福岡特別公演

小宮 正安

ブラームス:ピアノ協奏曲第1番 ニ短調 op.15

 当作品の第1楽章の第1主題を、ヨハネス・ブラームス(1833~97)が生涯創作した中で最高の主題であると激賞した人物がいる。ブラームスのライヴァルだった(というよりも周囲からそのようなレッテルを貼られ続けた)アントン・ブルックナー(1824~96)である。

 音楽史を紐解くと、早くから世間に注目された保守派のブラームスとは対照的に、革新派のブルックナーは様々な批判や誤解にさらされ続け、ようやく晩年、人々に認められていった……かのような印象を私たちは受けやすい。だが少なくとも若き日のブラームスも、ピアノ協奏曲第1番を含め、あらゆる毀誉褒貶にさらされた。何しろ現在でもこの協奏曲は、「ピアノ伴奏付きの交響曲」と評されるのだから。そうした意味で、たしかにこの協奏曲は異形であり、その点に対して、異形の交響曲を作り続けたブルックナーが心惹かれた理由も分かる。

 成立の歴史からして、ブラームスのピアノ協奏曲第1番は個性的な道のりをたどっている。1854年に2台ピアノのためのソナタとして構想されたのが、そもそものきっかけ。自身ピアノの名手であった彼は、想いを寄せていたクララ・シューマン(1819~96)との共演をおそらく意図して作曲に着手したのだが、当の彼女と試奏を重ねてゆくうちに、その内容が到底ピアノ2台ではカヴァーできないことを悟るようになる。というわけで、早くも同年には交響曲への改作を目指してオーケストレーションを始めるものの、この作業も頓挫した。

 翌1855年にピアノ協奏曲へ仕立てることを思い立った後、親友のヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒム(1831~1907)やクララのアドヴァイスなどを入れながら、もともと構想していた第2楽章を全面的に書き改めるなど地道な作業を経た結果、1857年初頭に全曲をひとまず完成。その後も折に触れて細かな改訂を重ねていった末に、1859年の初演に至ることとなる。

 こうした経緯があるためだろう。たしかに当協奏曲は、「ピアノ協奏曲」の概念を大きく塗り替える(あるいは大きく踏み越える)ものとなった。何しろピアノ協奏曲といえば、古くからオーケストラをバックにピアニストの超絶技巧が繰り広げられるジャンルと相場が決まっており、この原則論はブラームスの時代においても変わらなかった。もちろん彼の尊敬する先達ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770~1827)などのピアノ協奏曲のように、独奏ピアノとオーケストラの緊密な対話や、作曲者の世界観を濃厚に宿した作品もなかったわけではないが、ブラームスはそうした、ある意味で異端的な存在であるピアノ協奏曲のあり方をさらに大胆に拡大していったのである。

 結果、何が起こったか? 通常、軽快なテンポ(=アレグロ)に乗ってピアノが華やかな技を披露する第1楽章には、マエストーソ(荘厳に)という指示が一言だけ書かれた。そしてブルックナーが賛同した第1主題は、持続低音に乗って第1ヴァイオリンとチェロにより繰り広げられ、ようやくピアノが登場したかと思いきや、オーケストラ呈示部では登場しなかった第2主題をピアノが先導する、という掟破りが行われる。しかも第1主題はこれ以上ないほどの苦悩に、第2主題は果てしない憧れに満ち溢れるといった具合に、それらはベートーヴェンによって確立された交響曲のスタイルを通じてこそ表現可能となりうるような内容と長さを具え、当時の感覚からすれば、およそピアノ協奏曲の扱いうる範疇にはなかった。

 初期稿から全面的な改訂が行われた第2楽章アダージョも、華やかさを開陳すべきピアノ協奏曲においてはきわめて異例の、宗教音楽のごとき瞑想的な曲想に満ちている。じっさいブラームスの直筆譜には、この楽章の冒頭5小節に、「Benedictus, qui venit innomine Domini(誉むべきかな、神の御名によって来る者は)」というミサの典礼文の一部がラテン語で書き付けられているほど〔この箇所に、恩人ロベルト・シューマン(1810~56)への追悼と、クララへの思慕が現れているとする指摘もある〕。

 第3楽章は、ピアノ協奏曲のフィナーレでお馴染みのロンド形式で書かれ、全曲中もっともピアノ独奏の華やかさが目立つ。だが当楽章の指示はアレグロ・ノン・トロッポ(軽快になりすぎずに)となっており、演奏が華美に走りすぎることが諌められている。さらに楽章の途中に第2ヴァイオリンから始まるフガートが出現するなど、オーケストラにもきわめつきの音楽表現が求められ、交響曲的ピアノ協奏曲という斬新さが打ち出されてゆく。

作曲年代 1854~57年(完成後も改訂が続けられた)
初  演 1859年1月22日 ハノーファー 作曲者独奏
ヨーゼフ・ヨアヒム指揮 ハノーファー宮廷管弦楽団
楽器編成 フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、ティンパニ、弦楽5部、独奏ピアノ

