大阪特別公演

ベートーヴェン:劇付随音楽《エグモント》序曲 op.84

 ……舞台は16世紀のネーデルランド。現在でいえばオランダからベルギーにまたがる地域だが、当時はスペインに支配されていた。その圧政からの解放を勝ち取るべく立ち上がった領主のひとりがエグモント。スペイン王が粛清のために送り込んだアルバ公に対して彼は恭順の意を示さず、投獄され死刑の身となる。エグモントの恋人クレールヒェンの祈りも届かず、彼女は毒を飲んで自害を遂げてしまう。しかしその後、牢の中でエグモントが眠りに落ちていると、クレールヒェンの幻影が自由の女神の姿で現れ、愛する人へ祝福の言葉を与えながら、同胞の民の未来が約束されていることを彼に告げる。目覚めたエグモントは決然と絞首台へ向かうのだった……。

 以上は文豪ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749〜1832)が1787年に完成させた戯曲『エグモント』のあらすじ。スペイン王フェリペ2世の新教徒弾圧に抗して反逆罪に問われ、ブリュッセルのグラン・プラス(世界遺産として名高い市街地中心部の広場)で処刑された、エフモント伯ラフラール(1522〜68)という実在の人物を題材とする作品である。

 この戯曲のウィーン上演を企画した宮廷劇場の支配人から依頼を受け、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770〜1827)は1809年から1810年にかけて全10曲の劇音楽を書き上げた。その序曲は名作のほまれ高く、単独の楽曲として演奏される機会も多い。もっとも当時の記録からうかがう限り、ウィーンの舞台初日(1810年5月24日)までに序曲は仕上がらず、4回目の公演でようやくお披露目されたらしい。

 曲は荘重な序奏(ソステヌート・マ・ノン・トロッポ)で始まり、調性はヘ短調。冒頭が全管弦楽による主音のユニゾンというのもただならぬ緊迫感を醸し出す。続いて耳にとまる3拍子のリズムはバロック時代に流行したサラバンドを思わせるが、これはもともと中南米のスペイン植民地からイベリア半島を経由して“逆輸入”の形で欧州に広まった舞曲だ。つまりはスペインの圧政と、それに抵抗する民衆の姿の象徴とみなすのも不可能ではあるまい。

 ソナタ形式の主部(アレグロ)は劇のストーリーを凝縮するがごとく葛藤の念と希望の光が交錯し、上記のリズム動機も随所に顔を出す。最後はヘ長調に転じた輝かしいコーダ(アレグロ・コン・ブリオ)によってしめくくられるが、これは劇音楽の終曲として、エグモントが刑場へ赴いて幕が降りた後に演奏される「勝利のシンフォニア」と同一の音楽。

(木幡一誠)

作曲年代 1810年
初  演 1810年6月15日(?) ウィーン ブルク劇場 おそらく作曲者自身の指揮
楽器編成 フルート2(第2はピッコロ持替)、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、ティンパニ、弦楽5部

ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲 op.43

 セルゲイ・ラフマニノフ(1873〜1943)は、ピョートル・チャイコフスキー(1840〜93)に連なるロシア・ロマン的な作風を求めた作曲家だった。一方で大ピアニストとしても活躍した彼は、そうした作風を名技的なヴィルトゥオーゾ性と結び付けたピアノ曲の名作を多数生み出している。

 ピアノと管弦楽のための《パガニーニの主題による狂詩曲》もそうしたラフマニノフのピアノ作品の特質がはっきり現れた作品で、技巧的なピアニズムがロシア風の叙情を湛えたロマン派的書法のうちに生かされている。作曲は1934年で、主にスイスの別荘で書き進められた。

 20世紀も半ば近いこの時代は音楽様式もロマン派の時代から脱却し、様々な流れが生み出されていた。ロシア革命後はアメリカを本拠としていたラフマニノフも当然そうした新しい音楽に触れる機会は多かったはずだが、この《狂詩曲》にみられるとおり、彼はどこまでもロマン的な作風を固守した。時代の流れに抗してまで19世紀ロシアの伝統を守ろうとしたその姿勢は、時代錯誤と片付けられない決然としたものが感じられる。

 ピアノの技巧性とともに管弦楽の雄弁さも生かしたこの作品は、“狂詩曲”の題にふさわしく気分の変化が激しいが、構成上は明快な変奏曲形式(序奏、主題と24の変奏、およびコーダ)をとる。主題は、多くの作曲家がやはり変奏曲の主題として用いたニコロ・パガニーニ(1782〜1840)の《無伴奏ヴァイオリンのための24のカプリス》第24番の有名な主題である。

 曲はまずアレグロ・ヴィヴァーチェ、主題の動機を用いたきわめて短い序奏に始まる。その後で主題が提示されるのかと思いきや、この作品はまず管弦楽のみで切れ切れに和音を奏する第1変奏があって、それから初めて主題提示(主題を奏するのは第1&第2ヴァイオリン。ピアノは先の第1変奏を繰り返している)となる。保守的な中にも新しいことを試みるラフマニノフの工夫は注目すべきだろう。以後第6変奏までは(多少テンポの変化はあるものの)急速で軽快な動きを中心に変奏が繰り広げられる。

