第838回 定期演奏会Aシリーズ

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番 ニ短調 op.30

 セルゲイ・ラフマニノフ(1873~1943)は1906年秋、ロシア国内の政情不安を避けて作曲に専念するために、ドレスデンに居を定めた。ドレスデンで彼の創作意欲は大きな高まりをみせ、交響曲第2番や交響詩《死の島》などの傑作がこの時期に生み出されることになる。

 ピアノ協奏曲第3番もそのドレスデン時代に構想がなされ、1909年にモスクワに戻ってから本格的に作曲が進められる。この年の秋から翌1910年初めにかけてラフマニノフはピアニストとしてアメリカへの演奏旅行を計画しており、その際に披露する新作としてこの協奏曲を書いたのだった。作品は出立前の9月には大かた出来上がったが、細部の仕上げは旅行中になされ、1909年11月28日ニューヨークにて彼の独奏、ウォルター・ダムロッシュ(1862~1950)の指揮で初演されている。また翌年1月16日にラフマニノフはニューヨークでグスタフ・マーラー(1860~1911)の指揮によってこの曲を再演した。

 この作品は伝統的な3楽章構成のうちに名技的な鮮やかさとロシア的な叙情とを結び付けている点で、前作のピアノ協奏曲第2番のスタイルを受け継いでいるが、技巧的な難しさという点では第2番をはるかに上回り、力強さと敏捷さの両方を要する指の動きと、時に跳躍的、時に連続的に現れる広い音域の和音をしっかり掴んで響かせる力量がピアニストに求められている。管弦楽パートもきわめてシンフォニックに書かれているが、第2番と違って(もちろんソリストに力量があることを前提としてのことだが)ピアノ独奏がオーケストラの響きに埋もれないように書かれている点に、ラフマニノフの書法の一層の熟達ぶりが示されているといえるだろう。

 全体の綿密な造りにも注目すべきものがある。第1楽章の第1主題が全体の循環主題となり、またそれに由来する様々な楽想が全曲にわたって現れる一方、曲冒頭の付点リズムが全曲とおしての重要なリズム動機となっているし、さらに第1楽章第2主題も終楽章で回帰し、第2、第3楽章の主要主題も第1楽章の主題と関わりがあるなど、作品全体が第1楽章の主要な主題と動機から発展しているといって過言ではない。それによって全曲が有機的な統一体を形成しているわけだが、にもかかわらず、聴いた印象ではヴィルトゥオーゾがラプソディックな奔放さでもって気分赴くままに楽想を繰り出していくような感がある。超絶的な名技の鮮やかさと論理的構成とが表裏一体となっているところにこの作品の傑作たるゆえんがあるといえるだろう。

 第1楽章 アレグロ・マ・ノン・タント 付点リズムを伴う2小節の導入の後、独奏 ピアノが全曲の循環主題となる第1主題を提示する。両手ユニゾンでシンプルに示されるこの主題は、作曲者自身は否定しているもののロシア(キエフ)の聖歌《ああ救世主よ、汝の棺を番兵が守る》に基づくといわれるもの。第2主題はまず弦、次いで管に軽快なスタッカートで現れ、続いてピアノがたっぷりしたレガートのカンタービレで発展させる。

 展開部は第1主題冒頭の再帰(ここも独奏の両手ユニゾン)に始まり、起伏に満ちた展開が繰り広げられた後、カデンツァ(ラフマニノフ自身のものが2種類ある)へ至る。やがてピアノ独奏を背景に管楽器がソロで第1主題をリレーする部分となるが、その後カデンツァが再開されて第2主題が情感豊かに扱われる。

 そして第1主題が曲頭と全く同じ形で再現されるが、この再現部はきわめて圧縮されており、第2主題の再現は(前のカデンツァで存分に扱ったこともあってか)省略されている。

 第2楽章 インテルメッゾ/アダージョ イ長調の幻想的な緩徐楽章。オーボエが暗い叙情を湛えたメランコリックな主題を示し、弦が受け継いだ後、ピアノが錯綜した響きで登場して主題を濃密に変奏していく。途中テンポが速まり、循環主題(第1楽章第1主題)の変形がクラリネットに現れて気分に変化をもたらすが、全体的には暗い情感が支配的だ。最後はピアノのカデンツァ風の華麗なパッセージを伴う経過句で休みなく次の楽章へ移る。 

 第3楽章 フィナーレ/アッラ・ブレーヴェ ピアノの巨匠ラフマニノフのヴィルトゥオジティをフルに発揮したようなフィナーレ。独奏が力強く示す第1主題、行進曲調の楽想、シンコペーションの和音で突進するように上下行する楽想、そして広大な第2主題など、多くの楽想が現れ、さらに展開部に相当する部分では第1楽章の2つの主題が様々な形で用いられる。コーダで第2主題が壮大に浮かび上がる様は圧巻で、最後は圧倒的な興奮の渦のうちにニ長調で全曲を閉じる。

(寺西基之)

作曲年代 1909年
初  演 1909年11月28日 ニューヨーク
作曲者独奏 ウォルター・ダムロッシュ指揮
楽器編成 フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、大太鼓、シンバル、小太鼓、弦楽5部、独奏ピアノ

