第846回 定期演奏会Bシリーズ

R.シュトラウス:組曲《町人貴族》op.60

 リヒャルト・シュトラウス(1864~1949)は作家フーゴー・フォン・ホフマンスタール(1874~1929)の台本によるオペラ『ばらの騎士』の初演(1911年1月26日)の大成功を受けて、ホフマンスタールとこれを演出したマックス・ラインハルト(1873 ~1943)とともに次の企画に乗り出した。

 それは、17世紀フランスの劇作家モリエール(1622~73)のコメディ・バレエ『町人貴族』〔バロックの作曲家ジャン=バティスト・リュリ (1632~87)の音楽付きで1670年に初演〕に新たに曲を付けるとともに、第3幕で成り上がり貴族の主人 公ジュルダンが招待客に見せる劇中劇として、神話の悲劇とドタバタ喜劇を融合させたホフマンスタール台本のオペラ『ナクソス島のアリアドネ』を加えるという企画だった。

 この計画に沿って1911~12年にシュトラウスは劇音楽と劇中劇オペラを作曲、こうして装い新たになった『町人貴族』は1912年10月25日シュトゥットガルトで作曲者の指揮、ラインハルトの演出で初演されたが、芝居とオペラを繋ぎ合わせた点に無理があり、不評に終わる。

 そこでシュトラウスとホフマンスタールは、劇中劇を独立させ、その前にプロローグを付加した単独のオペラ作品に改作した。これが今日『ナクソス島のアリアドネ』として知られるオペラで、1916年10月4日ウィーンで初演された。 一方、劇のための音楽は、モリエールの原作をホフマンスタールが改作した形の上演で再度用いられることとなる。その際、シュトラウスは当初の曲に加えて1917年に新たに曲を追加し、この劇は1918年4月9日ベルリンで初演された。

 この劇音楽はモリエール劇に相応しく、切りつめた編成による擬バロック風の書法によっている。シュトラウスはさらにその中から以下の9曲を選び、組曲《町人貴族》を編んだ。第5~7曲は1917年に追加された音楽からとられている。

 第1曲 第1幕への序曲(ジュルダン-町人)楽天的な楽想(ピアノと弦合奏)、尊大な管楽器群の動機、軽薄なトランペットの旋律などが成り上がり貴族ジュルダンを描写する。一転、後半はオーボエが優美な旋律(『ナクソス島のアリアドネ』プロローグに転用)を歌う。

 第2曲 メヌエット ジュルダンの踊りの稽古場面でのロココ調の曲で、弦の伴奏上に2本のフルートが舞う(この楽想も『ナクソス島のアリアドネ』プロローグに 転用)。

 第3曲 剣術の先生 金管とピアノの大仰なやり取り等のユーモラスな描写はシュトラウスの独壇場。後半は一転、急迫した音楽となる。

 第4曲 仕立て屋の入場と踊り 軽やかな楽想で仕立て屋が登場、低弦の持続低音も利いている。続くポロネーズ風の踊りでは独奏ヴァイオリンが活躍。

 第5曲 リュリのメヌエット 第2幕の前奏用として1917年にリュリの曲を編曲したもの。

 第6曲 クーラント 宴会のお開きの曲で、カノンの手法を取り込んだ凝った書法がシュトラウスらしい。

 第7曲 クレオントの登場 ジュルダンの娘リュシルに恋するクレオントがトルコの王子に成りすまして登場する場面。リュリの曲のアレンジで、神妙な弦合奏に始まり、軽快な木管とトライアングルの中間部を挟んで、再び最初の楽想が回帰、ここでは管・打楽器も加わり壮麗に盛り上がる。

 第8曲 第2幕への前奏曲(間奏曲)(ドラントとドリメーヌ-伯爵と公爵夫人)  ジュルダンが心惹かれるドリメーヌ公爵夫人とその恋人ドラント伯爵を描く。当初は第2幕の前奏曲だったが、改訂の際に場面が移動したため間奏曲となった。様々な組み合わせの2つの楽器がソリスティックに艶めかしいデュオを奏でる。

 第9曲 饗宴(食卓音楽と料理人たちの踊り) ジュルダン主催の宴会。料理を運ぶ仰々しい音楽に始まり、多様な楽想が次々出現、出てくる料理が様々な引用 (ラインの鮭がワーグナーの『ラインの黄金』、羊肉が自作の《ドン・キホーテ》の 羊の場面、鳥料理が自作『ばらの騎士』中の小鳥の声の描写)で示され、後半は“料理人たちの踊り”で華やかに盛り上がる。

(寺西基之)

作曲年代 1911~17年
初  演 1920年1月31日 ウィーン
作曲者指揮
楽器編成 フルート2(ピッコロ持替)、オーボエ2(第2はイングリッシュホルン持替)、ク ラリネット2、ファゴット2(第2はコントラファゴット持替)、ホルン2、トラン ペット、バストロンボーン、ティンパニ、小太鼓、タンブリン、トライアングル、大 太鼓、シンバル、グロッケンシュピール、ハープ、ピアノ、ヴァイオリン6、ヴィオ ラ4、チェロ4、コントラバス2

ツェムリンスキー:交響詩《人魚姫》

 アレクサンダー・フォン・ツェムリンスキー(1871~1942)のこの作品は、題名からも明らかなようにハンス・クリスチャン・アンデルセン(1806~75)の童話を題材とした管弦楽曲である。

