東京都交響楽団 札幌特別公演

ワーグナー:歌劇『ローエングリン』第3幕への前奏曲

 リヒャルト・ワーグナー(1813~83)は、若き日にドイツ語圏の歌劇場を転々としながら指揮者としてのキャリアを積み、作曲を続けた。生活は窮乏をきわめ、借金から逃れるように20代後半の3年ほどをパリで過ごす。そこで脚光を浴びることは なかったが、1842年(29歳)に歌劇『リエンツィ』初演がドレスデン宮廷歌劇場で大成功。翌年、同歌劇場の指揮者に就任、1849年まで務めることとなる。

 歌劇『ローエングリン』は、パリ時代に構想が生まれ、台本執筆と作曲はドレスデンでなされた、ワーグナーの前期を締めくくる作品である。作曲者は「3幕のロマンティック・オペラ」と呼んだが、ライトモティーフ(示導動機)を活用して劇と音楽を有機的に統合するなど、総合芸術としての「楽劇」(ワーグナー自身はこの言葉を好 まなかったが)様式は高い完成度に至っている。

 物語は、イエス・キリストが最後の晩餐で用いた聖杯(十字架上のキリストの血を受けた杯とも言われる)とそれを守る騎士たちを描いた中世の「聖杯騎士伝説」を はじめ、いくつかの叙事詩に基づいている。

 舞台は10世紀初頭のアントウェルペン(アントワープ)。騎士ローエングリンは、弟殺しの嫌疑をかけられている王女エルザを救うため現れるが、自らの名を尋ねる ことをエルザにかたく禁じる。聖杯の騎士は名と素性が明らかになると霊力を失い、聖杯を守護する城へ帰らねばならないからであった(第1幕)。エルザは騎士と の婚礼の場へ向かうが、魔女オルトルートに騎士への疑念を吹きこまれてしまう(第2幕)。エルザは遂に不問の誓いを破ってしまい、ローエングリンは自らの名と素性を一同の前で明かすと、エルザのもとを去っていく。彼女は放心状態のうちに倒れる(第3幕)。

 第3幕への前奏曲は、ワーグナーの管弦楽作品のなかでも演奏機会の多い人気作。騎士を象徴するホルンを中心に、全オーケストラが高らかに主題を奏でて始まる。中間部では管楽器と弦楽器が伸びやかに歌い交わし、すぐに主部の主題に回帰する。前幕の婚礼を象徴する高揚した雰囲気に満ちた、堂々としたきらびやかな曲想が特徴である。

(鉢村 優)

作曲年代 1846~48年
初  演 オペラ全曲/1850年8月28日 フランツ・リスト指揮 ワイマール宮廷歌劇場
楽器編成 フルート3、オーボエ3、クラリネット3、ファゴット3、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、トライアングル、シンバル、タンブリン、弦楽5部

シベリウス:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 op.47

 “国民的大作曲家”の称号は、他の誰よりもジャン・シベリウス(1865~1957)に似つかわしい。フィンランドと聞いて思い描く“森と湖の国”という言葉そのものの、冷涼たる空気感をたたえた旋律と和声。そこから醸し出される叙情味や田園情緒。北欧神話の登場人物を思い浮かべずにはいられない叙事性。厳しくも神秘的な北国の自然を象徴する、ときに豪壮無類で、ときに深遠な響き……。こうした要素が様々な形で融合を遂げながら、彼固有の世界を築き上げていく。

 シベリウスのヴァイオリン協奏曲は、成立の時期からすると交響曲第2番(1901年)と第3番(1907年)の間に位置している。彼の個性的な音楽語法が大幅な深化を遂げた時期の所産だ。1903年にいったん作品は完成するが、しかし翌年の初演は不評。そこで指摘された“冗長な面”を排し、独奏パートと管弦楽のシンフォニックな一体感も重視した改訂稿が1905年に編まれ、再演の場で大成功を収めた。この形で初版譜も刊行され、傑作としての揺るぎない地位を得て今日に至っている。

 ちなみにヴァイオリンはシベリウスが幼年時から親しみ、相当に高度な技量も身につけた楽器だ。しかし本格的なレッスンに通い始めたのが14歳という事情も手伝い、プロとして身を立てるには限界もあった。ベルリンやウィーンへ留学中の1880年代末から1890年代初頭の時点で断念し、作曲の道を選ぶ。我々にとっては幸いだったが(!)、後の1910年になっても「本当にヴィルトゥオーソを夢見ていたのだ」と述懐していたほどだから、若き日に覚えた挫折感は思いのほか深かったらしい。

 第1楽章(アレグロ・モデラート)は、3つの対照的な主題を用いたソナタ形式。風にそよぐ針葉樹林のような弦楽器の音形にのって独奏ヴァイオリンが導入する第1主題を、シベリウスは「澄みわたる極寒の空を悠然と舞う鷲」になぞらえた。第2主題は大きな波のうねりを思わせ、木管楽器が背景で奏でる上昇音形楽句も従えながら、独奏ヴァイオリンが重音奏法も交えて熱っぽく歌う。テンポを速めた第3主題で発散される力感もシベリウス一流のもの。カデンツァが楽章の中央部に位置するのは形式的に大胆な試みだ。その点のみをとればチャイコフスキー(1840~93)のヴァイオリン協奏曲も同様だが、シベリウスの場合はカデンツァに事実上の展開部の役割を担わせ、音楽的な求心力を高めたところが非凡なアイデアである。

