第843回 定期演奏会Cシリーズ

モーツァルト:交響曲第35番 ニ長調 K.385《ハフナー》

 ザルツブルクの富豪ハフナー家はモーツァルト家と親しく、1776年にヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756~91)にセレナーデを1曲(《ハフナー・セレナーデ》K.250)依頼したことがあった。1782年7月、当主のジークムント・ハフナー2世(175~87)が貴族に叙せられることとなり、その祝典のために、モーツァルトは再びセレナーデの依頼を受けた。当時、彼は歌劇『後宮からの誘拐』の上演や自らの結婚準備などもあって多忙を極めていたが、依頼された作品を8月7日には完成させる。この2つめのセレナーデを基に、おそらく楽器編成などに若干の変更を加えて書かれたのが、交響曲第35番《ハフナー》である。

 機会音楽であり、多くの場合、野外で演奏することを前提としたセレナーデは、娯楽を目的とし、作曲者自身も軽んじていたと誤解されがちである。しかし、慶事に多くの聴衆を得て演奏されるセレナーデについて、モーツァルトを含む当時の作曲家は自らの力量の宣伝に格好の場として力作を書くことがしばしばであり、他方、演奏会において披露される交響曲も、後のベートーヴェン作品などとは異なり、大衆的な娯楽性と無縁ではなかった。そのために同じ多楽章構成をとるセレナーデと交響曲を隔てる境界線は曖昧であり、一度演奏したらお払い箱とされることの多いセレナーデを交響曲に仕立て直すのは、モーツァルトにとって自然なことであったろう。

 第1楽章 アレグロ・コン・スピーリト 2オクターヴの跳躍とバロック音楽的な付点リズム、極端な強弱の対比など、華やかで個性的な性格を持つ主要主題の提示と共に開始される。第2主題とおぼしき部分は性格が弱く、支配的な主要主題による単一主題のソナタ形式と解釈されることが多い。

 第2楽章 アンダンテ 祝祭的な気分と劇的な緊張のない交ぜとなった第1楽章に対し、第2楽章は温和な雰囲気に満ちたソナタ形式の楽曲となっている。のどかな性格の2つの主題が提示され、展開部として置かれたごく短いエピソードを経て再現部となる。

 第3楽章 メヌエット 力強い足どりを思わせるメヌエットと、優美な和声に彩られたトリオが強い対照を成す楽章である。

 第4楽章 フィナーレ/プレスト ロンド・ソナタ形式による。強い推進力にあふれる第1主題は、歌劇『後宮からの誘拐』第3幕にあるオスミンのアリア「おお、何という大勝利」冒頭のヴァイオリンの旋律に似ている。より落ち着いた性格の第2主題が提示された後にあらわれる展開部では、2つの主題は短調へと転調されるのが印象的である。再現部の後、華やかなコーダと共に全曲が締めくくられる。

(相場ひろ)

作曲年代 1782年7~8月、1783年3月
初  演 1783年3月23日 ウィーン 作曲者指揮
楽器編成 フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦楽5部

ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番 ト短調 op.26

 マックス・ブルッフ(1838~1920)はドイツの音楽家である。ドイツやヨーロッパ各地で指揮者として名声を博し、ベルリン音楽院の教授となるなど教育にも力を入れた。作曲家としては、多数の合唱曲のほか、オペラ、管弦楽曲、協奏曲、室内楽曲などあらゆるジャンルの作品を手掛けており、叙情に満ちたロマン的な作風を特徴としている。

 ブルッフの作品の中でも特によく親しまれているのが、このヴァイオリン協奏曲第1番である。ブルッフのロマン的特質を端的に表した作品で、情感に満ちた旋律の美しさ、表情豊かな和声、ヴァイオリンの特性を生かした華麗さといった点で、ドイツ・ロマン派を代表するヴァイオリン協奏曲の1つに数えられる傑作だ。形式的にもロマン派らしい自由な発想が見られ、その中で感情の起伏に溢れる展開が繰り広げられている。

