第865回 定期演奏会Cシリーズ

第866回 定期演奏会Bシリーズ

ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.77

 1877年夏、ヴェルター湖畔の避暑地ペルチャッハの美しい自然の中で交響曲第2番を作曲したヨハネス・ブラームス(1833〜97)は、翌1878年にもここを訪れて、ヴァイオリン協奏曲に取り掛かる。ヴァイオリン協奏曲を作曲しようと思い立ったきっかけは、前年にバーデン=バーデンで聴いたパブロ・デ・サラサーテ(1844 ~ 1908)の演奏に刺激されたことにあるとも言われているが、ベートーヴェン以来のドイツ的伝統を重んじていたブラームスがサラサーテ好みの華麗なヴィルトゥオーゾ協奏曲を書こうとしたわけではないことは、言うまでもない。

 2曲の大作交響曲を書き上げ、交響曲作家としての自信を得ていたブラームスは、協奏曲においてもシンフォニックな特質を求めていた。そのことは当初このヴァイオリン協奏曲がスケルツォを含む4楽章構成で構想されたことからも窺い知れるだろう。結局は伝統的な3楽章様式の作品となったのだったが、全体のがっしりした造型の中で独奏と管弦楽が密に絡みつつ重厚な響きを作り出すこの曲の作風には、ブラームスのめざす協奏曲のあり方がはっきりと示されている。彼の2曲のピアノ協奏曲はしばしば“ピアノ独奏付きの交響曲” と呼ばれているが、このヴァイオリン協奏曲もまた“ヴァイオリン独奏付きの交響曲” といってよい特質を持った作品なのである。

 もちろんだからといって独奏が軽んじられているわけではない。それどころかこのヴァイオリン協奏曲は、ピアノ協奏曲と同様に、独奏者にとってはきわめて高難度の技量が要求される協奏曲となっている。シンフォニックな管弦楽に相対する独奏者には並外れた体力が必要とされるし、10度重音や三重音奏法をはじめとして随所に技巧的な難所が置かれていて、まさに演奏者に真のヴィルトゥオジティを求めた協奏曲なのだ。しかしながら、そうした要素が19世紀流行のヴィルトゥオーゾ様式の協奏曲のように技巧の華麗な誇示に向かうのではなく、音楽のシンフォニックな展開に結び付いた必然的な表現となっている点がブラームスらしいところである。

かかる技巧表現を織り込むにあたって、ブラームスは親友の名ヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒム(1831 ~ 1907)に助言を求めた。独奏パートのスケッチの下の五線譜一段を空白にしたものをヨアヒムに送り、そこに訂正案を書いてもらう形でアドバイスを受けたという。

 こうしてひととおり完成をみたヴァイオリン協奏曲は、1879年元日にライプツィヒでヨアヒムの独奏、ブラームスの指揮によって初演されたが、ヨアヒムはこの初演や続く各地での再演での演奏経験を踏まえた上でさらに細部の変更を提案、ブラームスもそれに沿って改訂の手を入れ、決定稿が仕上げられていくことになる。ヨアヒムの提案にブラームスが難色を示すというような場合ももちろんあって、全部の助言を受け入れたというわけではないが、いずれにしてもこの協奏曲の成立にあたってはヨアヒムがきわめて大きな役割を果たしたといえるだろう。

 第1楽章 アレグロ・ノン・トロッポ ニ長調 4分の3拍子 協奏的ソナタ形式 伸びやかながらも壮大な広がりを感じさせる管弦楽提示部の後、独奏ヴァイオリンが激しいパッセージで登場してくる。その激しさゆえに、続いて独奏が高音域で奏する第1主題の美しさが一層際立って印象的だ。2つの主要主題(第2主題は管弦楽提示部では示されず、独奏提示部になって現れる)の性格はきわめておおらかなものだが、楽章全体は重厚で緊張感をはらんだ展開を繰り広げていく。全曲の半分以上の時間を占める長大な楽章である。

 第2楽章 アダージョ ヘ長調 4分の2拍子 3部形式の緩徐楽章 管楽器のデリケートな響きを背景にしてオーボエ独奏が息の長い美しい主題を歌って開始される。この出だし部分は、まるで管楽合奏伴奏のオーボエ協奏曲のようだ。この主題は独奏ヴァイオリンによって発展させられていく。中間部では気分が不安定に移りゆき、主部と対照を作り出す。

 第3楽章 アレグロ・ジョコーソ、マ・ノン・トロッポ・ヴィヴァーチェ ニ長調 4分の2拍子 リズム的な面白さを強調しつつ華やかに運ばれる快活なロンド・フィナーレ。冒頭に重音によって示される主要主題は、いわゆるハンガリー風すなわちロマ(ジプシー)風の性格のもので、こうした民俗舞曲を思わせる楽想にはハンガリー舞曲の作曲者としてのブラームスの一面が窺えるともいえるだろう。しかしながらその構成と書法はブラームスらしくきわめて綿密かつ論理的で、その中で独奏が鮮やかな技巧を発揮しながら曲を盛り上げていく。

(寺西基之)