 彼は1901年初めにR.シュトラウスの自作自演による交響詩《英雄の生涯》の ウィーン初演を聴いたことで、交響的な標題作品への意欲を抱くようになっていた。そうした折、彼に衝撃的な出来事が降りかかる。彼と熱愛関係にあった弟子のアルマ・シンドラー(1879~1964)が知り合ったばかりのグスタフ・マーラー(1860 ~1911)と恋に陥り、この年の末に婚約してしまったのだ。

 ツェムリンスキーが管弦楽のための標題作品に本格的に着手するのは翌1902年の2月頃だが、その題材にアンデルセンの『人魚姫』を選んだのも、人魚姫の儚い恋の悲劇に自分を重ねたからといわれる。その真偽は定かではないが、以後彼 が似たような題材を好むようになることや、伝統的な色合いが強かった彼の音楽がこの作品を境に表現主義的な傾向を強めていくことを考えると、アルマとの一件が彼の作風に大きな影を落としたことは充分考えられる。着手の段階で彼は弟子アルノルト・シェーンベルク(1874~1951)宛の手紙でこれを“死の交響曲”と呼んでいることにも、当時の彼の心情が窺える。いずれにせよ《人魚姫》は彼のスタイル の転換点に位置する作品となった。

 彼は当初これを2部分からなる単一楽章の作品として構想し、その内容を次のように記していた。

 

 Ⅰ.a:海底で/b:人魚姫と人間の世界、嵐、王子の救出

 Ⅱ.a:人魚姫の憧れ、海の魔女の地/b:王子の結婚、人魚姫の最期

 

 しかし結局標題を付さない3楽章構成に変更され(第1楽章が上記のⅠ、第2楽章がⅡa、第3楽章がⅡbにほぼ相当)、1903年3月20日に全曲が完成、初演は1905年1月25日ウィーンでツェムリンスキー自身の指揮で行われた。その際タイトルは交響詩でも交響曲でもなく“管弦楽のための幻想曲”とされた。

 この演奏会では同時にシェーンベルクの交響詩《ペレアスとメリザンド》も作曲者自身の指揮で初演された。シェーンベルクの作品はその斬新な響きゆえに批判が多く、ツェムリンスキーの《人魚姫》のほうが評価は高かったのだが、「愛らしい」と か「心暖まる」といった批評家の賛美は彼にとっては心外で、作品の真意が理解されなかったことに失望したようだ。1906年にベルリン、1907年にプラハでも演奏さ れたものの、結局彼はこれを出版せずお蔵入りとし、スコアも散逸して長い間作品は忘れ去られてしまう。

 この作品が再発見されたのは1980年のことで、1984年にペーター・ギュルケの指揮で蘇演された。そして2013年にはアントニー・ボーモント校訂の新全集版楽譜も出された。本日もこの校訂版が用いられるが、この版には初演前になされた作曲者自身による第2楽章での大幅なカット(上記の“海の魔女の地”を描いた部分)を復活させた初稿も併録している。最近はこの初稿の演奏も多くなったが、本日はカットのある改訂稿(すなわち初演の時の形)で演奏される。

 作品は甘美さと錯綜とした響きが交錯する後期ロマン派らしい音調のうちに、数々の示導動機(ライトモティーフ)を巧緻に用いて、人魚姫の運命とその揺れ動く心情、苦悩を表現している。

 第1楽章 きわめて適度な動きをもって(楽章の中で曲想やテンポは頻繁に変わるが、ここでは冒頭に記された発想標語を目安として掲げた/第2・3楽章も同) 低音楽器の奏するイ音(ツェムリンスキーが死の調と見なすイ短調の主音)の保続音の上に細かく揺れ動く音型が点滅する重々しい冒頭は、海底の描写。ほどなく独奏ヴァイオリンに憧憬に満ちた人魚姫の動機が示され、体は滅びるが“不滅の魂”を持つ人間への憧れが叙情的に表現されていく。やがて音楽は暗転、激しい嵐と王子の船の難破が迫真的に描かれた後、王子を救った人魚姫の、憧れと儚さが入り混じる思いを表す穏やかな終結に至る。

 第2楽章 とてもよく動いて、ざわめくように 舞踏風の音楽に始まる。これを王子の舞踏会とする解説もあるが、作曲者自身の当初の説明では(アンデルセンの原作にある)海中の人魚たちの舞踏会。いずれにせよスケルツォに相当する楽章だ。初稿では途中に海の魔女を描く箇所が挟まれていた。中間で魔女の薬で人魚姫が人間に変身する様がロマンティックに描かれ(下行4度を特徴とする人間の“不滅の魂”の動機も強奏される)、その後主部が回帰する。

 第3楽章 きわめて広がりをもって、苦悩に満ちた表現で 王子の結婚という現実に直面した人魚姫の、侘しさと苦悩と憧れに揺れ動く心情が、これまでの様々な動機を活用しつつ半音階的な響きを多用して描かれる。人魚に戻れる唯一の道である王子殺害も諦め、身を投げて(弦の急速な下行)海泡となる人魚姫。曲頭の海底の暗い音楽が回帰するが、全休止を挟んで一転、分割されたヴァイオリンの最弱音の響きによる“不滅の魂”の動機が彼女の救済を示唆し、浄化された終結に至る。

(寺西基之)

作曲年代 1902~03年
初  演 1905年1月25日 ウィーン
作曲者指揮 ウィーン演奏協会管弦楽団
楽器編成 フルート4(第3、第4はピッコロ持替)、オーボエ2、イングリッシュホルン、ク ラリネット2、小クラリネット、バスクラリネット、ファゴット3、ホルン6、トラ ンペット3、トロンボーン4、テューバ、ティンパニ、シンバル、サスペンデッドシ ンバル、トライアングル、グロッケンシュピール、チャイム、ハープ2、弦楽5部

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