第851回 定期演奏会Cシリーズ/都響スペシャル

シューベルト:交響曲第7番 ロ短調 D759 《未完成》

 通常の4つの楽章のうち、前半の2つしか完成していない(第3楽章は一部分のみ残されている)ので未完成である。だから誰がつけたかは知らぬが、この俗称は安直かつ即物的な意味では全く正しい。しかしフランツ・シューベルト(1797~1828)には他にも未完成の作品が多いし、ブルックナーやマーラーの交響曲にも未完成の作品はある。だがそれらは、このシューベルトのロ短調交響曲のように、《 》つきの未完成とは呼ばれない。従ってもはやこの交響曲のそれは、ほぼ固有名詞と化した感がある。

 だがこれは、何と絶妙な命名であることか。《未完成》という言葉の中にある、未熟ゆえに甘酸っぱく傷つきやすい青春の響き、そして狂おしいほどの憧れと陶酔と絶望。もちろんそれは外国語ではなく日本語の《未完成》でないと駄目なのだが、見事にこの作品のロマン的本質を言い表している。

 さてこの曲は、シューベルトが1823年にグラーツにあるシュタイアーマルク音楽協会の名誉会員へ推挙された際、答礼として贈った未完の旧作であるらしい。そんな大切な答礼に中途半端なものを贈る作曲者もどうかと思うが、スコアを受け取った同協会会長のアンゼルム・ヒュッテンブレンナー(1794~1868/シューベルトの友人)も、いつしかその存在を忘れ、作曲後43年間この作品は闇に埋もれたままになっていた。

 作曲者の死後、再評価の機運が高まって思い出したか、ヨーゼフ・ヒュッテンブレンナー(1796~1882/アンゼルムの弟で同じくシューベルトの友人)は兄の許にシューベルトの未発表の交響曲があることを指揮者ヨハン・ヘルベック(1831~77)に伝えた。かくして1865年に、この交響曲は長い眠りから覚めたのである。

 ともあれ、この作品が未完のまま放置された真相は作曲者しか分からないが、第1楽章から第3楽章まですべて3拍子になってしまうため、シューベルトとしても大幅な計画の変更を考えざるを得ず、そのうちに機会を逸したと推察するのが最も自然かもしれない。

 第1楽章 アレグロ・モデラート ロ短調 4分の3拍子 ソナタ形式。美しいロマン的色彩に満ちた名高い第1主題と第2主題も重要だが、冒頭に聴かれる3度上行の導入モティーフも、この交響曲全体の骨格的要素となるものである。これらの主題とモティーフを軸として、感情の起伏の激しい音楽が奏される。

 第2楽章 アンダンテ・コン・モート ホ長調 8分の3拍子 展開部を欠くソナタ形式。冒頭で3度上行するモティーフの一部が奏された後、憧れに満ちた第1主題が弦楽器で歌われる。第2主題は弦楽器の静かなシンコペーションの上に木管が明滅し、その微妙な和声の色彩が著しく幻想的。この楽章も、夢幻と激情の間を揺れ動く。

(石原立教)

作曲年代 1957年2月5日完成
初  演 1865年12月17日 ウィーン ヨハン・ヘルベック指揮
楽器編成 フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、弦楽5部

チャイコフスキー:交響曲第6番 ロ短調 op.74《悲愴》

 ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840~93)の辞世の作となったこの交響曲が標題を秘めていることは、作曲者自身が示唆している。第1楽章のスケッチを終えてまもない1893年2月11日(ロシア旧暦)の手紙に「この曲には標題があるが、それは聴く人の想像に任せ、謎のままにしておく。その標題はまことに主観的なもので、私は旅行中、この曲を構想しながらひどく泣いた」と記されているのだ。構想中に泣くほどに主観的、とは尋常ではないが、この交響曲がきわめて感情的な、死にまつわる標題を秘めていることは、作品そのものからも明らかだ。

 第1楽章の暗く激しい闘争的性格や展開部でのロシア正教の死者のための聖歌の引用、第4楽章における「ラメントーソ(悲しみに沈んだ)」の表記どおりの重々しさと感極まったような感情表現、そして事切れるような終結。何より伝統的な楽章配置を敢えて崩してまでラメントーソの緩徐楽章を最後に置いたことに、劇的な闘争→死といった標題性が浮かび上がる。

