第855回 定期演奏会Bシリーズ

メンデルスゾーン: 交響曲第3番 イ短調 op.56《スコットランド》

 ヤーコプ・ルートヴィヒ・フェーリクス・メンデルスゾーン=バルトルディ(1809〜47)は、ドイツ、ハンブルク生まれの音楽家(従来はフェリックスという米語風が多かったが、近年ではドイツ語読みのフェーリクスと表記されることが増えてきている)。 メンデルスゾーンは現存しているだけで、全部で5つの交響曲を書いた(ここでは初期の「弦楽のための交響曲」については触れない)。それらを作曲順に並べてみれば一目瞭然だが、《スコットランド》と通称されるこの交響曲は、「第3番」とされつつも、最後に完成されたものである。

 (完成) (出版)

 1824年  1831年  第1番
 1830年  1868年  第5番《宗教改革》
 1833年  1851年  第4番《イタリア》
 1840年  1841年  第2番《讃歌》
 1843年  1843年  第3番《スコットランド》

 ナンバリング(上記は旧全集による)は、作曲順でなく出版順に付けられたものであり、両者が一致しないことは当時としては珍しいことではない。さらに、メンデルスゾーンには改訂癖があったので、最終的な完成という基準をどこに設定するかもやや複雑である。この《スコットランド》交響曲も初演から出版までの間に改訂が施されている(従って本稿では「完成」を出版年と同じとし、初演はそれに先立つ第1稿によるものを掲載している)。

 そもそもの作曲は1829年に遡る。その年、ベルリンで《マタイ受難曲》の蘇演を果たした20歳のメンデルスゾーンは、同年4〜12月の間、初めて親元を離れ、音楽家としての教養を身につけるためにスコットランド、ウェールズ、イングランドへと旅立った。その際に訪れたスコットランドでの印象が音楽として結晶化したのがこの作品。第1楽章冒頭の旋律はメアリー女王が住んだホリルード宮殿の廃墟を訪れた際(1829年7月30日)に思いついたものだという。

 しかし、その後《宗教改革》を書くことになったため、《スコットランド》作曲は中断。1830〜31年にローマに滞在した折にも作曲のチャンスは訪れたが、これは《イタリア》に姿を変える。1838〜40年には《讃歌》と続き、それが完成した1841年夏、ようやく《スコットランド》に集中し、翌年1月に書き上げることができた。初演はその直後の3月にライプツィヒで行われ、ヴィクトリア女王に献呈された。総譜とパート譜の出版は1843年3月1日、ブライトコプ社(ライプツィヒ)から。改訂を含めると、決定稿となるまでに実に14年を要したことになる。

 全4楽章から成り、各楽章はアタッカ(切れ目なし)で続けるよう作曲者は指示を遺している。以下の各楽章のテンポ表示は改訂後のものだが、初演時は現行とやや異なっていた。

 第1楽章 アンダンテ・コン・モート〜アレグロ・ウン・ポーコ・アジタート イ短調、4分の3拍子の63小節にわたる長大な序奏で始まる。古(いにしえ)を想うかのような哀感の滲む音楽で、先述した1829年のスコットランド旅行時にスケッチされたのはこの部分のことを指す。アレグロからが主部。ソナタ形式、8分の6拍子で同じくイ短調をとる。第1主題は第1ヴァイオリンに置かれ、クラリネットが被せられている。第2主題はホ短調でクラリネットから。提示部が過ぎると、“嵐のシーン”と呼ばれる展開部に入る。再現部、コーダを経て、最後に短く序奏が再現される。

 第2楽章 ヴィヴァーチェ・ノン・トロッポ 4分の2拍子、ヘ長調。ソナタ形式にロンドが組み合わされたスケルツォ楽章。短い前奏と後奏が付くのが特徴のひとつである。クラリネットの明るい旋律が主要主題。《真夏の夜の夢》で聴かれるような軽やかな弦楽器の走句が印象的だ。第2主題は、第1ヴァイオリンが pp で聴かせる8分音符での下降音型。バグパイプの雰囲気や、スコットランド民謡的な味わいを織り込んでいると評される楽章である。

