第859回 定期演奏会Cシリーズ

 本日の曲目から感じられるテーマは「異文化との出会い」。ボヘミアの作曲家がアメリカ文化に触発されて書いた《新世界より》、ジャズや南米の音楽を採り入れた《ウエスト・サイド・ストーリー》、パリの旅情が反映された《パリのアメリカ人》。ニューヨーク・フィルによって初演された3曲を、同フィルの音楽監督を務めたギルバートが指揮するこだわりのプログラムです。(編集部)

 

ドヴォルザーク:交響曲第9番 ホ短調 op.95 B.178《新世界より》

 アントニン・ドヴォルザーク(1841~1904)は1892年から95年にかけてニューヨークを本拠に活動した。すでに後期の円熟期に入り、ボヘミア(チェコ)の国民主義的な作曲家として高い名声を得ていた彼が、大西洋を超えてアメリカに移り住んだのは、ニューヨークのナショナル音楽院院長のポストが与えられたからだった。

 音楽院を創設したジャネット・サーバー夫人(1850~1946)から院長のポストの打診があったのは1891年のことで、最初はドヴォルザークはこれを断った。ボヘミアの国民的な音楽を求めて活動してきた愛国者ドヴォルザークにとって、自分が母国を離れて新大陸で活動するなど考えもできないことだったに違いない。しかし、サーバー夫人の再三にわたる懇請に、ドヴォルザークはついに契約書にサインする。相当に迷った末の決断だったが、1年に4ヵ月もの休暇が与えられることと、それまで務めていたプラハの音楽院の給料の実に約25倍という報酬がもらえるという破格の条件が決め手となった。こうして彼は1892年9月、12日間の長い旅程を経て、新大陸に到着したのだった。

 新任地で暖かい歓迎を受けたドヴォルザークは、当初ニューヨークの生活が気に入り、また作曲の授業やオーケストラの指導といった教授活動はもちろんのこと、院長としての雑務も忠実に果たすなど、熱意をもって職務に取り組んでいった。また、黒人霊歌やインディアンの音楽などの民俗音楽や、アメリカ文学など、アメリカの文化に刺激を多く受けた。

 そうした中、新天地での初めての大作として作曲に着手したのが交響曲第9番だった。これは1893年初めから書き始められ、同年5月に完成をみている。アメリカの詩人ロングフェローの叙事詩「ハイアワサの歌」に霊感を得たり、いくつかの楽想がアメリカの民俗音楽や黒人霊歌と通じるものであるとされるなど、この作品にはアメリカで受けた影響がさまざまな形で盛り込まれていることが指摘されている。

 しかしだからといってこの作品をアメリカ的ということはできないだろう。ドヴォルザーク自身この交響曲について、わずかにアメリカ風であり、作曲にあたってインディアンの歌も含むアメリカのモティーフを集めたことなどを述べる一方で、結局はチェコの音楽であると記しているが、そのとおり、この作品はアメリカの民俗音楽の要素や新大陸の文化の影響を示しつつも、一方でそうした要素もボヘミアの音楽の特徴に重ね合わされて、まさにチェコの国民作曲家ドヴォルザークならではの民族色豊かなものに仕上げられている。

 この作品を書いていた頃、すでにドヴォルザークは言語も生活習慣もまったく違う異国の生活環境に違和感を覚え始め、母国を懐かしく思うようになっていた。やがては強度のホームシックに繋がっていくことにもなるそうした郷土への思いは、この交響曲にはっきりと刻印されているといえよう。遠く離れているがゆえに一層強まる母国を愛する感情が、この作品には滲み出ているようだ。彼自身によって付けられた題も意味深長で、「新世界」ではなく「新世界より」としているところに、新大陸から発信する母国への便り、新世界から送る母国への思いといった彼の心情が示されていると思われる。

 第1楽章 アダージョ~アレグロ・モルト どこか深刻な面持ちに始まり、突如激情を露わにする序奏は、この楽章の起伏の激しさを先取りしている。主部の第1主題(序奏において予示されている)はホルンが示す雄大なもので、これが全楽章を通じての循環主題となる。

 第2楽章 ラルゴ イングリッシュホルンによる有名な主題を持つ叙情豊かな3部形式の緩徐楽章。ロングフェローの叙事詩「ハイアワサの歌」の森の葬式の情景に関わるものとされ、黒人霊歌などとの関連も指摘されているが、全体を支配するのはノスタルジックな情感である。

 第3楽章 スケルツォ/モルト・ヴィヴァーチェ これもまたロングフェローの「ハイアワサの歌」の結婚の儀式でのインディアンの踊りに霊感を得たといわれるスケルツォだが、性格的には明らかにボヘミアの民俗舞曲を思わせる。

 第4楽章 アレグロ・コン・フオーコ 激しい情熱と郷愁感とが入り交じるソナタ形式のフィナーレ。前の3つの楽章の主題も回想しながら変化溢れる展開が繰り広げられる。コーダでも各楽章の主題が現れて盛り上がりを築き、最後は遥かな故郷を夢見るかのような、管楽器によるホ長調の長い和音のうちに余韻を残して閉じられる。

(寺西基之)

作曲年代 1893年
初  演 1893年12月16日 ニューヨーク
アントン・ザイドル指揮 ニューヨーク・フィル
楽器編成 フルート2(第2はピッコロ持替)、オーボエ2(第2はイングリッシュホルン持替)、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、シンバル、トライアングル、弦楽5部




