プロムナードコンサートNo.372

ベートーヴェン:バレエ音楽《プロメテウスの創造物》序曲 op.43

 ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770〜1827)の初期の終わり頃の所産である《プロメテウスの創造物》は、当時ウィーンで活動していたイタリア出身の舞踏家・振付家サルヴァトーレ・ヴィガノ(1769〜1821)の構想によるバレエのために書かれた音楽で、ギリシャ神話のプロメテウスを主人公としたものである。

 ヴィガノ自身が作成した台本は消失しているために物語の詳細は不明だが、残された資料から概略は次のようなものだったと思われる。プロメテウスは泥と水から人間の男女の像を作り、天上から盗み出した火で像に生命を吹き込む。しかしこの人間たちには知性や理性がなかったため、プロメテウスは彼らをパルナッソス山に連れて行き、アポロをはじめとする神々のもとで教育を受けさせ、彼らは真の人間となる。

 こうした物語の背景には、人間の理性や知性を重んじる当時の啓蒙主義思想や、フランス革命の寓意があることは明らかで、それはベートーヴェン自身の思想に通じるものであった。作曲は1800年から翌年初めにかけてなされ、1801年3月にウィーンのホーフブルク劇場で行われた初演は好評を博している。

 全体の構成は序曲、導入曲、16のバレエ曲の計18曲。1曲ごとに特徴的な性格付けがなされ、特に序曲はしばしば単独で演奏される名曲である。アダージョの序奏で始まるが、その冒頭の大胆な和声の扱いはこのバレエのすぐ前に書かれた交響曲第1番の冒頭に通じる点がある。続くアレグロ・モルト・コン・ブリオによるソナタ形式の主部は無窮動風な動きによる第1主題と軽やかな第2主題を持ち、やはり交響曲第1番を思わせる明るい性格のもの。若きベートーヴェンの生気がほとばしり出たような魅力溢れる序曲である。

(寺西基之)

作曲年代 1800〜01年
初  演 1801年3月28日 ウィーン
楽器編成 フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦楽5部

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番 ハ短調 op.37

 ベートーヴェンは生涯で番号付きのピアノ協奏曲を5つ残しているが、この作品のみ短調で書かれており、異例の位置を占めている。

 ここで、ハ短調という調性の意味について考えておこう。少なくとも19世紀前半までのヨーロッパの美学においては、それぞれの調性は各々異なる意味合いを具えていると考えられていた。中でもハ短調は、悲劇性や闘争を象徴する調性だったのである。

 じっさい、当ピアノ協奏曲を作った当時のベートーヴェンは、終生抱え込むこととなる耳の病と闘っている最中だった。また遠くフランスでは、ナポレオン・ボナパルト(1769〜1821)が第一統領に就任して権力を掌握。ベートーヴェンも熱狂したフランス革命の思想をヨーロッパ中に広めることを錦の御旗に、各地で快進撃を繰り広げていた。このような公私にわたる“闘いの時代”に、それを端的に象徴する調性をベートーヴェンは最新のピアノ協奏曲に持ち込んだ。そしてこれは、非常に思い切った決断ではなかったか?

 ピアノ協奏曲は元来、ピアニストがオーケストラをバックに自らの腕前を披露するためのジャンルだった。というわけで古典派の協奏曲では、たとえば第1楽章においてまずはオーケストラが前座のようにメロディを奏でた後、独奏ピアノが花道を通るがごとくやおら登場するといった形式も、ピアニストこそが主役であるという考え方を如実に反映したものに他ならない。そしてこの形式はあまりにも説得力があったため、ベートーヴェンの当協奏曲ですら、それに則って書かれているほどである。

 ただし従来型のピアノ協奏曲においては、ピアニストの腕前を華々しく強調するという目的のゆえ、長調を基本とする煌びやかで派手やかな曲想がよしとされていた。そうした風潮の中にあって、ベートーヴェンはあえて短調、それもハ短調という調性を導入した。ちなみに協奏曲に短調を導入した有名な先例は、彼の先輩にあたるモーツァルト(1756〜91)だが、いわばその路線を継承・拡大したのがピアノ協奏曲第3番だったといえよう(当協奏曲でこのジャンルに大きな価値転換をもたらしたベートーヴェンは、続くピアノ協奏曲第4番・第5番《皇帝》においては、曲の冒頭からピアノを登場させたり、オーケストラにピアノと同等の主張を行わせたりといった具合に、さらなる斬新な世界を築き上げていった)。

 第1楽章アレグロ・コン・ブリオの表記の下、2分の2拍子、つまり闘争性を帯びた行進曲を想起させる拍子に乗って、ソナタ形式に基づくハ短調の激しい音楽が奏でられる。第2楽章は対照的にラルゴ(ゆったりと)と指定され、8分の3拍子に基づく瞑想と慰めに満ちたホ長調の曲想が複合三部形式で交差する。第3楽章は再び2拍子(ただし4分の2拍子)に戻り、アレグロ指定の下、ロンド形式で短調や長調の部分が激しく切り結んだ後、最後は急速なテンポで輝かしいハ長調が響きわたる。