 第3楽章 アダージョ 4分の2拍子、イ長調の緩徐楽章。当楽章も前奏と後奏、さらに間奏が付く(間奏を展開部とするソナタ形式と見ることも可能)。第1ヴァイオリンが歌うリートのような部分(第1主題)と、クラリネット、ファゴット、ホルンで始められる同音反復を基調とする行進曲風な部分(第2主題)から成り、間奏(展開部)を挿んで後、それらは変奏しつつ再現される。再現部の少し前から、実に23小節にわたり、チェロのたっぷりとした歌が聴かれる。また、この部分には第3ホルンが単独でずっと寄り添っているので、そちらも是非注目してほしい(75〜97小節)。

 第4楽章 アレグロ・ヴィヴァチッシモ〜アレグロ・マエストーソ・アッサイ 2分の2拍子、イ短調。第2楽章と同じく、ソナタ形式にロンドが組み合わされている。第1主題は、開始後すぐにヴァイオリンが奏す、跳躍が特徴的な音型。第2主題は、編成がぐっと小さくなった中、第1ヴァイオリンがひそやかにH(ロ)音を刻む上をオーボエが吹く旋律である。展開部ではフガートが用いられ、音楽の緊密度が高められているのも巧みである。珍しいのはコーダが2つの部分から成ること。前半はクラリネットがモノローグのように静かに歌い始める直前から。その後、フェルマータを挿むと、アレグロ・マエストーソ・アッサイに転ずる。95小節もの長さを持つこのイ長調のコーダ後半によって全曲は輝かしく壮大にまとめられる。

(松本 學)

作曲年代 1829〜42年 改訂/1843年
初  演 1842年3月3日 ライプツィヒ 作曲者指揮 ゲヴァントハウス管弦楽団
楽器編成 フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、ティンパニ、弦楽5部

コリリアーノ: ミスター・タンブリンマン−ボブ・ディランの7つの詩

 2008年グラミー賞受賞作品

 (クラシック現代作品部門、ベスト・クラシカル・ヴォーカル・パフォーマンス部門) シルヴィア・マクネアーからカーネギー・ホールで歌う大きな連作歌曲を作曲してほしいと依頼された時、彼女が私に提示した希望はただ一つ、アメリカのテクストを使ってほしい、ということだった。

 成人後の私の作品で、テクストを扱った詩人は4人だけである。スティーブン・スペンダー、リチャード・ウィルバー、ディラン・トーマス(私のオラトリオ《ディラン・トーマスの詩による3部作》は彼の傑作に基づいている)、そしてウィリアム・M・ホフマンである。ウィリアムとのコラボレーションは数々あるが、オペラ『ヴェルサイユの幽霊』が筆頭にあげられる。今回も彼に新しいテクストを創作してもらうほか、私にはアイデアが浮かばなかった。

 ただし、ボブ・ディランというフォーク・シンガー/ソングライターの評判が非常に高いことはいつも聞いていた。だが私は自分のオーケストラの書法を磨くことに懸命で、世界中がディランの歌を聞いていたころ、私は彼の曲をまったく聞いたことがなかった。 そこで彼の詩集を買ってみた。すると多くの詩に、私の知るどの詩にも引けをとることのない、美しく、すぐに心に響く言葉が並んでいるのがわかった。そして驚いたことに、私自身の音楽言語との相性がぴったりだと感じた。すぐに私はボブ・ディランのマネージャーのジェフ・ローゼンにコンタクトを取り、ディランの詩を私の音楽に使用したいという考えを伝えた。

 未だかつて、そのような試みがなされたという例はなかったので(それも私にとっては大きな魅力だった)、私はディランの作品のアレンジをしたり、変奏曲を作ったり、原曲を借用するのではないということ、そして自分の連作歌曲を完成させるまではディランの原曲を聞かないと決めていることをマネージャーに説明した。シューマンやブラームスやヴォルフたちが、ゲーテの同一の詩を自分たちの音楽スタイルの中で再解釈したのと同じように、私はディランの詩を私が受け止めるままに扱いたいと思った。ポップスやロックを書くことに挑戦するつもりもない。ポピュラー・アートとの強い結びつきのある詩を取り上げ、それを言うなれば反対方向の、クロスオーバーによるコンサート芸術へと差し向けたいと思ったのだ。ディランは許可をくれて、私は作品に取りかかった。

