第836回 定期演奏会Aシリーズ

ハイドン:交響曲第102番 変ロ長調 Hob.Ⅰ:102

 ヨーゼフ・ハイドン(1732~1809)の交響曲のうち最後の12曲、すなわち第93番から第104番までは、「ザロモン・セット」あるいは「ロンドン・セット」などと呼ばれている。ハイドンは長年、ハンガリーの貴族エステルハージ家の楽長を務めてきたが、音楽好きだったニコラウス・ヨーゼフ・エステルハージ侯(1714~90)が世を去ると、楽団は解散、ハイドンは名目のみの楽長となる。

 これを好機と考えたのが、ロンドンでザロモン・コンサートという演奏会シリーズを主宰していたヴァイオリニスト、ヨハン・ペーター・ザロモン(1745~1815)だ。彼はウィーンにいたハイドンを急遽訪れ、新作オペラと12曲の交響曲を依頼する。ハイドンは承諾し、1791~92年と1794~95年の2度にわたり、ザロモンのためにロンドンを訪れた。

 しかし、第93番から第101番までの9曲が演奏されたところで、フランス革命の影響によって大陸から歌手たちを招聘することが困難になり、ザロモン・コンサートを続けていくことができなくなった。そこでザロモンは、ザロモン・コンサートよりも大きな60名の楽団をロンドン在住の音楽家たちによって編成し、「オペラ・コンサート」(オペラ座を会場としていたためこう呼ばれる)というシリーズを開始した。ハイドンの第102~104番は、1795年2月から5月にかけて行われたこのシリーズのために書かれたものである。

 交響曲第102番は1794年に書かれ、1795年2月2日、第1回オペラ・コンサートで初演された。その後、第2回と第5回のコンサートでも再演されている。《軍隊》《太鼓連打》《ロンドン》といったあだ名のある作品に比べると知名度は落ちるが、ハイドンの交響曲でも屈指の名作である。

 第1楽章 ラルゴ~ヴィヴァーチェ 変ロ長調 2分の2拍子(序奏、主部とも) 序奏付きソナタ形式。主音であるB(変ロ)音を全楽器がユニゾンで鳴らし、遅い序奏が始まる。主部の第1主題はハイドンらしい元気なものだが、これは序奏冒頭の音型と関連している。A(イ)音のユニゾンが流れを止めると、ニ短調の第2主題が出るが、すぐに第1主題主体の流れに戻る。

 展開部はG(ト)音のユニゾンで始まる。緊張感に富んだ展開が行われるが、ここでは第2主題が大きな役割を果たす。4小節にわたるティンパニのトレモロ(クレッシェンド)に導かれ、再現部となる。

 第2楽章 アダージョ ヘ長調 4分の3拍子 主題のあと3つの変奏が続く。主題は、装飾音を特徴とするヘ長調の前半と、3連符の連続するハ短調の後半からなっており、前半にはチェロ独奏のオブリガートがつく。3つの変奏のうち、第2変奏だけが変イ長調となり、雰囲気が変わる。なお、1794年に作曲されたピアノ三重奏曲嬰ヘ短調Hob.XV:26の第2楽章(アダージョ)は、この楽章と事実上同じ音楽である。

 第3楽章 メヌエット/アレグロ 変ロ長調 4分の3拍子 各小節の1拍目が装飾音を持つ力強い主部に対し、オーボエとファゴットがレントラー風の旋律を歌うトリオはのどかな雰囲気となる。

 第4楽章 フィナーレ/プレスト 変ロ長調 4分の2拍子 ロンド・ソナタ形式によるフィナーレ。クロアチアの民謡から採られたといわれる軽快な第1主題、半音階的な第2主題とも、どこかユーモラスな性格を持っている。中間部(展開部)では第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンとの掛け合いが面白い。

(増田良介)

作曲年代 1794年
初  演 オペラ全曲/1795年2月2日 ロンドン
楽器編成 フルート2、オーボエ2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦楽5部

ブルックナー:交響曲第3番 ニ短調 WAB103《ワーグナー》(ノヴァーク:1873年初稿版)

 アントン・ブルックナー(1824~96)が交響曲第3番に着手したのは1872年の秋だったが、現在最もよく演奏される第3稿が完成したのはその17年後、1889年のことだった。この17年の間に、この曲は作曲者によって何度も手が加えられ、大きく姿を変えていった。そのため、この曲にはいくつかの異稿が存在する。一般的によく知られているのは、レオポルト・ノヴァーク(1904~91)の校訂で出版されている以下の3つのヴァージョンだ。

 初稿 (作曲/1872~73年)※本公演で演奏
 リヒャルト・ワーグナー(1813~83)作品からの引用を多く含み、3つの稿のうちで最も長い。ブルックナーが、交響曲第2番と第3番の楽譜を携えて、バイロイトのワーグナー宅を訪ねた(1873年9月)エピソードはよく知られている。ワーグナーは第3番に大いに興味を示し、ブルックナーを激励したので、ブルックナーはこの曲をワーグナーに献呈した。そのためこの曲は、《ワーグナー》交響曲と呼ばれることもある。このときの第3番は未完成段階にあった初稿だった。
 初演は、ヨハン・ヘルベック(1831~77)指揮のウィーン・フィルによって行われる予定だったが、「演奏不可能」ということで中止されてしまった。以後、作曲者の生前は演奏も出版もされず、1977年に初めて出版された。