 作曲は1864年から始められ、一度完成をみて1866年4月24日にコブレンツで初演されたが〔独奏はオットー・フォン・ケーニヒスロウ(1824~98)〕、ブルッフはその後作品に手を加え、その改訂稿は1868年1月7日にブレーメンで初演された。この時、独奏を受け持ったのが大ヴァイオリニストのヨーゼフ・ヨアヒム(1831~1907)であった。この改訂稿が決定稿となって、以後はその形によって演奏されている。

 第1楽章 前奏曲/アレグロ・モデラート 最弱音のティンパニと木管による導入に続いて、ヴァイオリン独奏が最低音から高音へと向けて上行するという短い序奏に始まる。主部は、重音を生かした力強い第1主題と叙情的な第2主題を持つ提示部の後、展開部となるが、再現部では序奏だけが再現されて、そのまま次の楽章へ。

 第2楽章 アダージョ ロマンティックな主題で開始される変ホ長調の美しい緩徐楽章で、次第に感情的な高まりを示していく。

 第3楽章 フィナーレ/アレグロ・エネルジコ ソナタ形式によるト長調のフィナーレ。独奏ヴァイオリンによる重音の舞曲風の第1主題と高らかに奏される第2主題を中心に、変化に富む華麗な発展が織り成されていく。

(寺西基之)

作曲年代 初稿/1864~66年
改訂稿/1867~68年
初  演 初稿/1866年4月24日 コブレンツ
改訂稿/1868年1月7日(異説あり) ブレーメン
楽器編成 フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、ティンパニ、弦楽5部、独奏ヴァイオリン

R.シュトラウス:交響詩《ドン・ファン》op.20

 ドイツ・ロマン派の最後の巨匠と称されるリヒャルト・シュトラウス(1864~1949)は最初期にはソナタや室内楽曲などの古典ジャンルの作品を書いていたが、マイニンゲンの宮廷楽団の副指揮者を務めていた時期に、ここのコンサートマスターのアレクサンダー・リッター(1833~96)の影響でリストやワーグナーなど新ドイツ派の音楽に開眼し、標題音楽やオペラに惹かれるようになる。彼がまず目を向けたのが標題音楽である交響詩で、彼はこのジャンルの創作に力を注ぐようになる。

 彼の交響詩で最初に着手されたのは《マクベス》だったが、その最終的な完成が遅れる間に、1887年から翌年にかけて作曲された交響詩《ドン・ファン》が彼の記念すべき交響詩第1作として先に世に出ることとなった。

 この作品の題材となったのはニコラウス・レーナウ(1802~50)の詩「ドン・ファン」だった。ハンガリー生まれのオーストリア人レーナウは、暗い情熱と深い憂愁のうちに世界苦を歌い上げたロマン的な叙情詩で人気を得た詩人で、彼の「ドン・ファン」は、次々と女を自分のものにしていく好色漢としての従来のドン・ファン伝説と異なり、永遠なる理想の女性を求めてついに果たすことができない英雄としてドン・ファンを描いている。

 そうしたロマン派らしい理想主義的なドン・ファン像を、シュトラウスは巧妙な管弦楽法を駆使しつつ、交響詩として音化した。交響詩処女作であるにもかかわらず、激しい情熱から暗いメランコリー、濃厚な官能までをも表し出す多彩な響きと、いくつもの示導動機による巧緻な構成とでもって詩の内容を迫真的に描出するその手腕には、交響詩作家としてのシュトラウスの類い稀な資質がはっきり示されている。

 曲は、理想を求めて出発するかのような勇ましい上行主題で始まる。すぐ続いてヴァイオリンに雄々しい颯爽とした主題(やはり上行のベクトルが特徴)が示されるが、これがドン・ファンの第1の主題である。曲の前半はこの主題が何度か回帰する間に女性との愛の情景を描く官能的なエピソードを連ねていくという形で進行する。

