都響スペシャル 「シェイクスピア讃」

増田 良介

チャイコフスキー:交響的幻想曲《テンペスト》op.18

 ピョートル・チャイコフスキー(1840~93)の交響的幻想曲《テンペスト》は1873年8月から10月にかけて作曲された。作曲のきっかけとなったのは、「力強い仲間たち(ロシア五人組)」の理論的指導者であった批評家、ウラディーミル・スターソフ(1824~1906)との会話だった。管弦楽曲の良い題材が見つからないというチャイコフスキーに対して、スターソフがニコライ・ゴーゴリの『タラス・ブーリバ』、ウォルター・スコットの『アイヴァンホー』、そしてウィリアム・シェイクスピアの『テンペスト(嵐)』を提案したのだった。チャイコフスキーはその中から『テンペスト』を選んだ。

 『テンペスト』は、シェイクスピアが40代後半で執筆した戯曲で、彼が単独で書いた最後の作品とされている。

 あらすじはかなり複雑なものだ。プロスペローはかつてミラノの大公だったが、弟アントーニオと、その共謀者であるナポリ大公アロンゾーによってその地位を追われてしまった。魔法使いとなった彼は、精霊エアリエルや怪物キャリバンを従え、娘ミランダとともに絶海の孤島に暮らしている。あるとき、アントーニオらの船が島の沖を通りかかる。プロスペローはエアリエルに命じて嵐を起こし、彼らを難破させ、島へと漂着させる。アロンゾーの息子ファーディナンドは、ミランダと出会い、恋に落ちる。プロスペローは彼に厳しい試練を与えた後、結婚を許可する。やがてプロスペローの心境は変化し、アントーニオやアロンゾーら全員を赦し、魔法を捨てる。

 チャイコフスキーは、おおむねスターソフから送られた構成案に沿って作曲を進めた。出版された楽譜には次のような説明が記されている。

 「海。魔法使いプロスペローが彼の精霊エアリエルに嵐を起こすよう命じる。幸運なファーディナンドがその犠牲者である。魔法の島。ファーディナンドとミランダの愛の臆病なほとばしり。エアリエル。キャリバン。恋人たちは情熱に身を委ねる。プロスペローは魔法の力を捨てて、島を去る。海。」

 曲は、ほぼ前後対称の、ゆるやかなアーチ型の構成となっている。静かなヘ短調の主和音に導かれる最初の部分は海を表す。続いて嵐が吹き荒れる(アレグロ・ヴィヴァーチェ)が、それが収まると若い2人の愛の場面となり、チェロが優しい主題を歌う(アンダンテ・コン・モト)。次はエアリエルとキャリバンの描写である(アレグロ・アニマート)。弦と木管が細かく動く部分はエアリエル、低弦に粗野な主題が現れてからはキャリバンである。再び愛の場面となるが(アンダンテ・ノン・タント)、今回はさらに激しく高揚する。やがて晴れやかで力強いコーダとなるが(アレグロ・リゾルート)、これはプロスペローの赦しと魔法の放棄を表す。再び海の描写となり、静かに曲が閉じられる。

作曲年代 1873年8~10月
初  演 1873年12月7日(ロシア旧暦)(西暦12月19日) モスクワ
ニコライ・ルビンシテイン指揮
楽器編成 ピッコロ、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、大太鼓、シンバル、弦楽5部

トマ:歌劇『ハムレット』より「私も仲間に入れてください」(オフィーリア狂乱の場)

 19世紀フランス・オペラを代表する作曲家アンブロワーズ・トマ(1811~96)の作品では、「君よ知るや南の国」を含む『ミニョン』がよく知られているが、『ハムレット』はそれに次ぐ。『ハムレット』は、トマが1868年に書いた全5幕のグランド・オペラで、台本は、グノーの『ファウスト』やオッフェンバックの『ホフマン物語』なども手がけた、ジュール・バルビエ(1825~1901)およびミシェル・カレ(1821~72)のコンビが担当した。

 シェイクスピアの戯曲『ハムレット』のあらすじは次のようなものだ。デンマークの

 王子ハムレットは、急死した父王の幽霊から、王を殺したのは、現在王位にある叔父クローディアスだと告げられる。ハムレットは、それを確認し、復讐するために、狂人を装う。ハムレットの恋人オフィーリアは、ハムレットが急につれなくなり、さらにはハムレットが誤って彼女の父ポローニアスを殺したことから、正気を失って溺死する。最後にハムレットはクローディアスを殺すが、自らも倒れる。

