第829回 定期演奏会Bシリーズ

ラヴェル:バレエ音楽《マ・メール・ロワ》

 モーリス・ラヴェル(1875〜1937)にとって、1912年はバレエの年だった。第1作が1月28日にテアトル・デ・ザールで上演された《マ・メール・ロワ》、第2作が4月22日にシャトレ座でラヴェル自身が指揮をした《アデライド、または花言葉》(《高雅で感傷的なワルツ》管弦楽版)、そして最後が6月8日にロシア・バレエ団が委嘱初演した《ダフニスとクロエ》である。前2作は《ダフニス》と異なり、ラヴェル自身がストーリーを考え、以前のピアノ曲を管弦楽版に編曲して用いている。

 面白いのはロシア・バレエ団に対するラヴェルのアンビバレントな感情だ。ベンジャミン・イヴリーは、1916年にセルゲイ・ディアギレフ(ロシア・バレエ団の創設者/1872〜1929)が《マ・メール・ロワ》の上演に意欲を示した時のラヴェルの反応を伝えている。「《マ・メール・ロワ》をロシア・バレエ団がですって!(中略)彼らに攻撃された作品は異常に輝きますが、その輝きは砲火の輝きです……このささやかな幻想は、アジア的豪奢のなかで燃えさかるというよりも、むしろより尊敬される、息の長い、もっと地味な運命をたどるべきなのです」(ベンジャミン・イヴリー著、石原俊訳『モーリス・ラヴェル ある生涯』アルファベータ、2002年)。ラヴェルは確かにスラヴ的な熱狂をも含む壮大な《ダフニス》で成功をおさめたが、これと対極的な《マ・メール・ロワ》のメルヘン的世界観も大切にしていたことがわかる。

 原曲は友人のこどもたちのために作曲したピアノの連弾曲である。ロシア・バレエ団のセンセーショナルな成功を快く思っていなかったテアトル・デ・ザールの支配人、ジャック・ルーシェ(1862〜1957)は、フランスらしいバレエ音楽を求めて、ラヴェルにこの連弾作品の編曲を依頼した。ラヴェルは全体を一つの物語とする台本を書き、原曲の管弦楽版を作ると同時に、2曲新たに作曲して順序を変更。各シーンをつなぐ間奏も加えた。

 ストーリーは以下のとおり。妖精の園で遊んでいたフロリーヌ王女が老女の紡ぎ車で指を突き、深い眠りにおちる。じつは老女は美しい妖精ベニーニュで、眠っている王女のために、彼女が2人の黒人のこどもに3つのおとぎ話——「美女と野獣の対話」(ボーモン夫人の童話)、「おやゆび小僧」(「一寸法師」のタイトル訳でも知られるシャルル・ペローの童話)、「パゴダの女王レドロネット」(ドーノワ夫人の童話)——を語らせると、その情景が王女の夢に現れる。最後はキューピッドに連れられて王子が登場し、王女が目覚めて結ばれる。

 こうした経緯があるためだろう。たしかに当協奏曲は、「ピアノ協奏曲」の概念を大きく塗り替える(あるいは大きく踏み越える)ものとなった。何しろピアノ協奏曲といえば、古くからオーケストラをバックにピアニストの超絶技巧が繰り広げられるジャンルと相場が決まっており、この原則論はブラームスの時代においても変わらなかった。もちろん彼の尊敬する先達ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770~1827)などのピアノ協奏曲のように、独奏ピアノとオーケストラの緊密な対話や、作曲者の世界観を濃厚に宿した作品もなかったわけではないが、ブラームスはそうした、ある意味で異端的な存在であるピアノ協奏曲のあり方をさらに大胆に拡大していったのである。

 結やわらかな和音で始まる「前奏曲」はハープとチェレスタのきらびやかな響きによって、幻想の世界へと誘う。3つのおとぎ話の主題が断片的に現れたのち、鳥のさえずりをそのまま書きとったようなメシアン風の楽想が響いて幕開けとなる(以下、全曲は続けて演奏される)。