 そして曲の中ほどでドン・ファンを示す第2の主題がホルンに勇壮に現れると、音楽はさらに力を増して渦巻くような激しさのうちに発展、しかしその頂点で勢いを断ち切るように不協和音が出現して音楽の流れは止まり、女性(愛)を示す既出の諸主題が絶望的に回想される。それでも今一度ドン・ファンは立ち上がるが(自らを鼓舞するかのようなドン・ファンの2つの主題)、結局力尽き、総休止の後、彼の破局を示すコーダで曲は暗く寂しく閉じられる。

(寺西基之)

作曲年代 1887~88年
初  演 1889年11月11日 ヴァイマル 作曲者指揮
楽器編成 フルート3(第3はピッコロ持替)、オーボエ2、イングリッシュホルン、クラリネット2、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、シンバル、トライアングル、グロッケンシュピール、ハープ、弦楽5部

R.シュトラウス:交響詩《ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら》op.28

 交響詩の名作で知られるシュトラウスだが、実は彼が交響詩作家だった時期は長い生涯の中の比較的短い期間にすぎない。彼が残した交響詩は7曲だが(実質は交響詩でありながら交響曲と題された後年の《家庭交響曲》《アルプス交響曲》を除く)、それら7曲は1886年から98年までのわずか13年ほどの間に集中的に書かれているのだ。

 しかもその間にも、1889年の《死と変容》の後、5年ほどの交響詩創作の空白期間がある。5年のブランクの大きな理由は、彼がこの時期、初のオペラ『グントラム』の作曲に力を入れていたことによる。ワーグナー崇拝者の彼にとって念願だったオペラ進出を成功させるために、『グントラム』に全力を注いだわけだが、その初演は大失敗に終わり、シュトラウスはオペラのジャンルから一時的に離れ、再び交響詩へと戻る。

 こうして1894~95年に交響詩《ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら》が書かれるわけだが、実はシュトラウスは当初これもオペラとして構想していた。ドイツの伝説的な悪戯者ティル・オイレンシュピーゲルの物語に基づき、自身台本を書き始めたのだが結局うまくいかず、交響詩にすることになったのである。

 シュトラウスの交響詩としては初の4管編成をとるこの作品に対し、彼は「ロンド形式による昔の無頼漢の物語に基づく」と記した。“ロンド形式による”というのは主人公ティルを表す2つの主題が何度も回帰するからだろうが、構成的には古典的な意味でのロンド形式とは程遠い。しかし生き生きした楽しさ、明快さ、諧謔性といった古典派時代のロンドの精神に通じるものがこの作品には息づいている。

 標題内容は楽譜には記されていないが、シュトラウス自身による詳しい説明が残されており、主人公ティルが様々な悪戯を連ねた後、最後に絞首刑になるという物語が描かれている。その概略は以下のとおり。

 ――昔々、悪戯者があったとさ(前奏)。それはティル(ホルンの示すティルの第1の主題)という名の横道者(クラリネットが示すティルの第2の主題。前奏の動機に由来)。心浮き立って悪戯に出掛けた彼は、馬で市場を混乱させ、僧に変装して説教したと思うと、騎士になって娘に求愛し拒絶されて人類への復讐を宣言、学者に論戦を挑むがかなわぬと見て逃げ出し、小唄を口ずさんで闊歩する。しかしついに捕えられ裁判の結果、処刑される(死の動機)。こうして物語はおしまい(前奏の再現)、しかし彼の自由な精神は永遠である(2つのティル主題)――

 ティルの引き起こす数々の事件や死刑の場面を描くリアルな音画的手法はまさにシュトラウスの面目躍如たるものがあり、また序奏として「悪戯者があったとさ」という前口上を、そして結尾に「物語はおしまい」を意味するエピローグを置くといった、あたかも昔話を聞くような設定にした構成も巧みである。

(寺西基之)

作曲年代 1894~95年
初  演 1895年11月5日 ケルン フランツ・ヴュルナー指揮
楽器編成 ピッコロ、フルート3、オーボエ3、イングリッシュホルン、小クラリネット、クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット3、コントラファゴット、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、大太鼓、シンバル、トライアングル、小太鼓、ガラガラ、弦楽5部

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