第842回 定期演奏会Aシリーズ

シベリウス:クレルヴォ交響曲 op.7

 近代フィンランド音楽を代表する国民的作曲家、ジャン・シベリウス(1865~1957)が若き日に精魂こめて書いた全5楽章の大作《クレルヴォ交響曲》は、フィンランドの民族叙事詩『カレワラ』第31~36章に登場するクレルヴォの物語を、独唱2人・男声合唱とオーケストラで描いた、70~80分に及ぶ作品だ。

 歌われる物語は、重い。──若く強靱な青年クレルヴォが旅の途上で出逢い誘惑した娘……しかしそれは生き別れの妹だった。悲嘆のすえ川に身を投げて死ぬ妹。クレルヴォも一家の仇敵と闘い、復讐を遂げたのちに自らの命を絶つ……。この悲劇を、青年作曲家シベリウスの荒々しくも大胆な(演奏不能の域というべき無茶な箇所も多々ある)筆致で、ずしりと手応えの深い(しかし生き生きとした!)音楽がたっぷりと描き出している。

 まだ知られざる存在だったシベリウスの名を一気にフィンランド楽壇に轟かせた《クレルヴォ》、その誕生に至る経緯を少したどっておこう。

フィンランド的なるもの

 ヘルシンキ音楽院を卒業してベルリンとウィーンに留学したシベリウスは、ワーグナーやブルックナーなど多くの作品演奏に接して強烈な刺激を受けつつ、反動のように〈フィンランド的なるもの〉にも強く惹かれていった。フィンランドの先輩ロベルト・カヤヌス(1856~1933)がベルリン・フィルで自作の《アイノ交響曲》を指揮するのを聴き(1890年)、その曲が題材としていたフィンランドの民族叙事詩『カレワラ』の魅力に開眼したことも大きかっただろう。

 創作の道を模索していたシベリウスは、ドイツ・オーストリア音楽の重要なジャンルである〈交響曲〉の作曲へ挑戦を始める。はじめは、フィンランド民謡に基づく変奏曲を終楽章においた全4楽章の交響曲を構想していたようだが(創作の経緯については神部智『シベリウスの交響詩とその時代 神話と音楽をめぐる作曲家の冒険』〔音楽之友社/2015年〕に詳しく、本稿も多くを依拠したことを記し感謝申し上げたい)、書き進めては頓挫し……を繰り返しているうちに、ベートーヴェンの交響曲第9番《合唱付》の演奏を聴いて衝撃を受ける(1891年4月)。そのインパクトがいよいよ、民族叙事詩『カレワラ』に基づく《クレルヴォ》の創作を決意させた。

 叙事詩『カレワラ』は、フィンランド各地で吟唱詩人たちによって伝承されていた豊富な民族詩・歌謡を熱心に収集したエリアス・リョンロット(1802~84)が、1830年代からその成果をまとめて出版したもの。この本が明らかにしたフィンランド文化の豊饒は、ロシア支配下で高まっていた民族意識に火をつけることにも繋がった。シベリウスもこの『カレワラ』から着想を得た作品を長きにわたって書き続けるが、その端緒が《クレルヴォ》ということになる。

初演の圧倒的成功と作品の封印

 しかし挑戦は難航した。予定されていた期日近くになっても書き上がらないどころか後半楽章の構成すら決まらず、初演は延期。ようやく実現した1892年4月の世界初演も惨憺たる演奏だったという。作品を理解できなかった演奏家たちは練習初回から嘲笑で迎えた、と初演のソプラノ歌手が回想しているが、大急ぎで作られた楽譜の不備、作曲家自身の不慣れな指揮……と悪条件ばかりが揃っていた。──にもかかわらず、音楽は満場の聴衆を圧した。若き作曲家による『カレワラ』を題材にした大規模な新作初演、ということ自体が当時のフィンランドでは大事件だったのだ。これこそが我々のフィンランド音楽だ! という絶賛が続々と発表され、若き作曲家シベリウスの名は轟いた。

