演劇としては失敗に終わった。

 この序曲は、歌劇の完成後、最後に作曲されたものである。ソナタ形式で、2つの主題はいずれもアドラールの歌う部分から取られている。短いが力強い導入に続いて登場する、管楽器の第1主題は、第1幕の「私は神とわがオイリアンテを信じる」という宣言。第1ヴァイオリンが歌う優美な第2主題は、第2幕でオイリアンテと再会するアドラールがその喜びを歌うアリア「たぐいまれにしか得られない至福よ」の旋律である。

 また、展開部の冒頭には、ヴィオラのトレモロをバックに、弱音器付きのヴァイオリン8本が歌う印象的な部分がある。ここは、アドラールの妹エマの幽霊が出現する場面の音楽である。

(増田良介)

作曲年代 全曲/ 1821年12月15日~ 1823年8月29日
序曲/ 1823年9月1日~ 10月19日
初  演 1823年10月25日 ウィーン ケルントナートーア劇場 作曲者指揮
楽器編成 フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、弦楽5部




ヒンデミット:ウェーバーの主題による交響的変容

 20世紀前半のドイツを代表する作曲家パウル・ヒンデミット(1895 ~ 1963)はロマン主義の感情性を否定し、新しい音楽のあり方を理知的に求めていった。彼のそうした方向は即物主義ともいわれているが、その音楽は決して“即物” という言葉から連想される無味乾燥なものではなく、伝統を踏まえつつ時代に相応しい音楽のあり方を理知的に追求しようという深い洞察に裏付けられている。

 19世紀前期のドイツの作曲家カール・マリア・フォン・ウェーバー(1786 ~ 1826)の幾つかの作品に基づく《ウェーバーの主題による交響的変容》は、4つの楽章からなる管弦楽曲で、ウェーバーの主題による“変奏曲” ではなく、“変容(Metamorphosis)”とされているように、ウェーバーの音楽を下敷きにしつつ、その性格を全く異なるものにした作品である。たしかに第2楽章以外はウェーバーの原曲とほぼ同じ構成で進行するものの、モダンな和声や色彩、音の付加、鋭いリズムなどをまとわせることで、ウェーバーの音楽を根本から変容させている。作品全体は交響曲に準じる構成法、巧妙な対位法書法、精妙な楽器法が生み出す多様な響きなど、ヒンデミットらしい良い意味での優れた職人的手法が発揮されており、彼の管弦楽作品の中では特に演奏頻度の高いものとなっている。

 全曲は第2次世界大戦中の1943年にアメリカで完成されている。ユダヤ系ではなく生粋のドイツ人でありながら、母国を愛するがゆえにナチに真っ向から抵抗したヒンデミットは、1940年からアメリカで活動していたのである。

 もっとも作品の当初の構想はまだヨーロッパにいた頃にさかのぼる。1938年にロンドンで行われたバレエ・リュス・ド・モンテカルロのレオニード・マシーン(1896 ~ 1979)の振付によるヒンデミットのバレエ《いと高き幻想》の初演が成功を収め、それを受けてマシーンは引き続いてヒンデミットの音楽によるバレエを計画した。それはウェーバーの連弾曲を用いてメッテルニヒ体制下※のウィーンを描くという内容のバレエだった。ヒンデミットは1940年、出来上がった部分をマシーンに聴かせるが、原曲に忠実な管弦楽化を望むマシーンと、原曲を自由に扱おうとするヒンデミットの意見が合わず、結局バレエの話は立ち消えとなってしまう。

 その後1943年、ニューヨーク・フィルの音楽監督アルトゥール・ロジンスキ(1892 ~ 1958)より新作を委嘱されたのを機に、ヒンデミットは改めてバレエ用に構想したこの音楽を下敷きに4楽章からなる本作を作り上げたのだった。

 第1楽章 アレグロ ウェーバーの《4手ピアノのための8つの小品》op.60の第4曲に基づくもので、ヒンデミットは大胆な音の付加やどぎついまでの彩色を施して原曲をパロディ化している。

 第2楽章 トゥーランドット・スケルツォ/モデラート~生き生きと ウェーバーの劇音楽《トゥーランドット》序曲の旋律に基づく。このウェーバーの原曲自体が18世紀フランスの啓蒙期を代表する思想家で作曲家でもあったジャン=ジャック・ルソー(1712 ~ 78)が編纂した音楽辞典の中の“中国の歌” の旋律の反復によって仕立て上げられているが、ヒンデミットはそれをさらに自由に敷衍している。奇妙なトリルや急速な音階がまとわり付いたかと思うと、金管群にジャズ風の楽想のフガートが現れたり、打楽器群が活躍したりなど、何度も反復される主題が多様に彩られ、賑やかな発展をみせていく。

