都響スペシャル

マーラー:交響詩《葬礼》

 グスタフ・マーラー(1860~1911)のこの交響詩は、初期の大作である交響曲第2番《復活》の第1楽章の初稿にあたる曲で、1888年に作曲された。同年これに先立って交響曲第1番の初稿(この時点では交響詩)が完成しているが、それに引き続いて“交響曲 ハ短調”に着手、その第1楽章としてこの曲を作曲したのである。

 しかしこの交響曲の作曲は頓挫してしまう。そこでマーラーは1891年にこの第1楽章を交響曲の構想から切り離し、単独で交響詩《葬礼》として出版すべくショット社に打診した。“葬礼 Todtenfeier”の題は、ポーランドの詩人アダム・ミツキエヴィチ(1798~1855)の劇詩「父祖祭」をマーラーの友人ジークフリート・リピナー(1856~1911)が訳したドイツ語題に基づくもので(今日の綴りではTotenfeier)、死者の霊を呼び戻す異教的祭礼を意味している。これに霊感を得てマーラーは交響曲を構想したものの、行き詰まって単独の交響詩として発表しようとしたのだった。

 だが出版は実現せず、彼は1893年に再び交響曲としての構想に立ち戻る。そして《葬礼》を改作して最初の計画どおり第1楽章とし、翌1894年に全5楽章からなる声楽入りの大掛かりな交響曲第2番を完成させたのだ。その第1~3楽章は1895年3月4日にマーラー自身の指揮によってベルリンで初演された。この時の第1楽章はもちろん改訂稿で“葬礼”の題も付されていない。

 これ以後初稿(《葬礼》稿)は長い間日の目を見ることはなかった(一度1896年3月16日のベルリンにおけるマーラー指揮の演奏会で「葬礼」と題した作品が演奏されているが、これは改訂稿すなわち交響曲版の第1楽章を単独で取り上げたものである)。やっと20世紀後期のマーラー・リバイバルの中で1983年についに初稿の初演が実現、その5年後の1988年(作曲からちょうど1世紀)に出版もなされた。

 2つの稿を比較すると楽器編成(初稿は3管、改訂稿は4管で金管も増強)や基本速度(前者はマエストーソ、後者はアレグロ・マエストーソ)が変わっているほか、オーケストレーションの相違、ダイナミクスの変更、細部の音型や旋律線やパッセージの違いなど細かい点の異同はかなりある。

 しかし主題の素材や楽想、全体の構成などはほぼ同一で、その点では両稿は根本的に大きく違うわけではない。暗く闘争的な楽想を中心とした第1主題、それとは対照的な憧憬と祈りの気分に満ちた第2主題ともにどちらの稿も共通で、悲劇的な死闘とロマン的な憧れの間で激しい振幅を見せながら劇的に発展していく運びもほぼ同様である。展開部後半、いったん死に絶えたような静寂の後、不気味に身を起こすように低弦が動き出して再発進していく部分で、最後の審判を示唆するグレゴリオ聖歌《怒りの日》の動機がホルンに現れる点も同じだ。

 ただこの部分の直前に、初稿では、改訂稿にないJ.S.バッハのオルガン曲《小フーガ ト短調》BWV578の引用とおぼしきホルンの旋律に始まるミステリアスな一節が挟まれるのが特徴的で、ここが両稿の最も大きな違いとなっている。

(寺西基之)

作曲年代 1888年
初  演 1983年12月14日 ベルリン ヘスス・ロペス=コボス指揮 ベルリン放送交響楽団
楽器編成 フルート3(第3はピッコロ持替)、オーボエ2、イングリッシュホルン、クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット3、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、大太鼓、シンバル、トライアングル、タムタム、ハープ、弦楽5部

マーラー:大地の歌

 1907年はマーラーにとって人生の曲がり角だった。最愛の長女を失い、医師から心臓病を宣告され、さらに反マーラー運動の中でウィーン宮廷歌劇場監督の地位を辞任せざるを得なくなるといった衝撃的な出来事を立て続けに経験することになったのだ。

 そうした中で出会ったのが中国の漢詩に基づくハンス・ベートゲ(1876~1946)のドイツ語による詩集『中国の笛』だった。若い時から常に生と死の問題を思索し作品で表現してきたマーラーだが、それは死の悲劇性、生を求めての勝利、救済思想といった西洋的な考え方に根差したものだった。しかし人生の転機に出会ったこの詩集に読み取れる東洋的な思想――諦観、世の儚さ、それゆえに溺れる歓楽、自然の悠久さを想う自然観――に、マーラーはこれまでの死生観とは異なる世界観を発見する。もちろん東洋思想といっても西洋的観点からの読み直しであり、ベートゲの詩集もハンス・ハイルマン(1859~1930)が独訳した漢詩を世紀末特有のペシミズム的観点から自由に翻案したものだった。

 従来の西洋的価値観を否定しようとした世紀末精神が東洋世界に目を向けた時に生まれた独自の世界――それにマーラーは深く共鳴し、このベートゲの詩に改変を加えたものを歌詞として声楽入りの「交響曲」を1908年夏にほぼ書き上げる(推敲は翌年まで)。それが《大地の歌》で、西洋的な救済思想に基づいたカンタータ風の前作第8交響曲と全く異なる、虚無的なペシミズムを基調とする作品となった。

