第834回 定期演奏会Cシリーズ

ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲

 フランス近代の作曲家クロード・ドビュッシー(1862~1918)は、伝統的な語法にこだわらない斬新な響きのうちに或る事象のイマージュを喚起するような、新しい音楽のあり方を求めた。1892~94年に書かれた《牧神の午後への前奏曲》はそうした彼の方向が管弦楽曲のジャンルでは初めてはっきり示された重要な作品である。

 題材となったのは、親交のあったフランス象徴主義詩人ステファヌ・マラルメ(1842~98)の「牧神の午後」という題のエグログ(相聞牧歌詩)。この詩は、午睡から醒めた牧神が、夢うつつの中ニンフに欲望したり美神ヴェニュスを抱く幻想にすがったりするが、再びけだるい微睡(まどろみ)に陥っていく、という内容のもので、印象的なフルート独奏の主題に始まるこの曲はそうしたマラルメの詩の幻想的な雰囲気を見事に映し出している。

 伝統的な長・短音階から離れた音語法、従来の展開法とは異なる自由かつ緻密な構成法、流動的なリズムの扱い、デリケートな音色の変化など、ドビュッシー独自の音楽的特質が10分程の小世界のうちに集約された名品だ。

(寺西基之)

作曲年代 1892~94年
初  演 1894年12月22日 パリ
楽器編成 フルート3、オーボエ2、イングリッシュホルン、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、アンティークシンバル、ハープ2、弦楽5部

ダンディ:フランスの山人の歌による交響曲 op.25

 ヴァンサン・ダンディ(1851~1931)は近代フランスの作曲家である。早くから楽才を発揮し、10代から作曲を手掛けた後、1872年からはセザール・フランク(1822~90)のもとでさらに勉学を積んだ。J.S.バッハやベートーヴェンなどのドイツ音楽を重んじ、とりわけワーグナーに心酔していたダンディにとって、フランス作曲界の中で独自の流れを作り出していたベルギー出身のフランクから学ぶところは多く、大きな影響を受ける。以後彼は、フランキストと呼ばれるフランク支持派の中心人物のひとりとして、師譲りの構築的手法を生かした作曲活動を展開していく。

 フランク死後の1890年からは彼の後を継いで国民音楽協会の実質上の会長を務め、さらに1896年には音楽学校スコラ・カントルムを創設し、教育者としてもめざましい功績を残すなど、フランス楽壇で指導的役割を果たした。

 ダンディの作品中とりわけポピュラーなのが1886年に書かれた《フランスの山人の歌による交響曲》である。彼自身はパリ生まれだが、家系は南方のヴィヴァレ地方(アルデシュ県)の貴族の血を引いていたことで、セヴェンヌ山脈中にあるこの地方を愛し、しばしば訪れた。ここ一帯の民謡を収集したことにもそうした思い入れが窺える。当作品もまさにセヴェンヌの羊飼の歌う民謡を主要主題としたもので、“セヴェンヌ交響曲”の別名でも親しまれている。

 全体は3楽章構成で、その民謡を循環主題とした循環形式(楽章をまたいで共通の主題を使用することで全体の統一を図る方法)で作られている。循環形式は19世紀後期のフランスで好んで採用された手法だが、それを特に論理的に用いたのがフランクだった。ダンディも彼の弟子としてこの手法を十二分に生かし、民謡主題を全編にわたって循環させるとともに、他の主要主題もこの主題から派生させるなど、全体を有機的に構成している。

 当作品に特徴的なのは、ピアノ独奏と管弦楽という協奏曲の形態をとりつつも、ピアノが必ずしも常に前面に出るのでなく、概して管弦楽のひとつのパートとしての役割を担うといった扱いがみられる点である。“協奏曲”でなく“交響曲”とした点にもそうした意図が窺えよう。

 循環主題の民俗的な性格もあって、ダンディの作品の中でも特にフランスの民族的・風土的な特質が打ち出された魅力溢れる作品である。

 なお、この曲の諸主題は冨田勲(1932~2016)の《イーハトーヴ交響曲》(2012年初演)に用いられたことで、日本ではよく知られるようになった。

 第1楽章 充分遅く~適度に生き生きと ト長調 緩やかな序奏においてまずイングリッシュホルンによって伸びやかに示されるのが、前述の羊飼の歌による循環主題。主部はソナタ形式で、付点リズムで上行する第1主題は循環主題と関連する。対照的に第2主題はなだらかな下行音階によるもの。随所に循環主題が顔を出し、再現部では第1主題が強奏で回帰して頂点を作るものの、全体の雰囲気は牧歌的で、最後ものどかな循環主題で閉じられる。

 第2楽章 充分穏やかに、しかし遅すぎず 変ロ長調 ピアノと管弦楽の穏やかな対話で始まるが、その主題は循環主題から派生している。これを中心に、翳りを持つ副楽想も織り交ぜつつ、幻想的に発展し緊迫感を強めていくが、その緊張を和らげるように循環主題がホルンに現れるのが効果的だ。