 第3楽章 アンダンティーノ 原曲はウェーバーの《4手ピアノのための6つの小品》op.10の第2曲。簡素な原曲が陰影豊かに脚色され、主部再現のフルートの装飾が生きている。

 第4楽章 行進曲 前述の《8つの小品》op.60の第7曲による。原曲は葬送行進曲風の荘重な主部と明るさの差し込む中間部からなる素朴な行進曲だが、ヒンデミットは奇怪ともいえる響きをまとわせて原曲をデフォルメし、全く性格の異なる活力あるフィナーレに変容させている。

(寺西基之)

クレメンス・フォン・メッテルニヒ(1773 ~ 1859)はオーストリアの政治家。政治姿勢は保守的で、オーストリア外相として自由主義を抑圧、ナポレオン戦争後のヨーロッパの安定を図った。やがてオーストリア宰相に就任すると、国内に秘密警察による厳しい管理体制を敷き、人々は表面的な秩序は得たものの政治的な自由を失った(その中で小市民的な文化を楽しむ生活様式も生まれた)。これは「メッテルニヒ体制」と呼ばれ、ウィーン会議(1814年)から三月革命(1848年)まで維持された。

作曲年代 1940 ~ 1943年
初  演 1944年1月20日 ニューヨーク
アルトゥール・ロジンスキ指揮 ニューヨーク・フィル
楽器編成 ピッコロ、フルート2、オーボエ2、イングリッシュホルン、クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、大太鼓、小太鼓、テナードラム、トムトム、ウッドブロック、タンブリン、トライアングル、ゴング、シンバル、グロッケンシュピール、チャイム、弦 楽5部




ベートーヴェン:交響曲第7番 イ長調 op.92

 生涯にわたって新しい表現を求め続けたルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770 ~ 1827)は、しばしば同時期に手掛ける2つの作品に全く対照的といえる性格を追求した。中期の1808年に相次いで完成された交響曲第5番《運命》と第6番《田園》もその典型的な例である。

 この第5番と第6番の交響曲の後、彼はしばらく交響曲のジャンルから遠ざかる。ナポレオン戦争による社会状況や、それに絡む彼自身の個人的事情、聴覚障害の悪化などがその背景にあったようだ。彼が再び交響曲へ戻るのは1811年晩秋のことで、この時期から翌1812年にかけて第7番が書き進められ(最終的な完成は1813年初め)、1812年初夏からは第8番も並行して作曲された。

 後期への過渡期にあたる時期に書かれたこれら2作もまた、両者ともにリズムを作品構築上の主たる要素としながら、作風はきわめて対照的で、第7番が中期から受け継いだダイナミックな力強さを持つスケール豊かな様式をとるのに対し、第8番はコンパクトな形式と洒脱な楽想のうちにリズミックな面白さを示している。まさに好一対の姉妹作といえよう。

 本日の第7番は何よりリズムの持つ根源的な力を前面に打ち出している点に特徴があり、一定のリズム・パターンの執拗な反復から生じる躍動感が作品を支配している。徹底して同一リズムを反復することで大交響曲を築き上げるという大胆な発想はいかにもベートーヴェンらしいもので、リズムの力で聴く者を興奮に引き込んでしまうこの作品は19世紀初頭のロックン・ロールとでもいえる魅力がある。のちにワーグナーがこの作品を「舞踏の神化」と評したのも頷けよう。

 第1楽章 ポーコ・ソステヌート~ヴィヴァーチェ イ長調 大規模な4分の4拍子の序奏はリズムよりもむしろ旋律のカンタービレが前面に出ている。こうした明るいカンタービレ志向は後期への過渡期のベートーヴェンに特有のものである。序奏の最後に軽快な付点リズムが現れ、これが8分の6拍子の主部を支配するリズムとなって躍動的な発展をみせる。

 第2楽章 アレグレット イ短調 「タータタ・ターター」という行進曲風のリズムが執拗に反復されるが、短調の主部に対し長調のエピソードを対照させたり、後半にはフガートを用いたりなど、多様な変化を工夫することで曲想に変化をもたらしている。

 第3楽章 プレスト ヘ長調 跳びはねるような主部に対し、2回挟まれるトリオ(アッサイ・メーノ・プレスト ニ長調)は長く延ばされた音が粘りある動きを作り出す。

 第4楽章 アレグロ・コン・ブリオ イ長調。まさにリズムの乱舞といえるような、エネルギー溢れるソナタ形式のフィナーレで、「曲の最後は狂喜し、接吻と抱擁のうちに終わる」(ワーグナー)。

(寺西基之)

作曲年代 1811 ~ 13年
初  演 1813年12月8日 ウィーン 作曲者指揮
楽器編成 フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦楽5部