 このように全体としてはハ短調を基本としているものの、そこに長調の楽想が時には勇壮に、時には優しく絡むことで、ベートーヴェンが闘いの中で掴み取ろうとしていた希望や、悩み多い日々の中で夢見た希望が明滅する。そうした意味で、当曲は古典派の協奏曲の様式にぎりぎりで踏みとどまる一方、作曲家の情熱や感情が至るところにほとばしる作品として、19世紀のロマン派のピアノ協奏曲への道を切り開いた存在といえるだろう。

(小宮正安)

作曲年代 1796〜1803年
初  演 初演:1803年4月5日 ウィーン アン・デア・ウィーン劇場 作曲者独奏
楽器編成 フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦楽5部、独奏ピアノ

メンデルスゾーン:交響曲第3番 イ短調 op.56《スコットランド》

 オーケストラ用に5曲書かれたメンデルスゾーン(1809〜47)の交響曲のナンバリングが出版順に並んでいることはご存じの方も多いだろう。作曲順に並べ替えると、
第1番 1824年
第5番《宗教改革》 1830年
第4番《イタリア》 1833年
第2番《賛歌》 1840年
第3番《スコットランド》 1842年
となり、この交響曲第3番がメンデルスゾーンの実質的な「最後の交響曲」に相当することがわかる。

 しかも近年の研究によれば、メンデルスゾーン自身は管弦楽編成の交響曲を、12曲ある「弦楽のための交響曲」からの続編として考えていたことや、現在「交響曲第2番」とされている《賛歌》は実のところ宗教曲の性格が強いカンタータ的な作品として発表されていたことなどが指摘されており、将来的には(シューベルトの《未完成》や《ザ・グレート》の番号が変わったように)「メンデルスゾーンの交響曲」に関するナンバリングが改められる可能性も決して少なくはないようだ。早熟の天才であったメンデルスゾーンが30代後半という若さで早世しなければ、あるいは自分の納得のいく作品を系統立てて整理する余裕にも恵まれたのかもしれない。

 この交響曲第3番のサブタイトルとして定着している《スコットランド》という名称も、作曲者の意図を反映したものかどうかについては議論がある。メンデルスゾーンは1829年の夏、スコットランドの古都エディンバラに滞在してこの交響曲の着想を得た。中世の趣きを色濃く残す古城などが多い同地だけに自然や歴史を好む彼のインスピレーションを刺激する事物には事欠かなかったと思われ、この頃には書簡などにも「私のスコットランド交響曲」といった言い回しが登場する。

 ところが次第に作曲の筆は滞り、1835年から始めたライプツィヒでの指揮活動の多忙さも重なったことで作曲は長いあいだ目立った進展をみせなかった。やがてプロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム4世から招かれてベルリンの宮廷礼拝堂楽長に就いたメンデルスゾーンは、一念発起して1841〜42年にかけこの作品と集中的に取り組み、ようやく完成・初演にこぎつけている。

 彼の自筆譜や出版譜にはスコットランドやそれを連想させる具体的な書き込みはなく〔あえて言えば初版譜にある第4楽章冒頭の「guerriero(闘争的に)」という発想記号が中世の騎士たちの闘いを暗示しているとも解釈できるが〕、着想こそ彼の地の風物から得たものの、最終的にはそうした標題性をあえて避けるように交響曲としての純化が図られていったと考えるのが妥当だろう。

 一方で、文学的な興味から“着想の源としてのスコットランド”に想いを馳せた後世の人々がこの副題を用いたのも自然な流れであり、同様の経緯を持つ交響曲第4番《イタリア》(こちらはサルタレッロのリズムなどイタリアを強く感じさせる要素にも事欠かないが)と並んで、興趣のひとつとして受容することは許されるのではないか。

 曲は4楽章制をとるが、各楽章はすべてアタッカで(続けて)演奏される。これはメンデルスゾーン自身の指示である。

 第1楽章(アンダンテ・コン・モート〜アレグロ・ウン・ポーコ・アジタート)は序奏を伴うソナタ形式。第2楽章(ヴィヴァーチェ・ノン・トロッポ)は楽しい雰囲気をたたえたスケルツォ。緩徐楽章にあたる第3楽章(アダージョ)では終始ひそやかなメランコリーが漂う。第4楽章(アレグロ・ヴィヴァチッシモ〜アレグロ・マエストーソ・アッサイ)は激しくリズミカルなフィナーレ。コーダで劇的に楽想が変わり、雲間から光明が射すような表現はとりわけ印象的である。

(吉村 溪)

作曲年代 1829〜42年(1843年まで断続的に改訂)
初  演 初演:1842年 ライプツィヒ
作曲者指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
楽器編成 フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、ティンパニ、弦楽5部

文章・写真等の無断転載を禁じます。