ブラームス:交響曲第4番 ホ短調 op.98

 2台ピアノのためのソナタを交響曲に改訂しようとするも、その計画が頓挫し、最終的にピアノ協奏曲第1番を誕生させたブラームス。その後、彼は、徐々にオーケストラ作品における創作経験を積んでゆく。しかもこうした出来事が、ドイツにおける生活をやめ、オーストリアの都ウィーンへ活動の拠点を移すという、ブラームス自身の人生の変化の中で起きたことは見逃せない。

 ウィーンに腰を落ち着けたブラームスは、この街の音楽文化の伝統から多くを学び取るかたわら、その伝統の上に新たな創作活動を展開することを自他ともに期待され、極限のプレッシャーにさらされてゆく。結果、オーケストラ曲の究極のジャンルと見なされていた交響曲の1作目(交響曲第1番)を完成できたのは、40歳をとうに過ぎた1876年のこと。これによってようやくプレッシャーから解放されたブラームスは、矢継ぎ早に交響曲を作り上げ、1884年には交響曲第4番に着手する。

 ちなみに交響曲第1番には、交響曲の発展に大きな役割を果たしたベートーヴェンの作品を指してしばしば指摘されるような「暗から明へ」という展開がはっきりと聴き取れる。だがその後のブラームスの交響曲は、そうした路線を継承するのではなく、むしろ彼にしか成し得ない独自の作風を帯びてゆくようになり、交響曲第4番はその極北の形となっている。

 一聴して分かるのが、曲全体を覆う諦観や孤独感だ。そこには、ベートーヴェン流の拳を握り締めた戦いも、それに続く勝利の雄叫びもない。そもそも、交響曲第4番の基調をなすホ短調という調性が、伝統的に沈んだ気持ちや悄然とした心を象徴するものだった。

 普通であれば快活に始まる第1楽章からして、アレグロ・ノン・トロッポ(軽快になりすぎずに)と指定され、冒頭にヴァイオリンによって演奏される切れ切れのメロディは、溜息やすすり泣きを想起させる。

 アンダンテ・モデラート(中庸の速さで)という指定のなされた第2楽章も、寂寥感(せきりょうかん)を帯びたホルンで始まり、中間部と終結部には遥かな憧れを秘めたロマンティックな旋律が纏綿(てんめん)と奏でられるも、最後は寂寞(せきばく)とした曲想の中にすべてが収斂(しゅうれん)してゆく。

 ようやく快活さが出てくるのは、スケルツォ的性格を持つ第3楽章アレグロ・ジョコーソ(速く快活に)。これまでブラームスの交響曲で用いられることのなかったトライアングルまで加わって賑やかになるが、楽章の演奏時間はあまりに短く、高揚した気分はあっけなく終わる。

 その後に続く第4楽章=交響曲の結論部分の主題は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685~1750)のカンタータ『主よ、我は汝を仰ぎ見る』BWV150の終曲「我が日々は苦しみに満てり」のメロディを基としたもの(BWV150は偽作説もあったが、近年はバッハ最初のカンタータとする説が有力)。アレグロ・エネルジコ・エ・パッショナート(速く、激しく情熱的に)という指示がなされている割には、曲想が深く沈み込む箇所も少なくない。

 しかも、非常にメランコリックな楽想の裏に、きわめて高度な作曲技法が注がれている点も重要だ。第1楽章第1主題は、ホ短調の音階すべてを使用したものとなっており、第2楽章には古代ギリシャの旋法の1つであるフリギア旋法が用いられている。

 第3楽章はスケルツォ風ながら、スケルツォの基本リズムである3拍子ではなく2拍子となっており、さらにスケルツォの王道である三部構成にソナタ形式の要素を加えるという手の込みようだ。第4楽章では、バロック時代にしばしば用いられバッハも得意としたシャコンヌあるいはパッサカリア(低音が何度も同じ音型を繰り返す中で、他の楽器が新たなメロディを展開してゆく一種の変奏曲)が基本となっている。

 進歩進化が唱えられた19世紀にあって、古(いにしえ)の手法を大胆に用いたブラームスの姿勢は、一見すると時代遅れのように見えるかもしれない。だがブラームスとしては、古から伝わる伝統の中にこそ、進歩進化に狂奔する同時代が見落としてしまった本当の新しさがあると考えていた。

 じっさい、20世紀における「現代音楽」の創始者の1人となったアルノルト・シェーンベルク(1874~1951)は、ブラームスこそが真の進歩主義者であると賞賛。交響曲第4番の初演に立ち会った若き日のリヒャルト・シュトラウス(1864~1949)も、この作品を絶賛している。

作曲年代 1884~85年
初  演 1885年10月25日 マイニンゲン
作曲者指揮 マイニンゲン宮廷管弦楽団
楽器編成 フルート2(第2はピッコロ持替)、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、トライアングル、弦楽5部

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