 第2楽章(アダージョ・ディ・モルト)は、独奏ヴァイオリンと管弦楽によるバラードさながらの装い。木管楽器による導入楽句に続き、低音域を主体としてソロイストが息長く主題を弾き連ねる。中間部は劇的に高揚し、やがて回帰する主題もいきおい憧憬の念を増す。

 第3楽章(アレグロ、マ・ノン・タント)は躍動的にして野性味すら漂うリズムが一貫する中で、2つの主題が順次交替しながら進むロンド。シベリウスより10歳年下にあたるイギリスの評論家ドナルド・フランシス・トーヴィー(1875~1940)は、この楽章を「白熊の踊るポロネーズ」と評したが、実に言い得て妙ではないだろうか。

 

(木幡一誠)

作曲年代 1903年 改定/1905年
初  演 初稿/1904年2月8日 ヘルシンキ
ヴィクトル・ノヴァチェク独奏 作曲者指揮
改訂稿/1905年10月19日 ベルリン
  カレル・ハリール独奏 リヒャルト・シュトラウス指揮
楽器編成 フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、弦楽5部、独奏ヴァイオリン

サン=サーンス:交響曲第3番 ハ短調 op.78《オルガン付》

 作曲家としては楽壇を牽引する立役者。ピアノやオルガンは超一流の腕前。おまけに詩作や数学や自然科学の分野でも玄人はだし。シャルル・カミーユ・サン=サーンス(1835~1921)こそは、往時のフランスきっての“総合的文化人”だった。おなじみの組曲《動物の謝肉祭》が、持ち前の知性とユーモアとエレガンスを寛いだ形で伝えるものだとすれば、同じ1886年に生まれた交響曲第3番は、彼のシリアスな面を何よりも雄弁に示す傑作である。

 曲はロンドンのフィルハーモニック協会の委嘱によって書かれ、完成後にはサン=サーンス自身が「持てるもの全部をつぎこんだ。これほどの達成感はもう得られまい」と語っている。そして実際、彼がこのジャンルに舞い戻ることは二度となかったし、盛り込まれた着想は確かに多彩を極める。

 まず耳にも明らかなのは、副題の由来でもあるオルガン、そしてピアノまで用いて、オーケストラの音色のパレットを広げたこと。次に構成原理として導入された“循環主題”という手法。作品の核をなす主題が絶えず変容を伴いながら登場して音楽の流れを導く書式は、リスト(1811~86)の交響詩、ひいてはワーグナー(1813~83)の楽劇と共通点を持つ。それを標題音楽や舞台作品ではなく、交響曲にサン=サーンスは応用したわけである。その点で大きな影響を受けたリストに、サン=サーンスがこの曲を献呈しようと思い立ったのも納得のいく話だ。彼の申し出は感謝の返事とともに首尾よく受理されたのだが、しかしそのリストは初演から2ヵ月後の1886年7月に世を去ってしまい、初版譜の刊行時には「フランツ・リストの思い出に捧げて」という言葉が掲げられることとなった。

 さらには形式面もユニーク。従来の交響曲の枠組に沿いながらも、以下のとおり、それぞれ対照的な図式を描く2楽章構成に作品がまとめられている。

 第1楽章 前半部は “アダージョ” の短い序奏と、ソナタ形式の “アレグロ・モデラート” からなる。後者に入ってすぐ弦楽器の奏でる第1主題が、全曲に波及する循環主題である(最初のうちは細かくリズムを分割し、本来の姿を曖昧にしか見せない巧妙な筆さばき)。そこに序奏の動機が対置されていく。波打つような動きの第2主題は木管楽器が提示。各主題の展開と再現を経て次第に音勢が弱まると、オルガンがペダル音を含むハーモニーで静かに登場し、後半部 “ポコ・アダージョ” が開始。これは緩徐楽章にあたり、それまで抱えていた内面の相克に宗教的浄化が与えられていくような趣だ。

 第2楽章 前半部はスケルツォに相当。循環主題も活用した “アレグロ・モデラート” と、快活にして色彩感も豊かな “プレスト” が交替する形で進む。後者が2度目に現れると、新しい重要なモチーフを用いた静かな推移句へと流れ込む。続く後半部は、まず “マエストーソ” のテンポにより、オルガンの輝かしいコードを伴いながら祝典的なムードで幕を開ける。 “アレグロ” に転じてからは循環主題も確信に満ちた表情で歩を進め、先行楽章の動機群も様々な形で回帰を果たす。すべての不安を払拭した後のコーダで待ち受けているのは、壮麗無比なクライマックス。

(木幡一誠)

作曲年代 1886年
初  演 1886年5月19日 ロンドン 作曲者指揮
楽器編成 フルート3(第3はピッコロ持替)、オーボエ2、イングリッシュホルン、クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、シンバル、大太鼓、トライアングル、オルガン、ピアノ(連弾)、弦楽5部

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