 しかし、数回の再演ののちシベリウスはこの曲を封印する。改訂も試みるが、生前、遂に果たすことはない。彼は『カレワラ』を題材にした作品を発表し続けたが、それは《クレルヴォ》の荒い挑戦を封じた上で切り拓いた、新たな道の先に響く音楽だった。──この曲が再び世に現れるのは、作曲家が亡くなった翌1958年の全曲蘇演からだ。

 作品は全5楽章から成る。

 第1楽章 アレグロ・モデラート 冒頭楽章は「導入部」、ソナタ形式によるオーケストラのみの音楽だ。中低弦の暗いうねりに乗せて、クラリネットとホルンに現れる第1主題はクレルヴォを象徴する。力強い緊迫感に満ちた第2主題とともに幻想的な展開が物語の導入を豊かに描き……。

 念のため物語の前提をご説明しておくと──ウンタモ一族に滅ぼされたカレルヴォ一族の生き残りであるクレルヴォは、復讐を恐れたウンタモによって殺されそうになるが、超人的な力で死なず生き残る。彼は鍛冶屋イルマリネンのもとへ奴隷として売り払われ苦労を重ねるが、逃れて荒野をさまよううちに、自分の家族が実は生き延びていることを知る(皆殺しだったのでは……というあたりは神話らしい矛盾)。

 第2楽章 グラーヴェ 「クレルヴォの青春」はオーケストラのみで奏される緩徐楽章。中間部では夢幻のなかにも軽妙な雰囲気が印象的だ。

 第3楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ 「クレルヴォと彼の妹」は声楽陣とオーケストラを総動員した25分近い長大な楽章。輝かしくはずむような4分の5拍子による前奏から、曲は物語の進行に従って自由に進む。

 男声合唱が力強いユニゾンで歌い始め、橇(そり)で旅するクレルヴォが荒野で金髪の乙女と出逢う情景を描く。乙女を誘うが拒まれたクレルヴォは再び馬に鞭をあて、第2の乙女を誘うがまた断られる。そして第3の乙女と出逢い……クレルヴォは彼女を橇に引きずり込む(ここで合唱はユニゾンからハーモニーへ)。乙女の哀願にもかかわらず、豪華な贈り物や金銀で誘惑を続けるクレルヴォは欲望を遂げる。ところが、男女ふたりの独唱が互いの素性を明かし合い……乙女はクレルヴォの実の妹であることが知れる。クレルヴォは絶望の叫びをあげる(妹が急流に身を投げて死ぬ場面は省かれている)。

 シベリウスが敢えて(復讐譚ではなく)兄妹の性的関係という禁忌を作品の軸として描いたこと、それに伴う歌詞の変更……など、ウィーン世紀末文化などとの関係は前掲『シベリウスの交響詩とその時代』を参照されたい。

 第4楽章 行進曲調で 「戦いに赴くクレルヴォ」はオーケストラのみのスケルツォ楽章。クレルヴォは悲劇の元凶であるウンタモ一族に復讐するため、戦いへ出発する。

 第5楽章 アンダンテ 「クレルヴォの死」では男声合唱がクレルヴォの最期を歌いだす。ウンタモ一族を滅ぼしたクレルヴォは、故郷に戻り森をさまよう。実の妹と過ちを犯した場所に戻ったクレルヴォは、激しい悔恨に苛まれながら、剣で胸を突き死を選ぶ。……クレルヴォのテーマが再現され、壮大なクライマックスが全曲を閉じる。

(山野雄大)

作曲年代 1891~92年
初  演 1892年4月28日 ヘルシンキ 作曲者指揮 ヘルシンキ・オーケストラ協会
エミー・アクテ(ソプラノ) アブラハム・オヤンペラ(バリトン) 男声合唱団
楽器編成 フルート2(第2はピッコロ持替)、オーボエ2、イングリッシュホルン、クラリネット2(第2はバスクラリネット持替)、ファゴット2、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、トライアングル、シンバル、弦楽5部、独唱(ソプラノ、バリトン)、男声合唱(テノール2部、バス2部)

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