 なお、トマのオペラは、最後にハムレットがクローディアスを殺してデンマーク王となるハッピーエンドに変更されている。この大胆な変更については当時から批判もあったが、オペラそのものは成功を収めた。

 「私も仲間に入れてください」は、「オフィーリア狂乱の場」としてもよく知られている。19世紀前半、イタリアやフランスのオペラでは、歌手の超絶技巧を披露するために、登場人物(主にソプラノ)が正気を失って幻覚を見たり、あらぬことを口走ったりする場面がしばしば作られた。ドニゼッティの『ランメルモールのルチア』(1835年)やベッリーニの『夢遊病の女』(1831年)などが有名だが、《ハムレット》の狂乱の場もしばしば歌われる。

 場面は木々に囲まれ、美しい湖の見える場所。朝の喜ばしい光に満ちている。農夫たちが祭りの踊りを踊っている。そこへオフィーリアが入って来る。長い白いガウンを来て、髪を花々とつる草で飾った彼女を見て、農夫たちはいぶかしがる。ここから狂乱の場が始まる。

 全体はほぼ5つの部分に分けられる。曲が長大なため、演奏の際に一部が省略されることが多い。本日の省略予定は以下の( )の通り。

 アンダンテ「皆さんのお楽しみに、どうぞ皆さん、私も加えてください」 レシタティーフ。オペラの上演では、序奏の部分に「この美しく若い娘は誰だろう」という農夫たちの合唱が入る。

 アンダンテ・ソステヌート「甘い誓いに結ばれたの」 弦楽四重奏の甘美な響きに伴われて、ハムレットへの愛が歌われる。(本日はこの「アンダンテ・ソステヌート」の部分を省略)

 アレグレット、ワルツの動きで「私の花を分けてあげましょう!」突然、曲想が変わって明るいワルツとなる。

 バラード/アンダンティーノ・コン・モト「さあ、私の歌を聴いて!」もの悲しい旋律のバラード。内容は、水の精によって湖に引き込まれて死んだ花嫁を歌うもので、オフィーリア自身の死が暗示されている。(本日は「バラード」後半の同じメロディの繰り返し部分を省略)

 コーダ/アレグロ・モデラート「ああ! いとしの夫」 ハムレットへの愛と絶望を歌う。

 なお、バラードの部分には、スウェーデン民謡《ネッケンのポルスカ》の旋律が使われている。この部分は当初、オフィーリアと女声合唱の対話だったが、初演でオフィーリアを歌ったスウェーデンの高名なソプラノ歌手、クリスティーヌ(またはクリスティーナ)・ニルソン(1843~1921)の提案でこの旋律に差し替えられた。ネッケンとは北欧に伝わる水の精(男性)で、美しい歌によって女性や子供を水に引き込み、溺れさせる存在である。

作曲年代 1859~68年
初  演 1868年3月9日 パリ・オペラ座
ジョルジュ=フランソワ・エンル指揮
楽器編成 フルート2、オーボエ2(第2はイングリッシュホルン持替)、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、トライアングル、タンブリン、弦楽5部、独唱ソプラノ

プロコフィエフ:バレエ組曲《ロメオとジュリエット》より~大野和士セレクション~

 『ロメオとジュリエット』はシェイクスピアのみならず、歴史上もっとも有名な恋愛の物語だろう。当然、これを題材とした音楽作品も多い。セルゲイ・プロコフィエフ(1891~1953)のバレエはその中でも有名なもののひとつで、世界中のバレエ団の最も重要なレパートリーとなっている。しかし、この作品の運命は最初から順風満帆だったわけではない。

 プロコフィエフが《ロメオとジュリエット》に着手したのは1934年末だった。翌年5月に台本ができあがると作曲は一気に進み、9月初頭には全曲のピアノ版が完成する。ところが、リハーサルを重ねるうちに、「音楽が複雑すぎて踊れない」と踊り手から文句が出たり、2人とも死なないハッピーエンドの台本(「死人は踊れないから」というのが理由だったという)が物議を醸したりとトラブルが相次ぎ、ついにボリショイ劇場との契約は破棄され、上演の予定は白紙になってしまう。結局、バレエ全曲の初演は1938年12月30日、しかもソ連ではなくブルノ(チェコ)の劇場で行われることになる。