ラフマニノフ:交響曲第3番 イ短調 op.44

 1918年初頭、ロシア革命直後の不安定な情勢を避けてモスクワを離れたセルゲイ・ラフマニノフ(1873~1943)は、フィンランド国境を越え、ストックホルムなどで演奏会を行ったあと、オスロから蒸気船に乗り、アメリカへ渡った。当初、これは一時的な旅行のつもりだったようだが、よく知られている通り、彼は二度と故国の土を踏むことなく、25年後にカリフォルニア州ビヴァリーヒルズで世を去ることになる。もちろんこのとき、彼はそのような運命を予想していなかっただろう。

 さて、ロシアを離れ、生活が激変してしまったラフマニノフは、なかなか本格的な作曲活動を再開することができなかった。彼がようやく次の作品を完成させたのは1926年、つまり、出国から実に8年後のことだった。ロシアで書き始め、中断していたピアノ協奏曲第4番だ。しかし、その後も以前のような作曲のペースは戻らなかった。

 ロシアを出てから亡くなるまでの25年間にラフマニノフが書いた作品は、小さな編曲を除けば、ピアノ協奏曲第4番ト短調op.40(1926年)、合唱と管弦楽のための《3つのロシアの歌》op.41(1926年)、ピアノ独奏のための《コレッリの主題による変奏曲》op.42(1931年)、ピアノと管弦楽のための《パガニーニの主題による狂詩曲》op.43(1934年)、交響曲第3番イ短調op.44(1936年)、そして《交響的舞曲》op.45(1940年)のわずか6曲にとどまる。

 彼がこれほど寡作になった理由は推測するしかないが、ピアニストとしての活動が多忙を極めたこと、彼の作曲スタイルが批評家らから時代遅れと決めつけられたこと、故国を離れたことによる創作意欲の減退などが指摘されている。

 交響曲第3番は、ラフマニノフの最後の交響曲であり、全創作の中でも最後から2番目の作品だ。交響曲第2番が完成したのが1907年なので、およそ30年ぶりの交響曲ということになる。着手されたのは1935年春で、1936年6月6日には全曲が一応の完成を見たが、作曲者は6月末まで手を入れ続けた。同年秋、レオポルド・ストコフスキー(1882〜1977)指揮フィラデルフィア管弦楽団によって行われた初演は、失敗というほどでもなかったが大成功でもなかったようだ。ただ、ラフマニノフはこの曲に強い愛着を持っており、自分の最も優れた代表作のひとつだと考えていた。1939年、彼は自らフィラデルフィア管弦楽団を指揮してこの曲の録音を行っている。

 交響曲第3番は、4つの楽章をもつ第1番や第2番と異なり、急-緩-急の3つの楽章から構成されている。一般的な4楽章の交響曲と比べると、スケルツォを欠く形となっているのだが、第2楽章の中間部には急速な部分があり、実質的にスケルツォが融合されていると見ることができる。緩徐楽章の途中にスケルツォ風の部分を挿入するという手法を用いた交響曲としては、他にフランクの交響曲ニ短調があるが、むしろ、ロシアの作曲家たちのピアノ協奏曲(チャイコフスキーの第1番、ラフマニノフ自身の第2番や第3番、プロコフィエフの第3番など)との共通性を考えるべきかもしれない。

 第1楽章 レント~アレグロ・モデラート 寒々とした短い序奏に始まる。聖歌の断片のようなこの序奏音型は、第2、3楽章にも現れて、全曲に統一感を与えている。序奏に続いてオーボエとファゴットが吹くイ短調の第1主題と、チェロの歌うホ長調の第2主題に基づくソナタ形式の楽章で、再現部では、両主題が提示部よりもずっとノスタルジックな表情とともに歌われるのが印象的だ。楽章の最後は、弦が静かに奏する序奏主題によって閉じられる。

 第2楽章 アダージョ・マ・ノン・トロッポ~アレグロ・ヴィヴァーチェ ハープのアルペッジョに伴われてホルンが歌う旋律で始まる。吟遊詩人の歌を思わせるこの旋律は、第1楽章序奏に基づいている。続いて独奏ヴァイオリンが、下降音型を特徴とする主要主題を歌い始める。途中、テンポがアレグロ・ヴィヴァーチェに変わり、スケルツォ風の激しい中間部となるが、最後に再び楽章前半のゆっくりとした部分が短く再現される。

 第3楽章 アレグロ 自由な形式(単一主題によるソナタ形式と見ることも可能)のフィナーレ。華やかな開始に続き、いくつかの主題が次々に提示されたあと、フーガを核とする中間部に入る。その後、冒頭の主題が復帰し、高揚して全曲を締めくくる。楽章の後半には、ラフマニノフが強いこだわりを持っていた、グレゴリオ聖歌《怒りの日》の旋律も現れる。

(増田良介)

作曲年代 1935年6月~1936年6月 改訂/1938年
初  演 1936年11月6日 フィラデルフィア
レオポルド・ストコフスキー指揮 フィラデルフィア管弦楽団
楽器編成 ピッコロ、フルート2、オーボエ2、イングリッシュホルン、クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、シロフォン、トライアングル、小太鼓、大太鼓、シンバル、タンブリン、タムタム、ハープ、チェレスタ、弦楽5部

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