都響・八王子シリーズ  ロシア&チェコのノスタルジア―郷愁を誘う音楽

寺西 基之

ボロディン:交響詩《中央アジアの草原にて》

 ロシアの国民的な芸術音楽の創造をめざした作曲家グループ「力強い仲間たち(ロシア五人組)」の一員だったアレクサンドル・ボロディン(1833~87)はアジアの血を引いており、作品にもしばしばオリエンタリズムが打ち出されている。

 1880年に皇帝アレクサンドル2世(1818~81)の即位25周年祝賀行事のために書かれた《中央アジアの草原にて》(原題は「中央アジアにて」)もそうした特色を持つ作品である。記された標題によれば、「果てしない草原でロシアの歌と東洋の歌が馬や駱駝(らくだ)の足音とともに聞こえてきて、ロシア兵に護衛されて平和に旅するアジアの隊商の一行が通り、ロシアとアジアの歌が一つに溶け込んで次第に遠くの空に消えゆく」といった光景が描かれている。

 冒頭、クラリネットに出るロシアの歌の主題と、それに続くイングリッシュホルンの東洋風の主題が組み合わされつつ、美しい発展が織りなされる名品である。

作曲年代 1880年
初  演 1830年12月5日 パリ フランソワ=アントワーヌ・アブネック指揮
サンクトペテルブルク リムスキー=コルサコフ指揮
楽器編成 フルート2、オーボエ、イングリッシュホルン、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、弦楽5部

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 op.18

 チャイコフスキー(1840~93)に連なるロシア・ロマン派の流れを引くセルゲイ・ラフマニノフ(1873~1943)は、当代きってのピアノの名手だったこともあり、優れたピアノ作品を数多く残している。そうした彼の作品の中でとりわけポピュラーなのがピアノ協奏曲第2番で、ロシア的な民族感情とピアニスティックな名技性が結び付いた彼らしい傑作として親しまれていることは今さら言うまでもないだろう。

 彼は1899年にピアニストとしてロンドンを訪れ、成功を収めた。実はこの時、ラフマニノフを招聘した当地のフィルハーモニック協会は彼が新作の協奏曲を弾くことを要望していた。しかしこの時期、ラフマニノフは作曲の面では相当のスランプに陥っており、結局ソロ作品だけが演奏されたのだった。

 スランプの原因は1895年に作曲した第1交響曲の初演(1897年)の失敗にあった。彼は長引くスランプから脱すべく、1900年の1月から4月まで精神科医ニコライ・ダーリ(1860~1939)の催眠療法を受ける。この治療のおかげでラフマニノフは立ち直り、夏にはピアノ協奏曲の作曲に本格的に着手、同年中に第2、第3楽章が書かれ(この2つの楽章は同年12月に私的初演された)、第1楽章は翌年完成された。全曲初演はモスクワで彼自身のピアノで行われて大成功を収めている。

 第1楽章 モデラート ハ短調 ロシアの鐘を想起させる独奏ピアノだけの重々しい和音で始まる。続いてヴァイオリンとヴィオラとクラリネットのユニゾンで現れる重く暗い情熱的な第1主題は、跳躍のないなだらかな旋律線が特徴で、ピアノがアルペッジョでこれを彩る。それに対して叙情的な第2主題はピアノが主役となる。展開部はピアノと管弦楽が拮抗しつつ激しいうねりを作り出し、再現部冒頭では朗々と第1主題を奏する管弦楽に対し、ピアノは展開部に出た新しい動機を強奏して、圧倒的な頂点を築く。

 第2楽章 アダージョ・ソステヌート ホ長調 ラフマニノフ特有の甘く官能的な叙情の支配する緩徐楽章。弱音器付きの弦による神秘的な序奏を受けてピアノがノクターン風に弾き始め、その上にフルートが主題を吹き、クラリネットが受け継ぐ。中間部は一転、落ち着きなく気分が揺れ動いて感情が昂ぶり、テンポも速まっていく。

 第3楽章 アレグロ・スケルツァンド ハ短調 ロンド・ソナタ風のフィナーレで、軽快な管弦楽にピアノの技巧的なパッセージが続く序奏に始まり、やがてピアノが力強い第1主題を奏する。第2主題は管弦楽が息長く表情豊かに歌い(その後半には第1楽章第2主題が組み込まれる)、ピアノに受け継がれる。この2つの主題が交互に現れ、ピアノと管弦楽との丁々発止のやりとりの中で、第1主題による緊迫したフガートをはじめ様々な展開が織り成され、大きく高揚していく。

作曲年代 1900~01年
初  演 1901年10月27日(ロシア旧暦)(西暦11月9日) モスクワ
作曲者独奏 アレクサンドル・シロティ指揮
楽器編成 フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、大太鼓、シンバル、弦楽5部、独奏ピアノ

