第837回 定期演奏会Cシリーズ

ブラームス:交響曲第3番 ヘ長調 op.90

 ヨハネス・ブラームス(1833~97)のこの交響曲について、初演を指揮したハンス・リヒター(1843~1916)は“ブラームスの《英雄》交響曲”と評したという。一方でブラームスの友人であり、ブラームス伝も著した詩人で音楽評論家のマックス・カルベック(1850~1921)は第1楽章冒頭の「F-As-F(ヘ-変イ-ヘ)」の上行のモットー動機について、ブラームスの若い時からの信条だった「Frei aber froh(自由にしかし楽しく)」を意味する音名象徴と述べている。

 たしかにこの交響曲には力強い面もあることは事実である。しかし全体としては(少なくともベートーヴェンの《英雄》交響曲のような)雄々しさに満ちたものではなく、また自由や楽しさといった性格とも結び付きにくい。むしろ哀愁を含んだ孤独感、割り切れない思いといったものが滲み出ている。

 この交響曲が書かれたのは1883年、ブラームスが50歳の時である。今日の感覚では50歳は仕事盛りの壮年期だが、平均寿命の違う当時は一般に老齢を意識する一つの節目と捉えられていたようだ。ブラームスの意図はともかくとしても、この作品にはそうした人生の秋を思わせるような特質がある。

 作曲への着手時期は正確にはわからない。すでに1882年秋に構想されていたという説もあるし、1883年春の聖霊降臨節にライン旅行した折に霊感が湧き起こったともいわれる。いずれにせよ創作は主にこの1883年の夏に避暑に訪れたヴィースバーデンで進められた。美しい自然に囲まれた落ち着いた環境のもと、作曲ははかどり、また少し前から付き合いのあった若い歌手ヘルミーネ・シュピース(1857~93)の家がこの地にあって彼女と親しく交際できたことも、創作力を刺激したようだ。彼女とは結婚も噂されるほどの親密ぶりだったが、しかしブラームスははじめから年齢のあまりに違う彼女と結ばれることを諦めていたようだ。そうした思いもまたこの作品には反映されているのだろうか。仕上げはウィーンに戻った秋になされている。

 この作品の特質を如実に表しているのが先述の「F-As-F」のモットー動機である。力強い上行動機でありながら、主調のヘ長調に含まれるA(イ)ではなくヘ短調のAs(変イ)を用いているためにどこか暗い情調を帯びている。さらにこの動機に続いて直ちに第1主題が示されるが、そこではヘ長調本来のAが用いられる。ところがそれにぶつけるように低音にはAsを含むモットー動機が鳴り響いており、さらに第1主題の続く部分では再びAsが使われる。かかる音の用法によって長調とも短調とも決めがたい曖昧な響きを生み出しているのだ。こうした工夫は曲全体にいきわたり、それがリズムや拍節の複雑さとも結び付きながら錯綜した情感を表し出していく。

 1883年12月にリヒター指揮ウィーン・フィルによって行われた初演は、フーゴー・ヴォルフ(1860~1903)を筆頭とする反ブラームス派の妨害があったといわれるが、それにもかかわらず成功裡に終わっている。なおその後ブラームスは細部に補筆と訂正を施している。

 第1楽章 アレグロ・コン・ブリオ ヘ長調 前述の上行のモットー動機、それを裏返した形の第1主題、叙情的な第2主題を軸に緊密に構築されたソナタ形式。動的な発展を示すが、最後は勢いを減じたモットー動機と第1主題で静かに終わる。

 第2楽章 アンダンテ ハ長調 穏やかな表情を湛えた緩徐楽章。クラリネットの主要主題は優しい親密さを持つ。対照的に副主題は陰りを帯びたもの。この副主題の動機による静かな和音の神秘的な掛け合いの後、主部主題が展開され、その後主部再現となる

 第3楽章 ポーコ・アレグレット ハ短調 メランコリックな主題を持つ有名な楽章。神妙な中間部を経て、ホルンに主題が戻ってくる。

 第4楽章 アレグロ ヘ短調 不気味にうごめく第1主題に始まる。ほどなくトロンボーンに導かれて荘重な楽句が出るが、これは先述の第2楽章中間部の神秘的な和音に基づくもの。さらに第1主題が発展した後、ハ長調の力強い第2主題が示される。以後凝縮されたソナタ形式(再現部に展開部が含まれた形)によって動的かつ闘争的に発展した後、ヘ長調のコーダへと至る。しかしこのコーダは明るい長調をとりながらも、決して闘争の後の勝利といった性格ではなく、寂しくも達観した境地を感じさせるもので、第1楽章終結部の回想のうちに静かなエンディングを迎える。

(寺西基之)

作曲年代 1883年
初  演 1883年12月2日 ウィーン ハンス・リヒター指揮 ウィーン・フィル団
楽器編成 フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、弦楽5部

スーク:交響詩《人生の実り》op.34

 チェコから国際的な活躍を広げた名匠ドヴォルザーク(1841~1904)は、その出発期に背中を押した先輩ブラームス(1833~97)からも、豊かに湧いてとまらない歌謡性を素直に羨まれたほどの才能だった。ドヴォルザークの弟子であり娘婿でもある作曲家ヨゼフ・スーク(1874~1935)も、師に負けぬ素晴らしい作曲家だ。ドヴォルザークをはじめ先人からの影響下に出発しながら、R.シュトラウス(1864~1949)やドビュッシー(1862~1918)など同時代に活躍した作曲家たちの書法を巧みに取り入れ、緻密で陰翳ふかくスケール大きなオーケストラ曲の傑作を数々生んでいった。