 その流れが変わるのがテンポの緩む第7変奏で、ここではピアノがグレゴリオ聖歌の《怒りの日》の旋律を奏でる。多くの作曲家が死を暗示する主題として用いたこの聖歌旋律を、ラフマニノフも幾つかの作品に引用しているが、この《狂詩曲》では変奏曲の中に副次的主題として導入している。この点にも彼の創意工夫が窺えよう。

 第8変奏で再び曲頭のテンポに戻って力強く進行し、第10変奏ではまたも《怒りの日》が現れて悪魔的な盛り上がりを作る。

 モデラートに転じる第11変奏は一転、幻想的、瞑想的となって、ピアノのカデンツァに発展する。メヌエットのテンポによる第12変奏、アレグロの勇壮な第13、14変奏、ピアノの敏捷な動きによる第15変奏(スケルツァンド)、アレグレットの陰鬱さを秘めた第16、17変奏を経て、ラフマニノフ節を効かせた夜想曲風の有名な第18変奏(アンダンテ・カンタービレ)が甘美なひと時を作り出す。

 第19変奏で曲頭のテンポに回帰、以後はピアノの力強い技巧と、管弦楽との丁々発止のやり取りのうちに緊迫感を加え、コーダでは《怒りの日》も再度出現して圧倒的な頂点を作り出す。

(寺西基之)

作曲年代 1934年
初  演 初演:1934年11月7日 ボルティモア 作曲者独奏 レオポルド・ストコフスキー指揮 フィラデルフィア管弦楽団
楽器編成 ピッコロ、フルート2、オーボエ2、イングリッシュホルン、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、小太鼓、トライアングル、シンバル、大太鼓、グロッケンシュピール、ハープ、弦楽5部、独奏ピアノ

ベートーヴェン:交響曲第3番 変ホ長調 op.55《英雄》

 初期には18世紀的な古典様式から出発したルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770〜1827)だが、革命期の新しい時代精神に敏感であった彼は、早くから時代にふさわしい新たな様式的な開拓を行っていった。すでに古典様式を超えるダイナミズムを持つ交響曲第2番(1802年)などで中期へ向けての方向を指し示していた彼は、中期の一連の作品群で大規模な形式と大胆な書法によるドラマティックな作風を様々に打ち出していく。

 1803年に書かれた交響曲第3番はそうした中期の幕開けとなった作品のひとつで、交響曲史上空前といえる大規模な形式と起伏に満ちたドラマ性を持った、革命的な作品である。ベートーヴェンは自由と人間性の解放を求める当時の時代思想に深く共鳴しており、中期の拡大された様式の追求もそうした姿勢と深く関わっているが、とりわけこの作品は、彼が新しい時代の英雄と見なしていた尊敬するナポレオン・ボナパルト(1769〜1821)を念頭において書かれたことが大規模で劇的な作風に結び付いたと考えられる。

 よく知られたエピソードとして、その後、ナポレオンの皇帝即位の報を聞いたベートーヴェンが、「あの男も結局は俗人だったのか」と激怒し、「ボナパルトと題する」と書かれてあった浄書譜の表紙を破り捨てたという話が弟子のフェルディナント・リース(1784〜1838)によって伝えられている。ただ実際は「ボナパルトと題する」という言葉こそ削り取られているものの表紙自体は残されているので、この話は正確ではない。また即位を知った後にもベートーヴェンは出版社宛ての手紙で「交響曲の表題はボナパルトで」と述べていて、ボナパルトの題に依然こだわっていたことが窺える。

 しかし最終的に表題にはボナパルトという語が記されることはなく、「英雄的交響曲−ひとりの偉大な人物の思い出のために」とされたのだった。

 第1楽章 アレグロ・コン・ブリオ 変ホ長調。拡大されたソナタ形式が劇的な起伏と綿密な展開に結びついたスケール感溢れる楽章。コーダも第2展開部というべき充実したものとなっている。

 第2楽章 葬送行進曲/アダージョ・アッサイ ハ短調。荘重な緩徐楽章で、悲劇的な葬送主題、明るい副主題、葬送主題のフーガ風な展開など、変化に満ちて発展していく。

 第3楽章 スケルツォ/アレグロ・ヴィヴァーチェ 変ホ長調。急速なスタッカートの動きを中心とする力強いスケルツォ。トリオでのホルンの活躍も聴きものである。

 第4楽章 フィナーレ/アレグロ・モルト 変ホ長調。自由な変奏形式によるフィナーレで、短い序奏の後にピッツィカートで示されるバス主題と、その後に現れる旋律主題をもとに、巧緻に構成されている。なおこの主題をベートーヴェンはすでにバレエ《プロメテウスの創造物》やピアノのための変奏曲などで使用していた。

(寺西基之)

作曲年代 1802〜04年
初  演 初演:私的初演/1804年4〜5月 ウィーン ロプコヴィッツ侯爵邸 公開初演/1805年4月7日 ウィーン アン・デア・ウィーン劇場
楽器編成 フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン3、トランペット2、ティンパニ、弦楽5部

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