 第3楽章 生き生きと ト長調 冒頭ピアノに示される音型は循環主題に基づくもので、この上に木管群が民謡調の躍動的な主題を奏でる。この主題を軸に幾つかの対照的な副主題を配し、循環主題の変形や第2楽章の主要主題も絡めつつ、ロンド風の華やかな発展を繰り広げていく。

(寺西基之)

作曲年代 1886年
初  演 1887年3月20日 パリ ボルド・ペーヌ(ピアノ)
作曲者指揮 ラムルー管弦楽団
楽器編成 フルート3(第3はピッコロ持替)、オーボエ2(第2はイングリッシュホルン持替)、クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット3、ホルン4、トランペット2、コルネット2、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、大太鼓、シンバル、トライアングル、ハープ、弦楽5部、独奏ピアノ

ベートーヴェン:交響曲第6番 ヘ長調 op.68《田園》

 ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770~1827)自らが《田園》と題したこの交響曲は、1807年から1808年にかけて作曲された(構想は1803年頃から)。同じ1808年に完成され初演も同じ日になされた交響曲第5番とともにこの頃の彼の革新的な姿勢が様々な面でみられる曲だが、とりわけ第6番で注目されるのは標題的な特性を備えていることである。作曲者自身「絵画的描写よりもむしろ感情(気分)の表現」であると断ってはいるものの、各楽章には情景的な題が付され、描写的な面も随所に現れるこの作品のあり方は、のちのロマン派の標題交響曲に大きな影響を与えることになった。

 ロマン派が目指したような標題交響曲をベートーヴェンが意図していたわけではないものの、19世紀の作曲家たちにとってこの作品がひとつの範となり、ベルリオーズの《幻想交響曲》や《イタリアのハロルド》などに始まるロマン派の標題交響曲の隆盛をもたらすことになったという点で、この作品はきわめて大きな意味を持っている。

 こうした標題的な性格に即して、この作品は構成・形式の点で従来の交響曲にはない新しい特質を示している。最も際立った特徴は、当時の交響曲としては異例の5楽章構成をとり、しかも第3楽章以降を連続させた点だろう。つまり従来のスケルツォ楽章とフィナーレを繋げる中間楽章として、自由な形式による描写的な“嵐”の楽章を挿入しているのである。これは、田舎の集いが嵐で遮られその嵐の去った喜びが神への感謝に至る、という標題的な意味の繋がりを示すに相応しい構成である。

 書法の点でも、例えば第1楽章の展開部で、第1主題の中の動機を意図的に単調に繰り返す効果とそれを支える和声の色合いの変化とを組み合わせることによって、田園風ののどかな、しかも微妙に変わる雰囲気を生み出している。まさに「感情(気分)の表現」に見合った手法であり、標題的内容とソナタ形式の動機労作の方法を結び付けようとする実験的な創作姿勢が窺えよう。

 第1楽章「田舎に着いた時の愉快な気分のめざめ」(この題は初版発行時に出版社の意向で修正され、長らく踏襲されてきたもの。近年は原典版が出たことにより元の表記「田舎に着いた時にめざめる喜ばしい快活な気分」が普及してきた)
 アレグロ・マ・ノン・トロッポ ヘ長調 民謡風の第1主題と伸びやかな第2主題を持つソナタ形式楽章。交響曲第5番の第1楽章同様に動機労作の手法が活用されるが、それが第5番の場合のように凝縮的な仕方により緊迫感を打ち出すといった方向に向かうのでなく、前述のように、のどかな拡散的方向に用いられている。

 第2楽章「小川のほとりの情景」 アンダンテ・モルト・モッソ 変ロ長調 精妙なリズム上の変化と精緻な管弦楽法によって穏やかな気分を生み出していく緩徐楽章。コーダでは木管に鳥の声が模写される。

 第3楽章「田舎の人々の楽しい集い」 アレグロ ヘ長調 スケルツォに相当し、主部は速い3拍子の民俗的な舞曲(開始はヘ長調で、すぐニ長調に転じる点が興味深い)で始まり、後半はオーボエに出る牧歌的な旋律で展開する。対照的にトリオ部分は2拍子の粗野な舞曲(変ロ長調)となる。

 第4楽章「雷鳴、嵐」(原典版では「雷雨、嵐」) アレグロ ヘ短調 自由な形式による短い間奏的な楽章。この楽章のみピッコロとティンパニが用いられ、トロンボーンもこの楽章から参加。巧みな楽器の用法で大自然の脅威が迫真的に描かれる。

 第5楽章「牧人の歌。嵐の後の喜ばしい感謝の気持ち」(原典版では「牧人の歌。嵐の後の神への感謝に結び付いた慈愛の気持ち」) アレグレット へ長調 牧歌的な主題を中心とするロンド・ソナタ風の論理的な構成のうちに神への感謝が示されるフィナーレである。

(寺西基之)

作曲年代 1807~08年
初  演 1808年12月22日 ウィーン 作曲者指揮
楽器編成 ピッコロ、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、トロンボーン2、ティンパニ、弦楽5部

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