 チェコ西部・ボヘミアのクシェチョヴィチェという農村に生まれたスークは、幼い頃からカントル(学校教師兼教会音楽家)に音楽を学んだ。チェコは、村々で活躍したカントルのおかげで多くの優れた演奏家(特に弦楽器)や作曲家を輩出しているが、ドヴォルザークもスークもそのひとりだ。

 11歳でプラハ音楽院に進んだスークは、ヴァイオリンと作曲を学んで楽才を磨く。〔孫で同名のヨゼフ・スーク(1929~2011)と同じく〕名ヴァイオリニストとしても活躍した彼は、チェコ弦楽四重奏団の一員として40年間にわたって確固たる名声を築くと共に、旺盛な作曲活動を展開。またプラハ音楽院教授として門下からマルティヌー(1890~1959)ら多彩な作曲家を送り出した教育者でもあった。

 音楽院を出たばかりの頃、ドヴォルザークの別荘を訪ねたときに出逢った師の娘オティーリエ(1878~1905)と恋におち、やがて結婚。ところが1904年にドヴォルザークが没したのに続いて翌年、愛妻オティーリエも27歳という若さで亡くなってしまう。身を裂くような深い悲嘆から生まれた慟哭と昇華の交響曲第2番《アスラエル》(1905~06年)から、スークの標題的4部作とも呼ばれる一連のオーケストラ曲が生まれる。死と向き合った交響曲に続いては、自然のなかに生の慰めを見出そうとするような交響詩《夏の物語》(1907~09年)が生まれた。両曲とも既にフルシャ&都響コンビで圧倒的な名演を聴いているが、本日は続く3作目、交響詩《人生の実り》(1912~17年)をお聴きいただく(最後の4作目、1920~29年に書かれた交響詩《エピローグ》の実演も期待しよう)。

 《人生の実り》というタイトルからお察しの通り、人生が愛と葛藤を経て実り熟した末に甘美な終わりへ至る……という標題を描く力作だ。作曲を始めた頃、スークは雑誌で詩人アントニーン・ソヴァ(1864~1928)の「実り」という詩を読み、これから書こうとしている曲はまさにこれだ……とタイトルを曲にも借りたという。

 拡大3管編成(トランペットはバンダを加えると計9本を要する)に最後で17小節だけ女声合唱も加わるという大編成は、分奏も多用する弦楽器をはじめ、まさにR.シュトラウスを東欧色に染めたようなぶ厚い書法。人生行路を描くという点でR.シュトラウスの《英雄の生涯》を想起される方もあろうけれど、スークの本作は特に英雄とは限らぬ「人間」の生、そのデリケートな影から熱い昂揚まで振幅もひろく捉えながら、より抽象的に昇華した音世界といえるだろう。

 そこに特定の物語を読むことはできない。とはいえ、約40分に及ぶ大作を聴くにあたって、明快な手がかりを求める向きはあるかもしれない。そこで(総譜に明記されてはいないけれど)切れ目のない全曲を幾つかのパートに分け、仮に人生の過程を当てはめながら聴いてみるやりかたもあるだろう。

 たとえば一例として──柔らかく揺れる美しい序奏に続いて、若き日の葛藤と成長を描く第1部。ヴァイオリン独奏の活躍する柔らかな曲想に転じたあたりから、愛情溢れる日々とその激しい昂揚を描く第2部。低弦の特徴的な付点リズム動機から切迫感が溢れ昂ぶる第3部では宿命的な波乱と格闘する日々が描かれ(スークの過去作品にも登場する「死の動機」が幾度も鳴りわたり、鎮まったかと思えば低音にうごめく付点リズムから苦悩が炸裂する)、そしてフルートの長いトリルから空気が変わり、付点リズムと3連符の交差するほの暗い行進調の音楽が決意と克己の闘いを象徴するような第4部へ。小太鼓をはじめ打楽器の煽りに巨大なサウンドがうねり、やがて何かを振りきったような明るさが射して壮麗なクライマックスが響きわたり……神秘的な輝きを帯びたサウンドに女声合唱のヴォカリーズ(歌詞はなく母音だけで歌う)が加わると、穏やかな安定へ融けてゆく第5部に入る。

 しかし、私たちの人生がそうであるように、切れ目なく続く波瀾万丈を明快に区分することはできない。スークの本作も、各セクションには豊かな感情が織り重ねられて響き、それをどう解釈しようとも聴き手の自由に任されているだろう。──しかしひとつだけ、スークが総譜の冒頭にもおいたソヴァの詩、その最後の連だけは曲の終わりのイメージのご参考までにここにも記しておこう。「実り、すべてが熟し、ああ、その日の終わりに甘美な夜が訪れる!」

(山野雄大)

作曲年代 1912年~1917年8月14日(完成)
初  演 1918年10月30日 プラハ ヴァーツラフ・ターリヒ指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団およびプラハ国民劇場管弦楽団のメンバー
楽器編成 フルート3(第1・第3はピッコロ持替)、オーボエ3(第3はイングリッシュホルン持替)、クラリネット3(第3はバスクラリネット持替)、ファゴット3(第3はコントラファゴット持替)、ホルン6、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、トライアングル、大太鼓、小太鼓、シンバル、グロッケンシュピール、ハープ2、ピアノ、チェレスタ、弦楽5部、女声合唱、バンダ(トランペット6)

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