ドヴォルザーク:交響曲第8番 ト長調 op.88 B.163

 1884年、すでに国際的に高い名声を得ていたアントニン・ドヴォルザーク(1841~1904)は、プラハの南西に位置するヴィソカー村に別荘を建て、翌年から、冬のシーズンを除いて1年の多くをここで過ごすようになる。ヴィソカー村の生活はドヴォルザークに精神的な落ち着きを与え、充実した生活の中で彼は円熟期の名作を生み出していく。

 特に1889年はピアノ曲《詩的な音画》、ピアノ四重奏曲第2番、本日の交響曲第8番など、重要な作品が書かれている。彼自身、ピアノ四重奏曲を作曲中に友人に宛てた手紙で「溢れ出る楽想を書き留めていくのに手が追いつかない」と述べていることからも、この時期の彼の霊感の高まりが窺い知れる。

 交響曲第8番は、このピアノ四重奏曲完成直後の8月26日に着手され、わずか1カ月足らずで全曲のスケッチを完了、ただちにオーケストレーションに着手して、11月8日に全曲が完成された。まさに霊感に衝き動かされるように作曲された交響曲といえよう。

 この交響曲に見られる創造力の高まりは、筆の速さだけでなく、ほとばしり出るようなボヘミア的な数々の楽想や、音楽の流れの勢いを感じさせるラプソディックな構成にも現れている。といっても決して勢い任せに書かれているわけではない。彼自身、この交響曲をこれまでにない「新しい手法」で作曲したと述べているとおり、この作品で彼は意識して独創的なスタイルと書法を試み、伝統的な交響曲の論理的な作法から離れて、湧き上がる楽想とラプソディックな展開を生かすような、民族的な交響曲に相応しい独自の論理的手法を追求しているのだ。一方で霊感の発露と、他方でそれをまとめる新しい書法の開拓とが結び付いてきわめてボヘミア色豊かな作品を生み出した点に、この時期のドヴォルザークの充実ぶりが示されている。

 この作品の独自性の例として第1楽章第1主題を挙げよう。多様な楽想が次々現れるこの第1楽章の中でも最も主要な素材となるのが冒頭の2つの楽想、すなわちチェロ、クラリネット、ファゴット、ホルンのユニゾンによる哀愁を帯びたト短調の楽想と、それにすぐ引き続いてフルートが示す鳥の歌のような明るいト長調の楽想である。第1主題部はこの2つの全く異なる楽想によって形成されており、同主調の短調・長調の対比と楽想の変化を結び付けて気分の変化を生み出すこうした主題の構成法に、伝統的な主題作法とは違う独創的な発想が示されている。かかる長短三和音の自由な交替による気分の変転はスラヴの民俗音楽に通じるもので、民族性の表現を交響曲の様式のうちに盛り込もうとする綿密な意図がこの第1主題にはっきり窺える。

 初演は1890年2月2日プラハでドヴォルザーク自身の指揮で行われて大成功を収めた。4月24日のロンドン初演もやはり彼の指揮でなされて大喝采を浴びている。

 第1楽章 アレグロ・コン・ブリオ ト長調 先述のように対照的な2つの楽想を持つ第1主題に始まる。第2主題はロ短調で現れる軽快なもの。展開部は冒頭に戻ったかのように第1主題の2つの楽想で始まるが、やがて劇的盛り上がりを築き、その頂点で第1主題第1楽想がトランペットに激しく主調で現れて再現部に突入、続けて第1主題第2楽想をイングリッシュホルンがのどかに吹いてその嵐を静める。全体に様々な楽想に富んだ活力に溢れる楽章だ。

 第2楽章 アダージョ ハ短調 同じ年に先に書かれたピアノ曲集《詩的な音画》の中の「古城で」との関連が指摘されている緩徐楽章。静かな自然の中で孤独に瞑想するような主部に始まる。フルートの鳥の声も寂しい気分を際立たせるかのようだ。ハ長調となる中間部は一転楽しげな足取りとなって、村のヴァイオリン弾きの描写を挟みながら、光燦々と照るような輝かしい高揚を見せる。やがて主部が戻るが、単なる回帰でなく、展開的な発展のうちに不安な気分を強め、緊迫感に満ちた盛り上がりを形成、その後中間部が回想され、コーダに至る。

 第3楽章 アレグレット・グラツィオーソ ト短調 いかにもボヘミア的な伸びやかさを持つ舞曲風の楽章。ト長調の牧歌的な中間部は、自作のオペラ『頑固者』(1874年)の中の旋律による。

 第4楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ ト長調 変奏形式にロンド・ソナタの要素を結び付けた独自の形式のフィナーレ。トランペットのファンファーレの後、のどかな主題がチェロに現れ、以後この主題の変奏を中心に、エピソードや展開的部分、ファンファーレの再帰などを取り交ぜつつ自由な発展を繰り広げる。後半は緩やかなテンポとなって気分を和らげた後、第2変奏の回帰が再び曲を活気づけ、華やかなコーダを導く。

作曲年代 1889年
初  演 11890年2月2日 プラハ 作曲者指揮
楽器編成 フルート2(第2はピッコロ持替)、オーボエ2(第2はイングリッシュホルン持替)、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、弦楽5部

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