 第1場「紡ぎ車の踊りと情景」は、くるくると旋回する動きを表す目まぐるしい音型にのせて、高音域で楽しそうな舞踊主題が奏でられる。半音階的な楽想の挿入でドラマティックに変容し、弦楽器のピチカートとハープのグリッサンドを合図に、王女は眠りにつく。

 第2場「眠りの森の美女のパヴァーヌ」は眠る王女を囲んで踊られる古い舞曲。ゆったりとした4拍子で、イ調の自然短音階で書かれたフルートのメロディがクラリネット、第1ヴァイオリンへと受け継がれる。その古風な響きを半音階が支える。冒頭のフルートとホルンにヴィオラのピチカートを加えた効果を、ラヴェルは“聴衆を惑わす”オーケストレーションと自負していた。

 第3場「美女と野獣の対話」では、クラリネットが優雅な美女の主題、コントラファゴットが野獣の主題を奏でる。主部は遅いテンポのワルツ。全休止の部分で王女が野獣の愛に応えると、ハープのグリッサンドで魔法がとけて、独奏ヴァイオリンが野獣の主題を弾き、美しい王子の姿にもどる。

 第4場「おやゆび小僧」は、森で道標のために撒いたパン屑を鳥がみんな食べてしまったという話。変拍子が用いられ、弱音器付きのヴァイオリンの上でオーボエ、イングリッシュホルン、クラリネットなどの管楽器が歌う。途中で鳥のさえずりがきこえて、森の情景を喚起する。

 ハープやチェレスタ、フルートが印象的な間奏を挟んで、5音音階の異国的な響きが特徴の第5場「パゴダの女王レドロネット」。女王がお風呂に入ると、人形がくるみやアーモンドで作った楽器を弾いて歌いはじめる。 ファンファーレと鳥のさえずりのあと、終曲「妖精の園」となり、パヴァーヌのモチーフを使ったヴァイオリンとヴィオラの独奏で王女が眠りから覚め、ほのぼのとした温かい楽想に包まれる。

(白石美雪)

作曲年代 4手ピアノ版/1908〜10年 バレエ版/1911〜12年
初  演 バレエ版/1912年1月28日 パリ ガブリエル・グロヴレズ指揮
楽器編成 フルート2(第2はピッコロ持替)、オーボエ2(第2はイングリッシュホルン持替)、クラリネット2、ファゴット2(第2はコントラファゴット持替)、ホルン2、ティンパニ、大太鼓、シンバル、トライアングル、小太鼓、シロフォン、タムタム、ハープ、チェレスタ、ジュドゥタンブル、弦楽5部

ジョン・アダムズ:シェヘラザード.2─ヴァイオリンと管弦楽のための劇的交響曲 (2014)(日本初演)〔ジョン・アダムズ70歳記念〕

 シェヘラザードはご存知のとおり、『アラビアン・ナイト』に登場する、若く賢い娘である。妻の浮気を知って女性不信に陥り、処女と一夜を共にしては殺していたシャフリヤール王を、大臣の娘シェヘラザードは毎夜、面白い物語で楽しませる。続きを聞きたいばかりに王は彼女を殺さず、ついに千一夜が過ぎて王妃に迎えられるという物語だ。これを描いた音楽としてはリムスキー=コルサコフの交響組曲が有名だが、ラヴェルも歌曲集と序曲を書いている。いずれもシェヘラザードの語る幻想物語や冒険譚などに触発された色彩的な音絵巻を展開する。

 しかし、アメリカの作曲家ジョン・アダムズ(1947〜)が着目したのは、「枠物語」に登場するシェヘラザードそのものである。シェヘラザードは蛮行が行われる混乱した世界へやってきて、失われていた秩序を回復する役割を担っているが、文学的キャラクターとしては個性に乏しいので、文化的背景によってその女性像は変化する。

 2013年にパリのアラブ世界研究所で開かれた千一夜物語の展覧会から触発されたアダムズは、シェヘラザードにアラブの男性中心社会で虐げられ、死と隣り合わせで語る女性を見いだし、同時に蛮行の犠牲となった女性たち、たとえばカイロでのデモのさなか、エジプト軍に打ちのめされた「ブルー・ブラの女性」、あるいはテヘランで大統領選挙不正の抗議デモでホメイニの民兵組織に射殺されたネダ・アガ=ソルタンなど、現代の「シェヘラザード」たちを重ねた。賢明に生きたシェヘラザードを描くことで、男性の抑圧のもとに置かれ、自由が保障されていない女性たちを解放したいという想いが込められている。

