都響・調布シリーズNo.20

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 op.18

 チャイコフスキー(1840 ~ 93)に連なるロシア・ロマン派の流れを引くセルゲイ・ラフマニノフ(1873 ~1943)は、当代きってのピアノの名手だったこともあり、優れたピアノ作品を数多く残している。そうした彼の作品の中でとりわけポピュラーなのがピアノ協奏曲第2番で、ロシア的な民族感情とピアニスティックな名技性が結び付いた彼らしい傑作として親しまれていることは今さら言うまでもないだろう。

 彼は1899 年にピアニストとしてロンドンを訪れ、成功を収めた。実はこの時、ラフマニノフを招聘した当地のフィルハーモニック協会は彼が新作の協奏曲を弾くことを要望していた。しかしこの時期、ラフマニノフは作曲の面では相当のスランプに陥っており、結局ソロ作品だけが演奏されたのだった。

 スランプの原因は1895 年に作曲した第1交響曲の初演(1897 年)の失敗にあった。彼は長引くスランプから脱すべく、1900 年の1月から4月まで精神科医ニコライ・ダーリ(1860 ~1939)の催眠療法を受ける。この治療のおかげでラフマニノフは立ち直り、夏にはピアノ協奏曲の作曲に本格的に着手、同年中に第2、第3楽章が書かれ(この2つの楽章は同年12 月に私的初演された)、第1楽章は翌年完成された。全曲初演はモスクワで彼自身のピアノで行われて大成功を収めている。

 第1楽章 モデラート ハ短調 ロシアの鐘を想起させる独奏ピアノだけの重々しい和音で始まる。続いてヴァイオリンとヴィオラとクラリネットのユニゾンで現れる重く暗い情熱的な第1主題は、跳躍のないなだらかな旋律線が特徴で、ピアノがアルペッジョでこれを彩る。それに対して叙情的な第2主題はピアノが主役となる。展開部はピアノと管弦楽が拮抗しつつ激しいうねりを作り出し、再現部冒頭では朗々と第1主題を奏する管弦楽に対し、ピアノは展開部に出た新しい動機を強奏して、圧倒的な頂点を築く。

 第2楽章 アダージョ・ソステヌート ホ長調 ラフマニノフ特有の甘く官能的な叙情の支配する緩徐楽章。弱音器付きの弦による神秘的な序奏を受けてピアノがノクターン風に弾き始め、その上にフルートが主題を吹き、クラリネットが受け継ぐ。中間部は一転、落ち着きなく気分が揺れ動いて感情が昂ぶり、テンポも速まっていく。

 第3楽章 アレグロ・スケルツァンド ハ短調 ロンド・ソナタ風のフィナーレで、軽快な管弦楽にピアノの技巧的なパッセージが続く序奏に始まり、やがてピアノが力強い第1主題を奏する。第2主題は管弦楽が息長く表情豊かに歌い(その後半には第1楽章第2主題が組み込まれる)、ピアノに受け継がれる。この2つの主題が交互に現れ、ピアノと管弦楽との丁々発止のやりとりの中で、第1主題による緊迫したフガートをはじめ様々な展開が織り成され、大きく高揚していく。

(寺西基之)

作曲年代 1900~01年
初  演 1901年11月9日(ロシア旧暦10月27日) モスクワ
作曲者独奏 アレクサンドル・シロティ指揮
楽器編成 フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、大太鼓、シンバル、弦楽5部、独奏ピアノ




ベートーヴェン:交響曲第7番 イ長調 op.92

 1808 年に交響曲第5番と第6番を完成させた後、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770 ~1827)はしばらく交響曲のジャンルから遠ざかる。交響曲に限らず、生み出す作品数そのものも一時期かなり少なくなっているのは、フランス軍のウィーン侵攻といった状況もあったようだが、動機労作による徹底した展開法とスケール豊かな構成を結び付けた中期の様式を究め尽くし、一方で聴覚の衰えが一層進行したことなどによる内面の変化が、彼を新しい作風の模索へ向けていったことも大きかったと思われる。

 そして1811 年終わりから1812 年前半にかけて、ベートーヴェンはほぼ4年ぶりに交響曲の作曲に取り組み、交響曲第7番を生み出した(推敲は1813 年初頭になされたようだ)。それは、中期に究めた動機の徹底的な展開法をリズム動機に応用し、一定のリズム・パターンに固執することでひとつの大交響曲を作り上げるという画期的な手法によるものとなった。リズムの持つ根源的な力を生かし、全体にわたって舞踏的ともいえる躍動性が横溢する作品で、リヒャルト・ワーグナー(1813 ~ 83)がこの交響曲を「舞踏の神格化」と評したことは有名である。

 一方この時期のベートーヴェンは、中期における動機中心の隙のない緊密な構築法から離れて、伸びやかな旋律のカンタービレを重んじる傾向を示すようになっていた。交響曲第7番も、旋律はそうした性格を示しており、伸びやかな旋律性と躍動するリズムが結び付くことによって作品はきわめて明るい開放感に満ちたものとなったのである。このような舞踏的リズムと明快な旋律ゆえに、交響曲第7番は当時の聴衆からも直ちに受け入れられ、1813 年12 月8日ウィーン大学の講堂で開かれた傷病兵義援金のための慈善演奏会における初演では、第2楽章がアンコールされるなど、大きな成功を収めている。

 第1楽章 ポーコ・ソステヌート~ヴィヴァーチェ イ長調 4分の4拍子による序奏が置かれているが、これは2つの楽想を持つきわめて長大なものである。やがて一転、付点リズムが木管で奏されて8分の6拍子によるソナタ形式の軽快な主部となり、その付点リズムの支配のうちに躍動的な展開が繰り広げられる。

 第2楽章 アレグレット イ短調 この楽章では「タータタ・ターター」という行進曲風のリズムが一貫して用いられていく。イ短調の主部に対してイ長調のエピソードを対照させたりフガートによる展開部分を挟んだりするとともに、各部分も常に変奏を施すことによって変化をつけるなど、同一的なリズムが繰り返されながらも決して単調に陥ることがないよう、うまく工夫されている。本来は歌謡的な緩徐楽章となるべき第2楽章が、リズム中心のアレグレット楽章となっているところに、この交響曲の特徴が窺える(ちなみにほぼ同時期に書かれた交響曲第8番も、全く異なった手法ながら同じくリズムに重きを置いた作品で、やはり緩徐楽章を欠く)。

 第3楽章 プレスト ヘ長調 跳びはねるようなスケルツォの主部と、長い持続音を持つ伸びやかなトリオ(アッサイ・メーノ・プレスト、ニ長調)がA-B-A-B-Aの形で配される。

 第4楽章 アレグロ・コン・ブリオ イ長調 まさしくリズムの乱舞といってよいような、エネルギッシュに邁進するソナタ形式のフィナーレで、興奮の渦の中で大きな高揚を作り上げていく。

(寺西基之)

作曲年代 1811~12年
初  演 1813年12月8日 ウィーン 作曲者指揮
楽器編成 フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦楽5部