 第2稿 (改訂/1876~77年)
 交響曲第5番の作曲中に改訂を始め、1877年4月28日に完了した(さらに、1878年1月30日にスケルツォのコーダが書き上げられた)。ワーグナーからの引用のほとんどを削除し、全体を大幅に短縮している。1877年12月16日、作曲者指揮ウィーン・フィルによって初演されたが、大失敗に終わった。1950年に出版された、国際ブルックナー協会による第1次全集の楽譜(エーザー版)は、この第2稿に基づいていた。

 第3稿 (改訂/1888~89年)
 作曲者自身によるヴァージョンとしてはこれが最終だ。改訂当時、ブルックナーは交響曲第9番の作曲を進めていた。当然のことながら、音楽のスタイルは初稿、第2稿と大きく異なり、後期の様式が入っている。また、初稿が全曲で2056小節あったのに対し、この第3稿は1644小節と、ほぼ5分の1も短くなった。初演は1890年12月21日、ハンス・リヒター(1843~1916)指揮ウィーン・フィルによって行われ、成功を収めた。1959年、ノヴァークの校訂で出版された。現在、この曲が演奏される 際はこの版が使われることが多い。

 以下では、本日演奏される初稿の各楽章について、一般的によく演奏される第3 稿との相違点をピックアップしながら解説する。

 第1楽章 中庸に、神秘的に ニ短調 2分の2拍子 第3稿では速度指示が「中庸に」ではなく「遅めに」となっている。ブルックナーの愛用した、3つの主題を持つソナタ形式の楽章。いかにもブルックナーらしい弦の動きの中から、トランペットによる第1主題の旋律が浮かび上がる。旋律線そのものは改訂を通じてほぼ変わっていないが、トゥッティによる最初のffが出た後の全休止で、第3稿では休符にフェルマータが付いているのに初稿は付いていないなどの違いがある。

 第2主題は第2ヴァイオリンが流麗に歌うヘ長調の主題で、3+2あるいは2+3の、いわゆるブルックナー・リズムが使われている。第3主題も同じリズムに基づいているが、今度はヘ短調で、第2主題とは対照的に「はっきりと弾いて」という指示がある。

 展開部の最後あたりで、弦がpppになり、半音階を下がっていく旋律が出てくるが、これはワーグナー『ヴァルキューレ』の「眠りの動機」の引用である。この部分は初稿にしかない

 第2楽章 アダージョ/荘厳に 変ホ長調 4分の4拍子 第3稿では「アダージョ/動きをもって クワジ・アンダンテ」となった。第2楽章は改訂作業で最も大きく姿を変えた楽章だ。全体の構成は、初稿ではA1-B1-C1-B2-A2-B3-C2-A3-コーダの形。複雑に見えるが、下線部を一体と見れば、主部(A)とエピソードの交代でできていることが分かる。第3稿では短縮され、A1-B1-C1-B2-A2-コーダとなった。

 第1ヴァイオリンによる主部の主題(A)、ヴィオラによる4分の3拍子の主題(B)、「より遅く、神秘的に」と指示のある、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの主題(C)とも、非常に美しい。また、初稿では、A3の部分にワーグナー『タンホイザー』からの堂々たる引用があるが、これは第2稿以降では削除された。

 第3楽章 スケルツォ/かなり急速に ニ短調 4分の3拍子 3部形式のスケルツォ。ヴァイオリンの旋回音型が繰り返された後、ほぼD(ニ)とA(イ)だけでできた主題が最強音で鳴る。トリオはレントラー的なのどかな雰囲気となる。トリオの後ではブルックナーの通例通り、主部がそのまま繰り返される。

 このような構成は改訂を経ても基本的に変わっていないが、細部には違いがあり、特に楽章の締めくくり方は何度も書き直された。ニ長調の主和音で終わることに変わりはないが、第3稿ではヴァイオリンが冒頭の旋回音型を8回繰り返し、最終的に属音A(イ)で終わるのに対し、初稿では最後に4度上がり、主音D(ニ)で終わる。

 第4楽章 フィナーレ/アレグロ ニ短調 2分の2拍子 この楽章も3つの主題を持つソナタ形式となっている。半音上昇を忙しく繰り返す弦に導かれて現れるたくましい第1主題、弦楽器のポルカ風の旋律に管楽器のコラールが重なる嬰ヘ長調の第2主題、突然最強音で現れる、残響の長い聖堂に響くオルガンのような第3主題は、どの稿にも共通している。

 しかしこの楽章は、初稿ではたくさんあった全休止(いわゆる「ブルックナー休止」)が第3稿では非常に少なくなっていることをはじめ、稿によっていろいろな違いがある。全体の長さも、初稿が764小節、第3稿が495小節と、改訂によって大幅に短くなっている。最も大きく変わったのが再現部とコーダだ。再現部は、初稿では3つの主題が順に出てくるオーソドックスなスタイルなのに対し、第3稿では第1・第3主題がまるごと省略されている。また、初稿のコーダでは、第1楽章の第2主題、第2と第3楽章の第1主題の断片が順に回想される部分があるが、これは第3稿では削除されている。

(増田良介)

作曲年代 1872~73年
初  演 初稿/1946年12月1月 ドレスデン
ヨーゼフ・カイルベルト指揮 シュターツカペレ・ドレスデン
楽器編成 フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、ティンパニ、弦楽5部

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