バーンスタイン:『ウエスト・サイド・ストーリー』より「シンフォニック・ダンス」

 『ウエスト・サイド・ストーリー』といえばミュージカル史でも屈指の傑作。その輝きは1957年の初演から今に至るまで褪せることがない。筋書きは『ロミオとジュリエット』の現代版だ。舞台となるニューヨークの社会背景をおりまぜながら、イタリアやアイルランドやポーランドといった欧州移民系の血を引く白色系アメリカ人と、プエルトリコ系アメリカ人からなる2つの不良少年グループ(順に“ジェッツ”と“シャークス”)の抗争、そしてそれに翻弄される主人公トニーとマリアの悲恋が扱われていく。

 「シンフォニック・ダンス」のスコアは作曲者レナード・バーンスタイン(1918~90)監修のもと、シド・ラミン(1919~)とアーウィン・コスタル(1911~94)によって編まれた。全編を貫く旋律美や、変拍子を交えたリズムの冴えばかりでなく、細部に張り巡らされた動機群の緊密な関係性(そこからフーガまで繰り出される)にも聴くべきものが多い。つまりは“作曲家バーンスタイン”の面目躍如たるオーケストラ・ピース。原作とは音楽の登場順序が部分的に入れ替わっているが、筋の流れをおおまかに追いながら、以下の曲が切れ目なく続く構成である。

 ジェッツとシャークスが小競り合いを演じるところに警官が闖入する「プロローグ」。安息の地への憧れを歌う「サムウェア」は最終場面でも重要な役割を果たす。続く「スケルツォ」は少年たちが手をとりあって踊る未来を夢に見る場面。

 トニーとマリアが出会う体育館でのダンス・シーンで流れるのが、おなじみのかけ声も耳に愉しい「マンボ」だ。踊りの最中で恋に落ちた2人が軽快にステップを踏むのが「チャチャ」。初めて会話を交わす彼らのシルエットに優しくも静謐な響きが寄り添う「出会いの場面」。シャークスと決闘の段取りを交わすことになったジェッツの面々が、その昂る気持ちを冷まそうと踊りに興ずる「クール~フーガ」は、ジャズの香りを濃厚に漂わせながら次第にテンションを高める。

 劇の山場をなす「ランブル(乱闘)」で、トニーは仲裁に入りながらも思わぬはずみでマリアの兄を刺し殺してしまい、再会を果たしたマリアの前で報復の銃弾が彼の命まで奪う。「フィナーレ」では彼の亡骸を囲む少年少女の姿が、愛惜と悔悟の念にほのかな希望が交錯する形で描かれていく。

(木幡一誠)

作曲年代 1955~57年に作曲された舞台作品から1960年に編曲
初  演 1961年2月13日 ニューヨーク
ルーカス・フォス指揮 ニューヨーク・フィル
楽器編成 フルート3(第3はピッコロ持替)、オーボエ2、イングリッシュホルン、小クラリネット、クラリネット2、バスクラリネット、アルトサクソフォン、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、ボンゴ、タンブリン、ティンバレス、トムトム、小太鼓、コンガ、テナードラム、大太鼓、音程のあるドラム、ドラムセット、トライアングル、シンバル、フィンガーシンバル、カウベル、タムタム、ヴィブラフォン、グロッケンシュピール、チャイム、ウッドブロック、ギロ、マラカス、シロフォン、警官の笛、ハープ、ピアノ(チェレスタ持替)、弦楽5部




ガーシュウィン:パリのアメリカ人

 1928年の3月、ジョージ・ガーシュウィン(1898~1937)は兄アイラ(1896~1983)や友人たちと連れ立ってパリの地に降り立った。ニューヨーク・フィルハーモニックから委嘱された管弦楽曲を、かねてから頭に抱く“パリ風の楽想”で書き上げようと目論んでいたガーシュウィンにとっては、物見遊山だけが目的の旅では毛頭ない。滞在中の8月には2台ピアノ用の草稿が完成し、帰国後の11月18日に《パリのアメリカ人》のスコアが脱稿に至る。パリ土産として鞄に入れた“タクシーの警笛”4本も首尾よく初演で使われ、曲に本場(!)の空気感を添えることとなった。

 ガーシュウィン自身の説明によると、これは「パリを訪れたアメリカ人が街をそぞろ歩き、ざわめきに耳を傾け、異国情緒に心を奪われる」さまを描いた交響詩である。冒頭から耳にとまる“散策の動機”と共に軽妙なタッチで曲は進んでいくが、やがてトランペットのソロが“ブルース”を奏でる。「我らが同胞はカフェで一杯やるうち、思いがけずホームシックにかかったようです」というのも作曲者の弁。にぎやかなチャールストンのリズムに乗って主人公は再び散策に励み、最後は都会の喧噪に身を委ねるようなコーダによって閉じられる。

(木幡一誠)

作曲年代 1928年
初  演 1928年12月13日 ニューヨーク
ウォルター・ダムロッシュ指揮 ニューヨーク・フィル
楽器編成 フルート3(第3はピッコロ持替)、オーボエ2、イングリッシュホルン、クラリネット2、バスクラリネット、サクソフォン3、ファゴット2、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、大太鼓、シンバル、小太鼓、トライアングル、グロッケンシュピール、トムトム、タクシーの警笛、ワイヤブラシ、シロフォン、ウッドブロック、チェレスタ、弦楽5部