プロムナードコンサートNo.375

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.61

 ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770~1827)にとって、1806年は実り多い年であり、ピアノ協奏曲第4番ト長調op.58や《ラズモフスキー》の愛称で知られる3曲の弦楽四重奏曲op.59、それに交響曲第4番変ロ長調op.60と、いくつもの大作が完成されている。ヴァイオリン協奏曲ニ長調op.61は、同年11月から12月にかけて、非常に短い期間のうちに一気に書き上げられた。

 この作品は、アン・デア・ウィーン劇場のコンサートマスター兼指揮者として活躍していたフランツ・クレメント(1780~1842)のために書かれた。一般的なヴァイオリン協奏曲と比べてヴァイオリン独奏において高音域が目立って多く使用されているのは、クレメントが楽器の最高音域の演奏に秀でていたためである。とはいえアクロバティックな技巧をひけらかすような書法は一切見られず、独奏と管弦楽は密接に呼応し合って、壮麗な音楽を繰り広げる。

 初演は1806年12月23日にウィーンで行われた。ベートーヴェンの作曲が遅れたために、オーケストラには十分なリハーサル時間がなく、またクレメントもほとんど譜読みの時間がとれず、初見に近い状態で演奏にあたったという。独奏者が華やかな技巧を披露する協奏曲に慣れた当時の聴衆にとっては見せ場に乏しく、かつ長大なために、初演後は演奏機会に恵まれなかった。しかし、ヴァイオリンの歴史に名を残す伝説的な名手ヨーゼフ・ヨアヒム(1831~1907)が、1844年に弱冠13歳でこの作品をフェリックス・メンデルスゾーン(1809~47)の指揮下で演奏し、大成功を収めたことで再評価され、多くのヴァイオリン奏者が採り上げるようになった。

 第1楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ ソナタ形式による。ティンパニがニ音を4回叩いて木管による第1主題を呼び出す冒頭は、2つの意味で画期的といえる。1つは、従来彩りに過ぎなかったリズム楽器のティンパニが重要な役割を担っている点であり、もう1つは、この単純な同音連打が楽章全体を統一する主要動機として機能する点である。

 直後に提示される第1主題と、やはり木管楽器に始まる第2主題は同じニ長調をとり、共に穏やかで抒情的な性格を持つため、通常のソナタ形式のように2つの主題が強い対比を描かず、むしろ協調して楽章の気分を決定づける。2つの主題の提示が終わるとヴァイオリン独奏が登場し、提示部の大部分をなぞるようにして音楽を進める。展開部は2つの主題とティンパニの動機を素材とする長大なもので、その後、再現部にいたり、ヴァイオリンのカデンツァを経て終結を迎える。

 第2楽章 ラルゲット 変奏曲の形式を採り、冒頭、管弦楽で提示される詩情豊かな主題が、いくつかのエピソードを挿みつつ3回にわたって変奏される。独奏と管弦楽の交わす繊細な対話が美しい。終結部にはヴァイオリンのカデンツァが入り、休みなく終楽章に移行する。

 第3楽章 ロンド/アレグロ ロンド形式。強い躍動感を前面に出した主題に始まる。活気あふれる気分は楽章全体にいきわたり、ヴァイオリン独奏も大いに活躍する。2つのエピソードを挿むロンドは、ヴァイオリンのカデンツァを経て晴れやかに終わる。

(相場ひろ)

作曲年代 1806年11月~12月23日
初  演 1806年12月23日 ウィーン フランツ・クレメント独奏
楽器編成 フルート、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦楽5部、ヴァイオリン独奏

シベリウス:交響曲第2番 ニ長調 op.43

 “森と湖の国” フィンランドが生んだ国民的大作曲家ジャン・シベリウス(1865~1957)。彼の交友録の中でも、1900年に知遇を得たアクセル・カルペラン男爵(1858~1919)は、いわゆるパトロンとして重要な存在だった。シベリウスの音楽に心から共感を寄せた、少し風変わりな性格の独身貴族は、自らがさほど裕福ではなかったのに、友人連中からお金をかき集めては毎季の“出資” を続けてくれた人物である。

 1900年10月にシベリウスが家族を連れて、翌年春にまで及ぶ長期旅行に出かけたのも、カルペランの勧めによるものだった。まずベルリンに身を落ち着け、年が明けてからイタリアへ。ジェノヴァ近郊の保養地ラパッロ、次いでローマに滞在し、帰路の途中でフィレンツェへ立ち寄る。その過程で彼は多くの霊感を授かり、ドン・ファン伝説に基づく《管弦楽のための音詩》や、ダンテの『神曲』による作品などのスケッチがなされた。

 フィンランドへ戻り、夏から秋にかけて机に向かったシベリウスの筆から、最終的に生まれ落ちたのが交響曲第2番。上記のスケッチからは、特に第2楽章へ様々な素材が転用されている。この楽章が一編の交響詩にも似た波瀾万丈の様相を呈しているのも、その辺に理由が求められそうだ。さらにいえば、第4楽章の第2主題には、彼が帰国を果たした矢先に自殺してしまったエッリ・ヤルネフェルト(愛妻アイノの姉)に抱く思いが影を投げかけていると、しばしば指摘がなされる。しかしこうした事象も、いわゆる絶対音楽としての自律性を与えられたシンフォニーの総体を前にすれば、二次的な問題に過ぎまい。曲は1901年12月に完成し、出版譜には“アクセル・カルぺランへ” と献辞が掲げられた。

 第1楽章 アレグレット ソナタ形式。冒頭部では春の息吹にも似た弦楽器の動機に誘われ、木管楽器とホルンが牧歌的な第1主題を歌い交わす。第1・第2ヴァイオリンがユニゾンで提示する副主題と、たたみかけるようなピッツィカートの音形に導かれて登場する第2主題は、いずれも長く延ばす音がメロディの最初に配されており、これはシベリウス好みの旋律作法である。

 第2楽章 テンポ・アンダンテ、マ・ルバート 低音弦楽器の導入楽句に続き、前述の《音詩》に由来する主要主題をファゴットが提示。コラール風の副主題は弦楽器の弱奏で姿を現す。以上2つの主題から派生した要素がテンポも様々に変動させながら、幻想味も豊かに展開されていく。

 第3楽章 ヴィヴァーチッシモ 主部は弦楽器の目まぐるしい走句に木管楽器の断片的なモチーフが対置されるスケルツォ。歩調を緩めたトリオでオーボエが先導する主題も“シベリウス節” の典型例だ。主部が再現された後にトリオの主題が回帰を果たすと、次第に音勢を増しながら雄大に盛り上がり、切れ目なく次の楽章へ流れ込む。

 第4楽章 フィナーレ/アレグロ・モデラート 整然としたソナタ形式による終楽章。第3楽章終わりの推移句から続く雄渾なリズム動機を従えた第1主題は、力強くも人生肯定的な口調が印象的だ。前述の第2主題が提示部では深い哀感と共に歌い継がれ、再現部ではいったんピアニシモにまで音勢を落とした後、激しい感情の昂りを見せていく。最後をしめくくるのは第1主題を用いた輝かしいコーダ。

(木幡一誠)

作曲年代 1901年
初  演 1902年3月8日 ヘルシンキ 作曲者指揮
楽器編成 フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、弦楽5部

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