 劇的交響曲と名づけられた通り、通常のヴァイオリン協奏曲より規模の大きい4楽章構成で、独奏ヴァイオリンをシェヘラザードとするドラマが繰り広げられる。特定のストーリーをなぞる音楽ではないが、各楽章はタイトルに示されたイメージを喚起する。

 第1楽章「若く聡明な女性の物語—狂信者たちに追われて」は、ツィンバロンの音色が異国的な世界へといざなう導入部に続いて、独奏ヴァイオリンがオクターヴの跳躍音型を駆使した優美な楽想でシェヘラザードの美しさを描く。独奏はリズミックな動きへと発展し、木管楽器と呼応する動きはシェヘラザードの知性を、不協和音の連続や猛烈な走句は人間的な強さを感じさせる。テンポが遅くなり、弦合奏のユニゾンの上で独奏が動きのある楽想を奏でたのち、ツィンバロン、ハープ、チェレスタの短いモチーフを挟んで、「狂信者たちに追われて」(以下、本文中の「」は楽章の途中でスコアに記された言葉)の部分となる。息せき切って駆け抜けるようなパッセージが続き、冒頭と同じように優美な楽想を挟みつつ、追跡の音楽が勢いを増す。

 第2楽章「はるかなる欲望(愛の場面)」はタムタムや大太鼓の騒然としたトレモロにのせて、バスクラリネットとファゴットとヴィオラによる主題がゆったりと奏でられ、激しい愛を表象する。ヴィブラフォンとツィンバロンが加わる部分から神秘的な雰囲気が漂い、独奏ヴァイオリンが艶やかに奏でられ、ツィンバロンとチェレスタ、ハープの上行音型を伴いながら、切迫した楽想となる。高揚の頂点で突然、静謐な楽想へと転じ、夢想的なオーケストラにのせて独奏ヴァイオリンがしなやかな動きをみせる。

 第3楽章「シェヘラザードと髭を蓄えた男たち」は宗教裁判のシーン。冒頭は弦合奏を主体とする鋭角なパッセージとシロフォンを含むパッセージが交互に現れた後、独奏ヴァイオリンが聡明さをたたえた楽想を奏でる。ファゴットで始まるモチーフが対位法的に追いかける「教義の議論:髭を蓄えた男たちがみんなで議論する」に続いて、トランペットで始まる「判決」が威圧的に奏でられた後、独奏が激しく抗議する「シェヘラザードの訴え」、そして突如、破壊的な「有罪判決」となり、オーケストラが死刑を宣告する。最後に一節、うめくような独奏ヴァイオリンが入る。

 第4楽章「脱出、飛翔、聖域(サンクチュアリ)」は弦合奏がうごめく暗い楽想で始まる。下行音型を繰り返しながら、シェヘラザードが束縛するものを断ち切って脱出すると、今度は激しく上行するパッセージで果敢に飛翔する。「聖域」では独奏ヴァイオリンのメロディがしなやかさを取り戻し、聖なる高みへとのぼる。清らかな音調となり、抑圧された女性たちの夢みる解放を暗示して終わる。

(白石美雪)

作曲年代 2014年
初  演 初演:世界初演/2015年3月26日 ニューヨーク リーラ・ジョセフォウィッツ(vn) アラン・ギルバート指揮 ニューヨーク・フィル
   日本初演/2017年4月17・18日 東京 リーラ・ジョセフォウィッツ(vn) アラン・ギルバート指揮 東京都交響楽団(本公演)
楽器編成 フルート3(第2・第3はピッコロ持替)、オーボエ2、イングリッシュホルン、クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、サスペンデッドシンバル、タムタム、大太鼓、ヴィブラフォン、ゴング、鞭、シロフォン、ハープ2、チェレスタ、ツィンバロン、弦楽5部、独奏ヴァイオリン

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