作曲年代 1878年
初  演 1879年1月1日 ライプツィヒ 
ヨーゼフ・ヨアヒム独奏 作曲者指揮
楽器編成 フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、ティンパニ、弦楽5部、独奏ヴァイオリン




ブラームス:交響曲第4番 ホ短調 op.98

 2台ピアノのためのソナタを交響曲に改訂しようとするも、その計画が頓挫し、最終的にピアノ協奏曲第1番(1857年)を誕生させたヨハネス・ブラームス(1833~ 97)。その後、彼は、徐々にオーケストラ作品における創作経験を積んでゆく。しかもこうした出来事が、ドイツにおける生活をやめ、オーストリアの都ウィーンへ活動の拠点を移すという、ブラームス自身の人生の変化の中で起きたことは見逃せない。

 ウィーンに腰を落ち着けたブラームスは、この街の音楽文化の伝統から多くを学び取るかたわら、その伝統の上に新たな創作活動を展開することを自他ともに期待され、極限のプレッシャーにさらされてゆく。結果、オーケストラ曲の究極のジャンルと見なされていた交響曲の1作目(交響曲第1番)を完成できたのは、40歳をとうに過ぎた1876年のこと。これによってようやくプレッシャーから解放されたブラームスは、矢継ぎ早に交響曲を作り上げ、1884年には交響曲第4番に着手する。

 ちなみに交響曲第1番には、交響曲の発展に大きな役割を果たしたベートーヴェンの作品を指してしばしば指摘されるような「暗から明へ」という展開がはっきりと聴き取れる。だがその後のブラームスの交響曲は、そうした路線を継承するのではなく、むしろ彼にしか成し得ない独自の作風を帯びてゆくようになり、交響曲第4番はその極北の形となっている。

 一聴して分かるのが、曲全体を覆う諦観や孤独感だ。そこには、ベートーヴェン流の拳を握り締めた戦いも、それに続く勝利の雄叫びもない。そもそも、交響曲第4番の基調をなすホ短調という調性が、伝統的に沈んだ気持ちや悄然とした心を象徴するものだった。

 普通であれば快活に始まる第1楽章からして、アレグロ・ノン・トロッポ(軽快になりすぎずに)と指定され、冒頭にヴァイオリンによって演奏される切れ切れのメロディは、溜息やすすり泣きを想起させる。

 アンダンテ・モデラート(中庸の速さで)という指定のなされた第2楽章も、寂寥感を帯びたホルンで始まり、中間部と終結部には遥かな憧れを秘めたロマンティックな旋律が纏綿(てんめん)と奏でられるも、最後は寂寞とした曲想の中にすべてが収斂してゆく。

 ようやく快活さが出てくるのは、スケルツォ的性格を持つ第3楽章アレグロ・ジョコーソ(速く快活に)。これまでブラームスの交響曲で用いられることのなかったトライアングルまで加わって賑やかになるが、楽章の演奏時間はあまりに短く、高揚した気分はあっけなく終わる。

 その後に続く第4楽章=交響曲の結論部分の主題は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685 ~ 1750)のカンタータ『主よ、我は汝を仰ぎ見る』BWV150の終曲「我が日々は苦しみに満てり」のメロディを基としたもの(BWV150は偽作説もあったが、近年はバッハ最初のカンタータとする説が有力)。アレグロ・エネルジコ・エ・パッショナート(速く、激しく情熱的に)という指示がなされている割には、曲想が深く沈み込む箇所も少なくない。

 しかも、非常にメランコリックな楽想の裏に、きわめて高度な作曲技法が注がれている点も重要だ。第1楽章第1主題は、ホ短調の音階すべてを使用したものとなっており、第2楽章には古代ギリシャの旋法の1つであるフリギア旋法が用いられている。

 第3楽章はスケルツォ風ながら、スケルツォの基本リズムである3拍子ではなく2拍子となっており、さらにスケルツォの王道である三部構成にソナタ形式の要素を加えるという手の込みようだ。第4楽章では、バロック時代にしばしば用いられバッハも得意としたシャコンヌあるいはパッサカリア(低音が何度も同じ音型を繰り返す中で、他の楽器が新たなメロディを展開してゆく一種の変奏曲)が基本となっている。

 進歩進化が唱えられた19世紀にあって、古 (いにしえ) の手法を大胆に用いたブラームスの姿勢は、一見すると時代遅れのように見えるかもしれない。だがブラームスとしては、古から伝わる伝統の中にこそ、進歩進化に狂奔する同時代が見落としてしまった本当の新しさがあると考えていた。

 じっさい、20世紀における「現代音楽」の創始者の1人となったアルノルト・シェーンベルク(1874 ~ 1951)は、ブラームスこそが真の進歩主義者であると賞賛。交響曲第4番の初演に立ち会った若き日のリヒャルト・シュトラウス(1864 ~ 1949)も、この作品を絶賛している。

(小宮正安)

作曲年代 1884 ~ 85年
初  演 1885年10月25日 マイニンゲン
作曲者指揮 マイニンゲン宮廷管弦楽団
楽器編成 フルート2(第2はピッコロ持替)、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、トライアングル、弦楽5部