 実はこの交響曲の前に、チャイコフスキーは《人生》という題の交響曲を構想しており、そのスケッチに“終曲=死、崩壊の結果” “終楽章は消え行くように閉じる”といったメモが記されていた。この交響曲は断念されたが、新たに書き始められた第6番にその標題上のアイデアが受け継がれたことは間違いない。また完成後の1893年9月、彼はコンスタンチン・ロマノフ大公(1858~1915)から詩人アレクセイ・ニコラエヴィチ・アプーフチン(1840~93)を追悼する《レクイエム》の作曲を持ちかけられているのだが、近々初演される交響曲第6番がレクイエム的性格を持っているという理由で断わっている。彼にとってこの曲は一種のレクイエムだったことがこのことから推測される。

 こうしたことからも作品のテーマが死に関わるものであることは明らかといえるのだが、チャイコフスキーは結局、「悲愴(パテティック)」(ただこれに相当するロシア語の“パテティーチェスカヤ”は激しい感情性を表すもので、和訳の“悲愴”とニュアンスが異なる)という題以外は、先の手紙のとおり具体的な標題内容を謎のままにした。この題は従来は初演後に実弟モデスト(1850~1916)の提案によって付けられたとされていたが(これはモデストが著した『チャイコフスキー伝』に基づく)、近年の研究では初演前の1893年9月20日(ロシア旧暦)に出版社ユルゲンソンがチャイコフスキーに宛てた手紙の中にすでに「悲愴」という題が現れることからみて、作曲者自身が以前から「悲愴」という題を考えていたものと思われる。

 チャイコフスキーが自らこの曲の初演を指揮したわずか9日後に突然世を去ってしまったことも、作品の特質との関わりから様々な憶測を生んできた。コレラ感染による病死という公式発表に対し、早くから自殺説も囁かれ、1980年代にはそうした自殺説が、同性愛に関する裁判で服毒自殺を命じられたという新説として再浮上、その説に基づいて《悲愴》を異常な状況下の産物として解釈する見方も一時広まった。この説は様々な反証ゆえに今では問題にされなくなったが、こうした説につい結び付けたくなるほどにこの作品は切実なまでに悲劇的かつ感情的な性格を持ったものであるといえるだろう。

 第1楽章 アダージョ~アレグロ・ノン・トロッポ ロ短調 沈鬱な序奏に始まる。主部はソナタ形式で、不安に満ちた第1主題と切々たる第2主題(アンダンテ)が対照を作り出し、劇的な展開部では、前述のように死者のためのロシア聖歌も引用されて悲劇性が強調される。

 第2楽章 アレグロ・コン・グラーツィア ニ長調 4分の5拍子のワルツ楽章で、優美さの中に不安な情感を漂わせている。

 第3楽章 アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ ト長調 4分の4拍子のマーチと8分の12拍子のスケルツォの動きを重ね合わせた祝典的な楽章。その華麗な明るさと高揚感は、次の楽章の悲劇を一層際立たせる役割を果たすことになる。

 第4楽章 フィナーレ/アダージョ・ラメントーソ ロ短調 悲痛なフィナーレで、むせび泣くような主題(その旋律は第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが一音ずつリレーする形で形成される)で始まり、重々しく進む。ニ長調の副主題も幸福な日々を懐かしむようでやるせない。最後近くタムタムが死を暗示し、金管の厳かな葬送風の響きを経て、短調の副主題によって息絶えるように終わる。

 なお自筆譜ではこの楽章の冒頭は当初アンダンテと記されていたものが抹消されて他人の手でアダージョに書き換えられているが、チャイコフスキーが生前承認していたピアノ二重奏編曲版の楽譜がアダージョであることや、初演プログラムにもアダージョと印刷されていることから、彼自身が認めた変更と考えられる。

(寺西基之)

作曲年代 1893年
初  演 1893年10月28日(ロシア旧暦16日)
サンクトペテルブルク 作曲者指揮
楽器編成 フルート3(第3はピッコロ持替)、オーボエ2、クラリネット2(第2はバスクラリネット持替)、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、大太鼓、シンバル、タムタム、弦楽5部

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