 本日演奏される組曲第1番と第2番は、初演の見通しが立たなかったころ、それなら何とか音楽だけでも、ということで作曲者が作ったものだ。組曲はそれぞれ7曲からなり、バレエよりも先に初演され、いずれも好評だった。なお、1944年になってプロコフィエフは、さらに6曲を選んで組曲第3番を作っているが、これは第1番、第2番と比べると演奏機会は少ない。

 プロコフィエフは、バレエ音楽から組曲を作る際に、曲としての構成を良くするために、複数の曲をまとめて1曲にしたり、一部を削ったりと、程度の差はあれ、どの曲にも何らかの手を加えている。楽器の変更も多い。プロコフィエフは、「舞台上で音楽が聞こえづらい」という踊り手たちの意見に従って、不本意ながら、初演前にオーケストレーションを厚めに修正しているので、修正前の形態が残っている組曲の方が本来の意図に近いとも言われる。実際、晩年の作曲者は、バレエの方も組曲と同じようなオーケストレーションに戻す計画を持っていたらしいが、これは実現しなかった。

 なお、本日は両組曲から9曲を選び、物語に沿って演奏する。こうすると、いわば、音によって『ロメオとジュリエット』の物語を描く大規模な交響詩ができあがるわけだ。

 モンタギュー家とキャピュレット家 組曲第2番第1曲。威圧的な冒頭はバレエ第7曲「大公の宣言」、有名な舞曲の部分は第13曲「騎士たちの踊り」だ。この2曲、バレエでは間に5つの曲が挟まれているのだが、全く違和感なく接合されている。

 少女ジュリエット 組曲第2番第2曲。バレエ第10曲。ロメオと出会う前の、溌剌とした少女ジュリエットである。

 マスク 組曲第1番第5曲。バレエ第12曲。敵であるキャピュレット家の舞踏会に、ロメオたちが仮面を付けて潜り込む。

 ロメオとジュリエット 組曲第1番第6曲。有名なバルコニーの場面。バレエの第19曲と第21曲を結合している。躍動的な第20曲をカットすることで、終始、陶酔的な愛の場面が続くことになった。

 ダンス 組曲第2番第4曲。バレエ第24曲に第30曲の一部を加えている。祭りの日、町の広場で踊る人々。

 修道士ローレンス 組曲第2番第3曲。バレエ第28曲。若い2人を助けようとする修道士ローレンスの音楽は、穏やかで優しさに満ちている。

 タイボルトの死 組曲第1番第7曲。ロメオの友人マーキュシオとジュリエットの従兄弟タイボルトの決闘、そしてロメオとタイボルトの決闘、タイボルトの死を描く激しい音楽で、バレエの第33、35、36曲をまとめている。単独で演奏されることも多い。

 別れの前のロメオとジュリエット 組曲第2番第5曲。バレエ第38、39、43、47曲をまとめている。タイボルトを殺してしまったロメオは、街から追放されることになる。ロメオはジュリエットに別れを告げるために、ひそかに彼女の寝室を訪れる。

 ジュリエットの墓の前のロメオ 組曲第2番第7曲。修道士ローレンスにもらった薬によって仮死状態になったジュリエットを本当に死んだと思ったロメオは、彼女の墓の前で自ら命を絶つ。バレエ第51曲および第52曲の最初の部分だが、バレエでは、この後にジュリエットがロメオを追って死ぬ場面が続く。

作曲年代 1935年夏~1936年春
初  演 第1組曲/1936年11月24日 モスクワ
     ジョルジュ・セバスチャン指揮
第2組曲/1937年4月15日 レニングラード
     作曲者指揮
楽器編成 ピッコロ、フルート2、オーボエ2、イングリッシュホルン、クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット2、コントラファゴット、サクソフォン、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、大太鼓、小太鼓、シンバル、トライアングル、グロッケンシュピール、シロフォン、タンブリン、ハープ、ピアノ(チェレ スタ持替)、弦楽5部

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