 35分の連作歌曲のために、私は7つの詩を選んだ。空想的で華麗なプロローグ「ミスター・タンブリンマン」に続いて、5つの鋭敏で内省的なモノローグが作品の中心部分を形成する。そしてエピローグの「いつまでも若く」は一種のフォーク・ソング的ベネディクトゥス(祝祷)であり、これが作品を締めくくる。5つの歌は、感情の成熟、市民が成熟していく旅をドラマティックに辿る。無邪気な「物干し」に始まり、広い世界があることに気づき始め(「風に吹かれて」)、「戦争の親玉」では政治に対する怒りを覚え、この世の終わりを予感し(「見張塔からずっと」)、思想の勝利というヴィジョンに到達する(「自由の鐘」)。音楽的には、5つの歌それぞれが伴奏的なモティーフを提示し、それが次の曲の主要モティーフとなる。「物干し」の下行音階は「風に吹かれて」のパッサカリアとして浮かび上がる。「風に吹かれて」の脈打つような音型は、「戦争の親玉」で打ち鳴らされるオスティナートとして引き継がれる。「戦争の親玉」の終わりに爆発的に現れる切迫した和音は、「見張塔からずっと」の騒がしい伴奏へと繋がる。そして「見張塔からずっと」で反復する音型は、「自由の鐘」の鐘の音へと溶けていく。

 声楽とピアノによる版を作曲してから数年後、私はこの作品をオーケストレーションした。(ディランのテクストだけに)ソプラノは“オペラティック”に歌ってほしくはない。そのため増幅(amplified)することを明確に記した。アンプを用いることで、ソプラノはオーケストラに重ねて発声しながらも、親密な声音を維持することができる。作品はマーク・アダモに捧げられている。

(ジョン・コリリアーノ/飯田有抄訳)

作曲年代 ピアノ版/2000年
オーケストラ版へ改訂/2003年
初  演 ピアノ版/2000年3月15日 ニューヨーク
  シルヴィア・マクネアー(ソプラノ)マーティン・カッツ(ピアノ)
オーケストラ版/2003年10月23日 ミネアポリス
  ヒラ・プリットマン(ソプラノ)
  ロバート・スパーノ指揮 ミネソタ管弦楽団
楽器編成 フルート3(第2・第3はピッコロ持替)、オーボエ3(第3はイングリッシュホルン持替)、クラリネット3(第3は小クラリネット/バスクラリネット持替)、ファゴット3(第3はコントラファゴット持替)、アルトサクソフォン(バリトンサクソフォン持替)、ホルン4、トランペット4、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、ヴィブラフォン、シロフォン、グロッケンシュピール、チャイム、フレクサトーン、タムタム、メタルプレート、サスペンデッドシンバル、トライアングル、ハンマー、ポリスホイッスル、タンブリン、ヴィブラスラップ、スラップスティック、小太鼓、テナードラム、大太鼓、テンプルブロック、ウッドブロック、ハープ、ピアノ、弦楽5部、独唱ソプラノ(アンプ使用)

ジョン・コリリアーノ John Corigliano


ジョン・コリリアーノ
©J. Henry Fair

ジョン・コリリアーノ

 1938年ニューヨーク生まれ。現代音楽において、最も豊かで、個性的で、幅広い作風による作品を世に送り続けているアメリカの作曲家。代表作は、打楽器と弦楽のための《奇術師》、ヴァイオリン協奏曲《レッド・ヴァイオリン》、交響曲第3番《サーカス・マキシマス》、交響曲第2番、交響曲第1番、オペラ『ヴェルサイユの幽霊』など。ジュリアード音楽院作曲科で教え、ニューヨーク市立大学レーマン・カレッジで特別教授を務めている。