 作品のスタイルの点でも《大地の歌》は、彼の交響曲の中では異例の作品である。これ以前の交響曲にも声楽を取り入れてきたマーラーだが、この《大地の歌》は、単に声楽の導入というのでなく、全くの連作歌曲集(第1、3、5楽章はテノール独唱、第2、4、6楽章がアルト〔またはバリトン〕独唱)の趣を呈しているのだ。本来付けるべき第9番という番号を彼がこの作品に付さなかったのも、妻アルマ(1879~1964)が伝える“第9番を書くと死ぬというジンクスを避けた”ことよりも、そうした歌曲集的なスタイルの作品であるということが大きかったようで、実際この作品の場合、本題はあくまで《大地の歌》で“交響曲”は副題的な扱いとなっている。

 それでもなおこれに交響曲と記したのは、歌曲としては幾つかの楽章(とりわけ終楽章)の規模が大きく形式上も複雑であること、作品全体が論理的な楽章構成で構築されていること、楽章相互に動機的関連が見られることなど、交響曲的な論理というものが全曲の土台としてあるからだろう。

 とりわけ、生と死の暗さを歌う第1楽章と人間の孤独を省察する第2楽章および人生への別離を表す長大な第6楽章を全体の枠組みとし、その間に青春、美、酒の歓楽を歌う短めの中間楽章(第3~5楽章)を挟むシンメトリックな構成は、この大曲全体を有機的に纏まとめる役割を果たすとともに、作品の持つペシミズムを一層強調することにもなっている。

 第1楽章「現世の愁いをうたう酒歌」は李白の「悲歌行」に基づくが、ベートゲは原詩を自由に扱っている。冒頭ホルンの叫びに続いて第1&第2ヴァイオリンに示される「ラ-ソ-ミ-ド」の主題はこの作品全体のいわば基本動機である。テノールによる自由な変奏有節歌曲の形をとるが、各節はソナタ形式の各部分に相当する役割を持っており、交響曲の冒頭楽章に相応しい自由なソナタ形式楽章とも見なし得る。各節終わりに「生は冥(くら)い死もまた冥い(Dunkel ist das Leben, istder Tod.)」という語による下行旋律のリフレインを置くことでペシミズムの気分を際立たせているのが効果的。また第3節の前の長い間奏部分では悠久の自然への憧憬が表される。

 第2楽章「秋に寂しき人」は緩徐楽章に当たる楽章。原詩は銭起の作といわれるが明らかでない。前述の基本動機によるオーボエの物悲しい旋律に続いて、秋の情景の中での人間の孤独とその疲れをアルト独唱が静かに内省的に歌う。室内楽風の抑制された管弦楽の響きも詩の内容に相応しい。

 第3楽章「青春について」は、第4、5楽章とともにスケルツォに相当する楽章といえる。これら3つの楽章の明るい軽快さは暗い全曲の中ではオアシスのような役割も果たしているが、その明るさの裏には常にペシミズムが感じられる。テノール独唱による第3楽章の原詩は李白の作といわれているが確証はない。5音音階を用いた擬東洋的な音調のうちに青春のうたかたの楽しみが歌われる。

 第4楽章「美しさについて」はアルト独唱による楽章。李白の「採蓮曲」を原詩とするベートゲの詩にマーラーは大きく手を入れている。岸辺で蓮を摘む乙女を歌う穏やかな主部に対して、荒馬にまたがる少年を描く中間部では激しい盛り上がりが示される。

 第5楽章「春に酔う人」は李白の「春日酔起言志」を原詩とする。酒をとおして人生の儚さをテノールが歌う点で第1楽章に通じるが、第1楽章の激しく暗い悲劇性に代わり、自虐的な陽気さと逃避的な夢の世界に結び付いた明るい音調が支配する。

 第6楽章「告別」は全曲の約半分の長さを占めるアルト独唱の大規模なフィナーレ。前半は孟浩然の「宿業師山房期丁大不至」、後半は王維の「送別」を原詩としているが、マーラーはベートゲの詩に手を入れ、さらに自身の詩句も付加して、当時の自身の死生観を反映させている。前半と後半の間には長大な管弦楽のみの間奏が挟まれているが、楽章全体がソナタ形式を下敷きとしていると見なすことも可能で、重々しい葬送行進曲の宿命的な歩み(ハ短調)による開始から、浄化された響き(ハ長調)による終結へとゆっくりとした流れのうちに導かれていく。

 最後は「永(とこ)遠(しえ)に(ewig)」という歌詞による下行2度音型の繰り返し(この音型は次作の第9交響曲冒頭に受け継がれる)とハ長調の主和音+付加6度(ド-ミ-ソ-ラの基本動機)の和音のうちに“死にゆくように(ersterbend)”(スコアの指示)閉じられる。

(寺西基之)

作曲年代 1907~09年
初  演 1911年11月20日 ミュンヘン ブルーノ・ワルター指揮
楽器編成 ピッコロ、フルート3(第3はピッコロ持替)、オーボエ3(第3はイングリッシュホルン持替)、小クラリネット、クラリネット3、バスクラリネット、ファゴット3 (第3はコントラファゴット持替)、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、グロッケンシュピール、トライアングル、シンバル、大太鼓、タムタム、タンブリン、ハープ2、チェレスタ、マンドリン、弦楽5部、アルト 独唱、テノール独唱

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